第110話 生ける伝説
その少女は怯えていた。
ひまわり園から無理やり連れられてやって来た彼女は、連れてこられた先で検査を受ける。
「名前はレイ。後天性異能力はなく、S級異能を付加されてもそれに耐えられるだけのキャパシティは十分に備えております」
そう言う研究員の横で、李靖が指示を出す。
「この娘にプログラムを植え付けるのだ。どうせ
すると研究員たちは、レイを無理矢理椅子に座らせる。
「やめてっ!! レイに何するの!?」
しかしレイは、暴れて言うことを聞かない。
すると李靖は僅かにチッと舌打ちする。
「暴れると面倒だからと、従順な子供を送るように指示したはずなのだが。これは減点として報告せねばなりませぬな」
そう言うと、李靖はパチンと指を鳴らした。
途端にレイの足取りがふらつくと、尻もちをつく。
「さあ大人しくしたのだから、早く椅子に乗せるのだ。プログラムの準備は終えているな?」
レイの意識は李靖の異能によるものなのか、急にはっきりしなくなった。
その隙に研究員たちはレイを椅子に乗せると、頭に電極を取り付ける。
するとここで、榊原龍璽が部屋に入ってきた。
「どうだ? そいつは使えそうか?」
そう尋ねる龍璽に、李靖は頭を下げると言った。
「能力に問題はありませぬ。唯一の懸念点は、プログラムの植え付けたことによる脳の拒否反応と、感情の変化による異能力の出力変動ですが⋯⋯」
しかしそれを聞いた龍璽はフンと鼻を鳴らす。
「それを克服するための『モルモット』だろう。それに、その問題については既にある程度目途が付いているのではなかったのか?」
すると、近くの研究員が眼鏡を光らせて言った。
「脳の拒否反応と、感情の変化による出力変動の問題は既に解決しております。試作型S級異能、『
そう自信満々に言う研究者。
『
「摩耶の中に入れたあの出来損ない異能が、まさかここまで洗練された技術になるとはな」
混沌の部屋とは、摩耶の中に眠る未完成S級異能のことだった。
すると李靖が続けて言う。
「しかも我々が何としても欲しかった、恐怖、不安などの負の感情による異能力の出力変化のデータも摩耶様を通じて得られましたから。これで、死を目前にした被験者の感情変化によって異能が不発に終わるような事態にも対策出来ましたな」
摩耶が家を追い出されたことで感じる強いストレスを、彼らは異能研究に利用しようと企んでいたのだった。
そして彼女を通じて得られたデータをもとに彼らはプログラムを修正し、未完成だったS級異能は問題点を多く解決した、より完璧に近い物になったのだ。
すると龍璽は、プログラム書き換えを発動する電極のスイッチに手を掛ける。
「さて、この娘は時間爆弾のプログラム容量に耐えられるかな?」
スイッチに掛けた手に力を入れる。
そして龍璽はスイッチを作動させた。
「ウッ⋯⋯!!」
バチッと電極に火花が散る。
ガタガタと高圧電流に震える電極と連動するように、レイの小さな体もガタガタと震える。まるで流れ込む強大なエネルギーに耐えるようだ。
「李靖よ。このプログラム移植の成功率はおおよそどれくらいだ?」
「多めに見積もって、20%ですな」
「因みに、失敗したらどうなる?」
「人間として使い物にならなくなります。しかし、所詮は人間の形をしている爆弾ですのでな、成功するまでプログラムを植え付け続ければ良いだけです」
それはレイが廃人になろうとプログラム移植を続けるという意思表示だった。
そして龍璽もそれに頷く。
「いちいち赤城原からモルモットを買うわけにもいかぬ。泣こうが喚こうが、生きた屍と化そうが、額に見合う仕事はしてもらわねばな」
暫くして、ピピッという音と共に電極の火花が収まる。
どうやらプログラム移植が終わったようだ。
「どうだ李靖? そいつの頭に時間爆弾は刻まれたか?」
脳波の解析を行う李靖。
体のスキャンデータと照合しながら、脳組織の分析も同時に行う。
そして暫くして、李靖は軽く頷いて言った。
「成功です。その娘に、時間爆弾は見事移植されました」
それを聞いて、満足そうに笑みを浮かべる龍璽。
その後彼は声高らかに笑い出した。
「ハッハッハッ!! これでパンドラを倒し、時間爆弾を世界中に知らしめてやるのだ! そうなれば我らの元には、必ずや天文学的な金が舞い込むだろう!!」
「そしてその金を元に、日本を、いや世界を我ら榊原が牛耳る時代がやって来るでしょう。世界中の軍事武器が時間爆弾の前にひれ伏し、世界の覇権は我らの手に!」
龍璽と李靖は共に、勝利を確信して高らかに笑う。
そんな中、暗い目をしたレイがポツリと涙をこぼしたのを見る人は誰も居なかった。
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「⋯⋯⋯!! パンドラの分身が!!」
『わー凄ーい! パンドラがどんどん消えていくよ!』
遠くの船から異能力を使ってその様子を見ているのは進十郎だ。
そして彼が持つ端末からは、ミク改め柘榴のそんな声が聞こえてくる。
「あの子供を中心として、時間が巻き戻っておるのか⋯⋯!?」
まるで透明なドームのように飛行機から投げ落とされたその少女、レイを中心として異能力による特殊空間が広がっていく。
そして特殊空間にどんどん飲み込まれていくパンドラ。
すると無数にいたはずのパンドラがどんどん消えていく。
「あの分身たちは、つい先ほど体を騎士王殿によって砕かれたことで生まれたもの。であれば、1時間の時間の巻き戻しが行われれば⋯⋯!!」
パンドラは1時間前の状態。
つまり、オリジナル一体の状態に戻るのだ。
「時間の巻き戻しによって⋯⋯パンドラの分身が消されたのじゃな」
そしてレイが空中を飛んでいる中で、パンドラは1体を残して全てが消えた。
これが彼女に付加されたS級異能、『
そしてそれを見る、世界中の人々。
「これは⋯⋯世界を変える力だぞ!!」
事象の改変が可能になれば、不都合な事実を捻じ曲げることも可能になる。
それは言うなら神の力と言っても過言ではない。
「サカキバラに連絡して、時間爆弾の情報を何が何でも手に入れろ! 金ならいくらでもあると言え!!」
世界中の為政者たち、そして覇権奪還を目論む者たちが動き出す。
まさに龍璽が仕組んだとおりに、世界は榊原を中心として動かんとしていた。
「さあ、クライマックスはこれからだ。パンドラを討伐し、時間爆弾が軍事力としても通用することを今、ここで証明するのだ!!」
S級DBパンドラを葬った異能力。
その肩書だけで、数兆円の付加価値が生まれると龍璽は見ていた。
そして、それは間違っていなかった。
「あの少女が爆発してパンドラの死が確認されたその瞬間⋯⋯世界は変わる」
そう呟く進十郎。
時間爆弾が世界の頂点に立ち、核、水爆、その他の武器が全て二流に成り下がる。
そして世界は、時間爆弾を生み出した榊原家を中心に動き出す。
「確かに、そうなれば世界からはパンドラという憂いが消える。だが⋯⋯!!」
進十郎は分かっていた。
仮にパンドラが消えても、世界はそれを更に凌ぐ巨悪を生み出すだろうと。
そして今この瞬間、その巨悪の誕生の瞬間を目撃しているのだろうと。
「あれは救世主などではない⋯⋯新たな悪魔の誕生じゃ!!」
そう思わざるを得ない程に、その存在は脅威だった。
そして真っ逆さまに落ちていくレイの体が光り始める。
それはまさに爆発する寸前の予兆、レイという人の形をした爆弾が大爆発を起こす寸前の輝きであった。
「さあレイよ!! 爆発するのだ!!!」
高らかにそう言う龍璽。
まさに己が世界の主導権を握る、その最後のピースであるレイに言い放つ。
そして、レイから発される光はどんどん強くなっていき⋯⋯⋯
「とんでもない物を生み出してくれたねえ。榊原の親分は」
しかし、ここで誰かの声が聞こえて来た。
テレパシーを通じて聞こえる何者かの声。
「悪いけど時間爆弾はアタシの手で消させてもらうよ」
その瞬間だった。
落ちていくレイの背後に、マントを被った何者かの姿が突然現れた。
その横にはもう一人、別の誰かがいる。
「⋯⋯!? 何者だ!?」
突然現れた二人に、李靖は叫ぶ。
だが龍璽は、それを見た途端に表情が硬直した。
「ちょっとピリピリするけど、我慢しなさいな」
声は女性だろうか。
するとマントを被った女性は、レイの頭に右手を置く。
『異能力解除!!』
その瞬間、レイの頭を強烈な火花が包んだ。
しかも同時に、レイの体から発せられていた光が少しづつ収まっていく。
「奴らは⋯⋯何をしたのですかな?」
瞬間移動するように一瞬で現れ、レイに何かをした女性。
その正体が分からない李靖は不思議そうにそれを眺めている。
しかし龍璽は、既にこの時点で何かを察していた。
「貴様ア⋯⋯電脳次元の魔女か!! 余計な邪魔をするな!!」
「邪魔もクソもないさ。アンタらが生み出した時間爆弾は、悪い意味でこの世の摂理を変えちまう異能力。それをアタシが黙って見てると思う方がどうかしてるさね」
すると女性は、レイを抱えて海面に降り立つ。
アレクやパンドラがやったのと同じように、彼女もまた海の上で立っていた。
「この子に入れられていた時間爆弾のプログラムは、アタシが使い物にならないようにメチャクチャに改竄してやったから。だからもう、爆発はしないよ」
その発言は、すぐにカメラとマイクを介して世界中に伝わっていく。
突然現れた謎の二人組によって、時間爆弾は無効化された。
そして今、もうパンドラに対抗できる人間はいない。
「じゃあ、パンドラはどうするんだ!?」
「アレクも居ないのに! 分身が居なくなったとはいえ、状況は何も良くなっていないだろ!」
「何者かは知らないが、余計なことを!!」
そんな言葉が世界中で飛び交う。
そしてパンドラもまた同様に、海面に降り立った二人に狙いを定め始めた。
すると、その横に控えたもう一人の人物が口を開いた。
『パンドラの再生能力は確かに脅威だが⋯⋯倒せないわけではない』
バリトンボイスに変性された電子的な声。
ロボットのような無機質な声だ。それを聞いた人々は、何故このような奇妙な声なのだろうと一斉に首を捻る。
では、ここで場所を移してDH達が乗ってきた船にて、
そこでは一連の全ての光景をテレビを通じて見ていた、羅刹とNO3がいた。
そして二人の登場を見て、かつ低い機械音声が聞こえて来た途端⋯⋯
羅刹とNO3の表情が一変した。
「この不愉快な声、もう二度と聞くことは無いと思っていたのだがな」
そしてその横の羅刹はというと⋯⋯
「どうした、羅刹?」
何も言わない。ただ何も言わず、手を震わせている。
彼女はかつて何度もこの声の主と模擬戦をした。
一度でいい、一度でいいから勝ちたい。そう思って行った試合は438試合。
そして彼女の戦績は0勝438敗。結局一度も勝つことは出来なかった。
その男は、あまりにも強かった。
『パンドラの肉体を限りなく絶対零度に近い温度まで低下させると、肉体の再生機能が僅かに鈍る。その間にパンドラの肉体を立方1ミクロン未満の大きさまで切り刻むことで、パンドラの再生機能は完全に停止する』
また同様に水面に降り立つその男。
しかし彼は異能力ではなく、ブーツに仕込んだエンジンブースターで海上に立つ。
『問題なのはパンドラをどうやって絶対零度に近いレベルまで冷やすかだが⋯⋯』
そう言った男は暗にパンドラを切り刻むのは何ら難しいことではないと言っていた。
すると男は天を指差す。
『その問題は直ぐに解決する。だから、まずは肩慣らしだ』
その瞬間だった。
『太刀落とし 第五式』
その男は、目にも止まらぬ速さで刀を抜き放った。
そして辺りを揺るがすのは、大砲の様な地響きを思わせる爆音。
その瞬間竜巻と錯覚させるような斬撃の塊が、パンドラを直撃した。
パンドラはその斬撃に反応すらできない。そして黒い瘴気を纏ったその体は、男が放った斬撃によって一撃で木っ端微塵に砕かれた。
「パンドラを、一瞬で!!」
それをカメラ越しに見た一同は皆一様に叫ぶ。
そしてカメラを握る柘榴は、ミクになりきることも忘れて呟く。
「間違いない⋯⋯あの人は⋯⋯!!」
すると男は、体を覆うマントに手を掛けた。
『パンドラは私が倒す』
そして投げ捨てられるマント。
そこから現れたのは長く黒い日本刀と、特殊スーツに身を包んだ長身の男。
『人類代表は私だ。さあ、私を倒してみろパンドラよ』
世界が待ち望んだ男がそこにいる。
生ける伝説、臥龍がそこにいた。
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