第111話 臥龍 vs パンドラ

その瞬間、パンドラは一瞬で再生した。

臥龍の目の前にいるパンドラが恐らくオリジナルだろう。


だが、パンドラは今や一体のみではなくなった。

臥龍の一撃によって粉砕されたパンドラの肉体は、その肉片を各々独立したパンドラの分身として再び再生していく。


「グルオオオオオオッ!!」


目の前にいるパンドラたちは、数にしておよそ100体。

臥龍はその全てを相手にするつもりでいた。


『来い。まとめて相手をしてやる』


それを聞くや否や、100体のパンドラが一斉に臥龍に襲い掛かった。

あるパンドラは音速を超える飛び蹴りを、またある者は目にも止まらぬパンチを。

殺意に塗れたパンドラたちの攻撃が臥龍に向けられた。


『太刀落とし、第三式』


臥龍は、刀を軽く回した。

そしてグッと固く柄を握る。


『数の有利は私には通用しない。いくつ来ようと『三式』は全てを両断する!!』


次の瞬間、臥龍の刀が目にも止まらぬ速さで動いた。

それと同時に、向かってきていたパンドラの分身たちが一瞬で黒い霧と化す。


「な、何が起きたんだ!?」


それを見る人々は、何が起きたのかすら理解できない。

目では到底追えない速さの剣戟と、一瞬で葬られたパンドラの分身。

だがそれをすぐに見抜いた者もいた。


「太刀落とし、第三式。長い刀のリーチを生かして、射程範囲全ての物体を超高速で切り刻む臥龍の奥義の一つ⋯⋯!!」


そう言うのは、船からその様子を見ている羅刹だ。


「臥龍に数の暴力は通用せん。奴の三式は、周囲360度の空間に存在する全ての物体を斬る技だ。不意を突こうが全方位から奴を襲おうが、行きつく先は死あるのみ」


そういうのはNO3。彼もまたその技のことを知っていた。


太刀落とし、第三式。


彼の長い刀のリーチを生かし、周囲10メートル弱の空間に斬撃を飛ばす技だ。斬撃で相手の攻撃を弾き飛ばすことも可能な攻守両用の奥義であり、臥龍が持つ柔軟かつ強靭な肩と手首があるから成せる技である。もし、これを普通の人間が真似すればたちまち腕が肩から外れて飛んでいくだろう。


『どこからでも、どのタイミングからでもかかってこい』


そう言う臥龍だが、ここでパンドラが動いた。

右手にハンドガンを形成し、遠距離から臥龍を撃ち飛ばそうとする。


それも今度は1体のみでなく、およそ50体の一斉放火だ。


『成程、ではやってみろ。私の三式とお前たち50人分の砲撃のどちらが上か!!』


そして、パンドラは黒い砲弾を一斉に放った。

数にして50発の弾丸が臥龍に降り注いでいき⋯⋯⋯


大爆発した。


黒い火柱と共に、上空を飛ぶヘリコプターを強烈な爆風が煽る。


「危ないっ!!」


カメラを構えながら、手すりに摑まる柘榴。

見ると横の助手は完全にひっくり返っている。


「こんなの⋯⋯まともに受けたら骨も残らないわ!!」


しかし、ここで備え付けのスピーカーから男の声が聞こえて来た。


「だが、まともでないのはむしろ奴の方だ」


その声の主は龍璽だった。

共有ビジョンが開くと、龍璽と李靖の二人の様子が映る。


ここで柘榴は中継に会話が入らないよう、マイクのスイッチをオフにした。


「赤城原。お前の情報ではあの男はここに来ないはずではなかったのか!!」


「そ、そのはずですが⋯⋯!! 何故このタイミングで現れたのか私には全く⋯⋯」


「言い訳をするな! それに奴らにモルモットを奪われるなど⋯⋯!!」


するとここで、海上の黒煙が徐々に晴れていく。

パンドラの砲撃を一斉に受けた臥龍。本来なら影も形も残っていないはずだが⋯⋯


『この程度なら何ら問題はない。さあ、戦いを続けよう』


余裕綽々の様子で臥龍は立っていた。

マトイなのか三式なのかは定かでないが、砲撃によるダメージはゼロだ。


「大量のパンドラの集中砲火を浴びて傷一つないとは⋯⋯!!」


龍璽は無意識にか、爪を噛む。

それは自身の計画を邪魔された苛立ちか、それとも目の前にいる最強の男の存在に気圧されてのものか。


しかし、ここで臥龍は僅かに自分の胸を抑えた。


「⋯⋯クッ!」


そんな声を漏らす臥龍。

外的なダメージは一切見当たらない。しかし臥龍はどこか気怠そうにして、目の前のパンドラたちを対峙している。


(⋯⋯マキさん)


ここで、彼はテレパシーを飛ばした。

するとすぐに応答が入る。


(君のスーツに、精神保護のためのシールドを嫌というほど仕込んでおいたんだけどねえ。流石にパンドラの精神破壊はレベルが違うね。今後の参考にメモメモ⋯⋯)


(悠長なこと言わないでください。僕のココロは不完全なんですから、せいぜい戦えても、マキさんの対策込みで数分ですよ)


何時の間に瞬間移動で数キロ先まで移動していたマキからの言葉に、彼はそう返す。


するとここで李靖は、気づいたように言った。


「もしや、臥龍はパンドラの精神破壊への対策が不十分なのでは?」


胸に手を当てて、僅かに息を荒らげる臥龍の様子を見てそう言う李靖。

その様子を龍璽は並んで見るが、ニッと笑みを二人揃って浮かべる。


「ああ、間違いない。奴は間違いなく精神が汚染され始めている!!」


ここで、龍璽は異能で自身の声を拡大させると臥龍に向けて言った。


「流石の臥龍殿でも苦しんでおられるようだな! 今からでも、パンドラの処理を時間爆弾に任せた方が良いのではないのか?」


と言った、その瞬間である。


『黙れ』


チュンッ、という音と同時に龍璽の顔面の横を何かが通り過ぎる。

それは一キロ先の臥龍が目にも止まらぬ速さで投げた手裏剣であった。


遠く離れた所から投げられたはずなのに、龍璽は反応すら出来なかった。


『お前たちは大人しく口を閉じていろ。次は、お前の脳天にこれを打ちこむぞ』


それは臥龍から示された明確な怒りと拒絶。

時間爆弾の非人道性に、彼は強い憤りを感じていたのだ。


「とはいえ、これでは攻め手に欠けるのも事実だろう」


そんな声が、DH達が乗る船の上で起こる。


そう言ったのは、船の上で様子を見ているNO3だ。

なお羅刹は一言も発さずに、その光景を手を震わせて見ていた。


「パンドラと臥龍では、明らかに臥龍の方が強い。⋯⋯認めるのは癪だがな」


絞り出すように付け加えるNO3。

それは自分たちがパンドラに対抗すらできないことを分かっての発言だった。


「だがパンドラにはオリジナルの再生能力がある。奴が無限に再生し続ける限り、斬撃を武器とする臥龍は永遠のチキンレースを強いられるわけだ」


臥龍には精神破壊に耐えられるまでの時間制限がある。

たとえ力で臥龍がパンドラを上回ろうと、パンドラの再生能力を武器とした時間稼ぎを強いられれば自ずと臥龍は不利になっていく。


「臥龍がパンドラを倒すには、人智を超えた再生能力をどうにかせねばなるまい」


それが臥龍の唯一にして最大の課題。

パンドラの無限に再生する力を克服することが全てなのだ。


しかし、NO3がそう言ったその時であった。


「⋯⋯? 何だ?」


異変は突然訪れた。



=====================



ここで少し場所を変えて、とある国の街にて。

そこでは街の誰しもが呼吸も忘れて、臥龍とパンドラの戦いを見守っている。


「ああ臥龍様⋯⋯!! 世界をお救いください!!」


天に祈りを捧げる老婆と、抱き合ってテレビを見る子供たち。

するとここで街の若い青年がふと言った。


「寒く⋯⋯ないか?」


彼らは皆半袖だ。何故ならその町は今、夏だからである。


「そういえば、なぜこんなに寒いんだ⋯⋯!?」


温度計はいつの間にか10℃を下回っている。

息も白くなり、家の隅にいる犬はカタカタと震えている。


そして更に場所を変えて、臥龍とパンドラの戦いが起きている海の沿岸部にて。


そこでもまた釣り人たちが、自身の端末から戦いを見届けている。


「さ、さ、寒い⋯⋯!! パンドラにやられる前に寒さで死にそうだ⋯⋯!!」


「パンドラのせいか? オイ、誰かコートを持ってきてくれ!!」


何と気温はいつのまに氷点下まで下がっていた。

カンカン照りの真夏日だった数分前の暑さは何処へやら、いまや真冬の山間部の如き寒さになっている。


そしてまた、雲一つない晴天だったはずの空には厚い雲が覆っている。


「何か⋯⋯ヤバいことが起きる気がする」


そんな釣り人たちの声が聞こえて来た。


そしてまたまた場所を変えて、世界DH協会の本部にて。

そこでは臥龍とパンドラの戦いを皆が固唾を飲んで見守っていたのだが⋯⋯


「た、た、大変です!!」


「何がだ!! これ以上に大変なことなど起きるのか!?」


ビジョンを指差してそう言う男の声を遮るように、駆け込んできた若い男が言った。


「こ、こ、こ、ここここ⋯⋯!!」


「はっきり言え! 何があったんだ!!」


「高エネルギー反応です!! 場所は⋯⋯その⋯⋯!!」


「何処で反応があったんだ! 太平洋上なら分かっているぞ!」


「いえ、あの戦いとは全く関係がない反応です!! 場所は⋯⋯場所は⋯⋯!!」


ただ事ではない様子の男の様子に、部屋の何人かもビジョンから目を離してこちらを向く。そして暫く間を開けた後に、その男は大声で告げた。


「月です!!」


その瞬間、部屋の空気が凍り付いた。

停止する時間と、そこにいる全員の思考が止まる。


「⋯⋯月?」


「月です」


「月の、どの辺りだ?」


「月に設置されている簡易基地周辺です⋯⋯!!」


嫌でも乱れる呼吸を、腹筋で無理やり整える男。

その報告が何を意味するか、そこにいる全員は理解しつつあった。


「基地のカメラを確認しろ⋯⋯奴はいるか!?」


『奴』とは何を意味するのか。

そして男は慌てて、パンドラが映るビジョンを切り替えた。


「⋯⋯居ない」


だが、そこには何もない。

やたらと派手な部屋が映っているが、そこには誰も居ない。


「この部屋には、人類の叡智を結集したスーパーバリアが張ってあるのだぞ!?」


すると、今度は女性が息を切らせて部屋に入ってきた。


「報告します!! 世界中で気温の急激な低下が起こっています!!」


「気温の低下だと⋯⋯!?」


「気候の分析を行ったところ、異能力による気候変動であることが判明しました!! 恐らく、規模を考えるとこれを起こしているのは⋯⋯」


だが、「もういい」と男は女性の言葉を手で遮る。


「恐らく『介入』しに行ったのだろう。であればもう、我々が出来ることは無い」


それは明確な白旗宣言。

気候を変動させている存在に対しての、『手の打ちようがない』という意思表示。


「我々は出来るのは、あのモンスターがうっかり地球を壊さないことを願うだけだ」


そんな情けない言葉だけが、男の口から零れる。

それを聞く部屋の全員は、最早パンドラの存在などとっくに忘れていた。



=====================



渦を巻く空の雲。


同時に、海上にいる全ての者たちが空を向いた。


『⋯⋯来たか』


そう言うのは臥龍。

急激に低下する気温と、いつの間にかちらつき始める雪。


『パンドラの再生能力を止める方法。それは、パンドラの肉体を絶対零度に近いレベルまで冷やし、その間にパンドラを極限まで細かく切り刻むことだ』


だが、現実にはそれはほぼ不可能である。

異能力に対する桁違いの耐性を持っているパンドラは、冷気や熱気に対しても強い。

それ故にたとえS級相当の冷却異能でも、パンドラを冷却することは出来なかった。


(マキさん。逃げてください)


(すまないね。アタシはまだ死ぬのはイヤだからさ)


(飛行機からこちらを見ている人たちと、船に乗っている方々はまあ大丈夫でしょう。『死ぬことは』ないと思います)


(いやあそれは分からないよ。君が呼んだのは、アレだろう?)


そんな含みのある言葉を残して、マキとの通信が切れた。

すると臥龍はパンドラに向き直る。


『お前を斬る。次こそは確実にな』


だがパンドラは自身の力を知るからこそ、その言葉にも冷静だった。


「お前は⋯⋯カテヌ」


そう言うパンドラもまた、臥龍目掛けて飛び掛かるべく体勢を低く身構えた。

そして臥龍を倒すためにその場で大きく跳躍しようとした。


その瞬間である。



『私の彼氏に何するのよ!!』


パンドラの脳裏に響き渡る甲高い声。

それと同時にパンドラの金色の瞳が大きく見開かれた。


『もー怒ったから!! 覚悟してよねパンドラ!!』


それは事実上の死刑宣告だとパンドラは悟った。

だがもう遅い。あの存在は逃げることも隠れることも許さない。


『カッチンカチンに凍らせてやる!!』


そして、世界が白銀に染まった。

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