第109話 悪魔の発明
広い海の上空を、二機の小型飛行機が飛んでいた。
さらにその中には何人かの人影が見える。
「カメラの準備は?」
「万事完了です。 これですべてが映りますよ」
フフッ、と笑うと彼女は遠く見える海の地平線に目を向けた。
配信の準備は出来ている。であれば最後は、自分が『演技』するだけだ。
「カメラを貸して頂戴。後は私がやるわ」
カメラを受け取ると、彼女は深呼吸する。
ここで横に並んで飛ぶ別の飛行機から、三人の人影が見えた。
「私達の快挙の瞬間を、全世界に見せるのよ」
そう呟く女、赤城原柘榴はここで海のある一点を見下ろした。
そしてここで気付く。明らかに何かがおかしいと。
「ちょっと、どうなってるのよこれは⋯⋯⋯」
海が黒い。それも何かが無数にいる。
そして遠く離れた上空、しかも精神汚染をガードする数多の装備を施している飛行機の中からも感じ取れるような寒気。
「パンドラ⋯⋯よね?」
無論、強大な存在だというのは聞いていた。
だがそれを差し引いても、明らかに伝わる力が『強大過ぎる』
するとここで、柘榴が持つ端末から電話がかかる。
彼女が電話に出ると、そこから張りのある老人の声が聞こえて来た。
「赤城原殿。御覧になりましたかな?」
「これは幻覚かしら? そんなものに惑わされるほど落ちぶれた記憶は無いけど」
「いや、紛れもない現実でしょう。どうやらパンドラが何らかの方法で増えてしまったようですな」
その声の主は、榊原家執事の扇原李靖だった。
柘榴は横で並ぶ飛行機に目を向ける。李靖がそこにいるのを彼女は知っていた。
「どうされますかな?これを世界に見せれば混乱どころの騒ぎでは収まりますまい」
だが、柘榴はカメラをギュッと握る。
どの道、彼女のやることに大きな変更点は無かった。
「世界中の電波をジャックしなさい。そして、世界中に見せるのよ。この現状と、これから行う私たちの偉業を!!」
「了解いたしました。では、始めましょう」
そう言って、李靖は電話を切った。
柘榴がいる飛行機の横では、男を二人乗せた飛行機が飛んでいる。
「赤城原の様子はどうだ?」
「多少の動揺はありそうですが、さして問題はないでしょう。しかし御当主殿、我々とて今のこの状況は予想できませんでしたな」
そこには榊原家当主、榊原龍璽もいた。
彼もまた同様に、パンドラで埋め尽くされた海を眺めている。
しかし、それを見た彼はニヤリと笑った。
「むしろ好都合だ。我々の力を誇示するのに、これ程都合の良い状況はない!」
そして彼は、飛行機の隅にいる一人の少女に目を向けた。
首に黒い首輪を付け、怯えるように縮こまって座っているその子供。
その子供を、龍璽と李靖は見開かれた目で見つめる。
「パンドラは一匹残らず始末する。この子供の力を使ってな!!」
そして龍璽は少女の元に近寄ると、その細い腕を掴んだ。
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「な、何だ!?」
ここは東京のど真ん中に位置する交差点である。
その中心部に、広告を流す巨大なテレビがあり、同時にニュースも放送している。
だが、今日も変わらずパンドラの動向を報道しているその巨大ビジョンのニュース映像が突然乱れた。
『ヤッホー!! ミクだよっ!!』
ジジッ!というノイズの後に映し出されたのは、整った顔立ちの若い女性。
モデルとして活躍している新進気鋭の新人こと、ミクの顔が映っていた。
「ど、どうなっているんだ!?」
「分かりません! 映像も切り替えられないです!」
テレビ局では、そんな声が木霊する。
ミクが映るこの映像の配信は日本中、いや世界中のテレビやネットをジャックした大規模なものになっていた。
『今日は、皆に今のパンドラさんの様子を伝えちゃうよっ!!』
そしてミクは、カメラを海に向けた。
そしてズーム機能を使って、そこに映る地獄絵図を電波を通じて流したのだ。
「なんだよ⋯⋯これ」
そこには画像越しからも伝わるほどの禍々しい光景が映っていた。
「ウ⋯⋯プッ!!」
巨大なビジョン越しに大量のパンドラが映っている様子が映し出される。
するとそれを見た何人かの人間は、早くも吐き気を催していた。
『パンドラさんが増えちゃったみたい!! たーーいへん!!』
白々しさすら感じるほどのミクの声。
世界中に配信されるその光景は、人類に絶望を与えるものだった。
「アレクは⋯⋯?」
アメリカのある地域ではそんな声が聞こえだす。
彼ならパンドラを倒せるかもしれない、そんな一抹の希望を信じてのものか。
だがそれは直ぐに、粉々になって打ち砕かれた。
カメラがズームする先にあるのは、アレクのオーラによって作られたデュランダル。
パンドラたちの一人がそれを持っている。そしてパンドラはそれを叩き折った。
「神よ⋯⋯!!」
それが、アレクがパンドラに敗れた証であることは明らかだった。
騎士王が破れた。つまりもう、パンドラを止められる存在は居ない。
「世界の⋯⋯終わりだ」
無数に増えたパンドラたち。
最早これは日本だけの問題ではなくなった。無数のパンドラたちが世界中に拡散されれば、往く先々で
「大統領。核の出番ですな」
「⋯⋯ああ」
ここで某国の大統領がそう呟いた。
彼は指先で核ミサイル発射のボタンを持ってくるように側近に指示する。
「パンドラは現代科学最強の兵器で滅ぼす。今、ここで奴らを消す!!」
そう言って、大統領が立ち上がったその時だった。
『世界中の恐怖を抱く者たちに告ぐ。我々は、救世主だ』
そんな声が聞こえた。
日本語で話す一人の男の声が、世界中のテレビと端末を通じて聞こえて来た。
『
すると、その声は言った。
『私は榊原龍璽。日本を統括する三大名家の一角、榊原家の当主である』
自動翻訳機能で、字幕付きで翻訳される龍璽の声。
彼の言う内容は直ぐにテレビを通じて、世界に広がった。
『我々は遥か前よりパンドラの脅威を知り、そして奴を抹殺すべく日夜研究を続けていた。そして今、我々の手には未曽有の厄災を退けるカードがあるのだ!!』
するとミクは、カメラを向ける。
そこには飛行機の窓越しにそう語る龍璽の姿があった。
『パンドラは、このままではいずれこの世界を滅ぼすだろう。世界は精神を破壊された廃人たちで埋め尽くされ、文明は消滅する⋯⋯』
しかしここで、龍璽は一人の少女を傍らに寄せた。
『しかし、我々が生み出したS級異能力はそんな悪夢のような未来を否定してくれるだろう。そしてこの少女は、世界を救う異能力を付加されて今ここに居る』
「S級異能だと⋯⋯!?」
大統領が、傍らの秘書にそう言う。
S級相当の異能力は開発するだけでもかなり厳しい検査を要求される上に、その情報は世界中の研究機関に共有することを義務付けられる。
「あの男の情報を今すぐ洗え!」
そういう大統領だが、横の秘書は間髪入れずに彼に言った。
「サカキバラと言う名前は、私達のデータベースにも記録されています。それに我が国の研究員がS級開発のために、彼らに招聘されたのも記憶に新しい所です」
「しかし⋯⋯」と付け加える秘書。
「我々が研究に携わったのは相手の体感時間を強制的に操作するS級異能力。燃費も非常に悪く、実戦にも向かない能力であり、とてもパンドラに有効な異能力と思える代物ではなかったと記憶しております」
「ならば、奴らはどんな異能力を使ってパンドラを倒すというのだ!?」
すると、テレビから龍璽の言葉が聞こえてくる。
『我々が生み出したのは、『
「時間爆弾だと⋯⋯!?」
そして龍璽は、話し始めた。
『時間爆弾とは、発動と同時にこの少女の半径1キロ圏内で起きた全ての事象を『巻き戻す』異能力だ。この少女には全ての事象を1時間前に巻き戻すように設定された時間爆弾が仕込まれており、これが発動すればここから半径1キロ内で起きた全ての事柄は1時間分巻き戻される!!』
それを聞き、大統領は唖然とする。
つまり彼らが言っていることが事実なら、彼らが発明した異能力は世の理を操作する能力にも等しいということだ。
すると龍璽は付け加えるように言う。
『パンドラの分身は、この時間爆弾によって事象を巻き戻されることで消滅するだろう。そしてパンドラは単騎のみになり、そこで時間爆弾の第2の効果が発動する!』
「だ、第2の効果だと⋯⋯!?」
時間を巻き戻す以外にもあるという時間爆弾の効果。
そして龍璽は、この異能の最後の効果を告げた。
『パンドラを葬る最後の効果、まさに爆弾と呼ぶにふさわしい威力の大爆発だ!!』
「爆発だって!?」
『その威力は海の厚い水の壁を突破し、爆風は天の雲を跡形もなく飛ばすだろう。パンドラといえど、これを喰らえば完全に消滅する未来を避けることは出来ん!!』
時間の巻き戻しによって、生み出された分身たちを消す。
そして最後は爆発によって、残ったオリジナルパンドラを仕留める。
これが榊原龍璽という男が考えている計画だった。
「しかし待てよ⋯⋯」
ここで大統領は一つ気付いた。
それをする上で、避けられないことが一つあるはずだ。
「その娘はどうなるんだ? 異能を付加された少女は⋯⋯」
だが、それは龍璽本人の口から語られた。
『娘は死ぬ。パンドラをこの世から葬るための尊い犠牲だ』
さも当たり前のように、龍璽は言った。
『このままパンドラによって蹂躙される未来を座して待つか、一人の少女の犠牲と引き換えに命と文明を守るか。その究極の選択に、我々は結論を下した!!』
その瞬間、龍璽は飛行機のドアを開けた。
そして彼は少女の首に付いている首輪のスイッチを押した。
『世界は犠牲あって成り立つものだ!! 我々の生み出した時間爆弾と、この小さな命が融合した今この瞬間、この世界は守られる!!』
そして後ろに控える李靖が、少女を飛行機の外に放り投げた。
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