第77話 健吾と摩耶、そして直人
「では、これより山宮学園生徒連合団承認式を開式致します」
そんなアナウンスと共に、会場に居る全員の表情に緊張感が走る。
この会場に居るのはレベル2クラスからレベル5クラスに在籍している全生徒と、一部の学校の理事達。その他にも山宮学園のOBOGや関係者たちだ。
また後方には入学式同様に多くのカメラが並んでいる。
一連の様子は全てリアルタイムで放送されているのである。
そして、その中央にあるステージには三つの椅子が並んでいる。
この三つの椅子は生徒会新入団員のための椅子である。
さらにそこから少し離れたところには別の三つの席がある。
これらは、生徒会要職である団長、副団長、広報委員長に用意されているものだ。
そして中央にある新入団員のための椅子の一つには、一人の少年が座っていた。
彼の名前は光城雅樹。皇帝の異名を持つ天才少年だ。
だがしかし、進行を任されているアナウンサーは、開式を告げはしたもののその次に用意されている『新入団員承認式』の過程には進まない。
会場にもやや困惑するような雰囲気が出てきている中、ある人物がニヤリと笑う。
(八重樫も星野も現れない⋯⋯つまり、正式に新団員を認定するための条件を満たしていないということだ)
そう心の中で呟いたのは、志納玄聖だ。
彼は生徒会要職に就く代表者のために用意されてる椅子の一つに座っていた。
種石快が使った転移異能力で、生徒会メンバーたちは遠く離れた地下室に閉じ込められていると聞いていた彼は、この時点で既に勝利を確信していた。
「すまないが、八重樫と星野が現れるまで待ってくれ。もし彼らが現れなければ規定により、この承認式事態を無効としなければならないが、ご了承頂きたい」
会場に響き渡る大声でそう告げる玄聖の言葉に、騒然とする一同。
もし彼らが現れず承認式が行われないとなれば前代未聞のことだからだ。
「なお欠席している新入団員の榊原摩耶と中村健吾は、このまま欠席が認められた場合には新入団員の内定を剥奪し、代理補佐たちの中から新たに選ぶこととなる」
ここで追い打ちをかけるようにそう告げる玄聖。
それを聞いた会場にいる山宮学園の生徒たちの表情は多種多様だ。
ある人は、健吾が生徒会入りしなくなったことを喜ぶかのように笑みを浮かべ、またある人は摩耶がいつになっても現れないことに不安げな表情を浮かべている。
(クッ⋯⋯それにしても⋯⋯)
ここで玄聖はふと顔を伏せる。
先程から表情には出さないが、彼の頭を酷い頭痛が襲っていた。
偏頭痛の類に近いが、終始痛みが引かない厄介なタイプの頭痛である。
(クソッ、薬は飲んでおいたはずなんだが)
そんなことを思う玄聖。
しかし、ここで彼の耳に聞き馴染みのある声が聞こえて来た。
「申し訳ない! 遅れた!」
ドン!という音と共に開かれるパーティ会場の扉。
そこから二人の人影が中に入ってきた。
(!!! 何だと!?)
心の中で叫ぶ玄聖。
来ないと信じていたはずの、八重樫慶と星野アンナが現れたからだ。
『貴様!! 計画は上手く行っていたのではなかったのか!?』
ここで玄聖はテレパシー能力を用いてある人物とコンタクトをとる。
学校関係者に詫びを言ってステージ上に上がる団長とアンナを横目に、そう心の中でいう玄聖の脳裏に、甲高い少女の声が聞こえて来た。
『種石の御曹司がしくじったようですわ。つい先ほど、そう連絡が入りましたの』
遠く見える一年レベル5の学生が並ぶ場所の一角で、上目遣いに玄聖を見る少女。
彼女の名前は櫟原凜。この一件の主な首謀者の一人である。
『しかし、この際承認式が行われようが行われなかろうがどうでも良いのではありません? 中村健吾は私の忠実なる従者が既に捕えたと報告がありましたし』
『何だと!? それは本当か!?』
『ええ。ポンコツな種石の御曹司と違い、私の従者は最高の使い手ですから。翔太郎が勝手に独自判断をしたのは気に入りませんが、結果オーライです』
それを聞いた玄聖はフウと息をつく。
最も恐れていた中村健吾の生徒会入りは何とか阻止できそうだ。
(クッ、ここに来て頭痛が更に酷い⋯⋯)
頭の痛みはさらに強烈になっている。
するとここでようやく生徒会要職者が揃ったこともあって式が進行し始める。
「では、光城雅樹を正式に団員に迎えよう。宜しく頼むぞ」
ここでステージに上がった八重樫団長は、アンナから腕章を受け取る。
これは生徒会の人間であると認める証明証のような物だ。
「一年生代表として、責務を全うしてくれ」
「はい! 頑張ります!」
団長の言葉にはっきりと答える雅樹。そして雅樹の腕に正式に腕章が巻かれた。
その瞬間に後方カメラ席から強烈なカメラのフラッシュが浴びせられる。
「腕章が正式に渡されましたため、これにて光城雅樹さんは正式に生徒連合団員と認められました。今一度皆さま、大きな拍手を」
会場に響くアナウンスと共に、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
また雅樹もそれに応えるように、各方面へと軽く頭を下げた。
「それでは次に⋯⋯⋯」
と、ここでアナウンスが止まる。
本来ならこれに続いて二人目、三人目と続いていくはずなのだが⋯⋯
「さて、困ったことになったな」
雅樹に続く生徒は誰もいない。
摩耶も、健吾も会場には居なかった。
「この場合⋯⋯どうすれば?」
そう言うアナウンサーから、アンナがマイクを受け取る。
一応、こういう非常時にどうするかは規定で決められていた。
「この場合、一年生の代理補佐になっている生徒を代わりに団員にすると決められています。会場にいる代理補佐の生徒は一度ステージに集まってもらえますか?」
するとここで自信満々に一人の少女が立ち上がり、また別の所からは小柄な体を更に縮めるようにして別の少女が立ち上がる。
『翔太郎には後で長期休暇でも差し上げましょう。摩耶様のお隣に立てないのは残念ですが、ほぼ私が狙った通りに事が動きましたから』
テレパシー越しに駄々洩れになっている凜の心の声。
櫟原凜がカツカツとハイヒールの音を鳴らしてステージに上がった。
「うわあ⋯⋯皆見てる」
そして、もう一人の『代理補佐の代理補佐』である千宮司陽菜もステージに上がった。人目に付くのが嫌なようで、呟く声も蚊が鳴くような小ささだ。
「⋯⋯直人」
するとここで、一人の少年が陽菜の肩を叩いた。
レベル1ながら代理補佐に選ばれている葉島直人だ。
「直人が団員になって⋯⋯陽菜、こんなのイヤだ」
烈も俊彦もいない今、候補になるのはこの3人だ。
直人の影に隠れるようにして身を潜める陽菜。
「千宮司さん。そんな奴の影に隠れてないで、表に出て来なさい」
そんな中、無理やり凜が陽菜を表に引っ張り出す。
凜は直人を半ば突き飛ばすようにして遠ざけると、冷たい視線を送った。
「レベル1は呼ばれていないはずなのでは? もう一度お湯をかけて差し上げましょうかしら。ねえ、害虫さん」
侮蔑を込めた視線と言葉を投げかけ、陽菜と共に表に並ぶ凜。
「榊原さんと中村君は到着する見込みがないようだし、団員候補をこの3人から選ぼうと思うけど⋯⋯」
そんなことを言うアンナだが、表に凛と陽菜が並んでいる様子で状況を察したようだ。しかし彼女はここで、陽菜に話しかける。
「嫌なら嫌と言っていいのよ? 幸い、葉島君がいてくれてるし⋯⋯」
しかし、それを遮るのは凜だ。
「レベル5が二人いるのだから確定ですわ。まさか、レベル1のおまけで付いてきたゴミを、私達を差し置いて団員にする気ですの?」
だが陽菜は、泣きそうな顔で小さく首を横に振っている。
彼女は後ろ手に、直人の制服の裾を引っ張っていた。
「直人⋯⋯やって」
マイク越しに、陽菜の声が聞こえてくる。
しかし、それを聞いた凜は黙っていない。
「まさか、貴方もこの害虫が生徒会に入るのにふさわしいなどと思っているのではないでしょうね? ハッ! これだから親無しの孤児院育ちは⋯⋯」
唐突に飛び出た凜の問題発言に、流石のアンナも驚くような表情に変わる。
それだけでない、ステージ上で始まった唐突な揉め事に会場は異様な雰囲気になる。
「やめて! ひまわり園の皆を悪く言わないで!」
「なら、大人しく生徒会に入るのですわ。貴方が本当に『有能』なら、造作でもないことでしょう? それとも、レベル5の立場に居ながら『無能』なのかしら?」
明らかに異常な二人の状況。
ここで、二人の間に直人が割って入る。
「いい加減にしろ。そんなことしても何にもならな⋯⋯」
しかし、その瞬間だった。
「害虫は黙ってなさい!!」
凜は直人に強烈なビンタを浴びせた。
相当な力だったようで、直人はその場で尻もちをついて倒れる。
「ああ汚らわしい⋯⋯私の美しい手が汚物に触れたせいで台無しですわ」
ヒラヒラと右手を己から遠ざけるように振る凜。
ここで、地に倒れた直人がポツリと言った。
「何でこんなことをするんだ。俺らは同じ山宮の生徒だろ?」
しかし、それを聞いた凜は直人の言葉を鼻で笑う。
「同じ? 笑わせないで頂けるかしら。私や雅樹様、そして私が世界で最も尊敬し、崇拝している摩耶様が貴方と同じ? 冗談じゃありませんわ!!」
ハイヒールで、直人の手を踏みつける凜。
「何度だって言って差し上げますわよ。貴方は、『害虫』ですわ!!」
ホッホッホッ!!と高らかに笑う凜。
それを直人は、俯いたまま硬直して聞いている。
すると、その時だった。
「おい!! 葉島直人!!」
再び、盛大に開かれる会場の扉。
そしてそこから、4人の人影が現れた。
「葉島。お前に聞きたいことがある」
突如として現れたのは、工藤雪波を先頭にした1年生の担任達だ。
大吹博、白野マコ、そして波動義久だ。
「大道、お前にも聞きたいことが一つある」
ここで雪波は会場の隅にいた和美にも目を向ける。彼らは一様に物々しい雰囲気だ。特にマコは、片手に異能具まで持ってやってきている。
会場とメディアのカメラが一斉に現れた一年生担任達に注がれる中、会場隅にいた和美を連れて彼らは、ステージ上に上がる。
「まず大道、お前に一つ疑惑が持ち上がった」
するとここで、雪波が腕の小型プロジェクターである画像を見せる。
するとそこには今朝がたのニュース記事が映し出されていた。
「あ、あれは!」
「やっぱり、見間違いじゃなかったんだ⋯⋯」
雅樹と陽菜が交互に呟く。
そこには、燃え盛る種石重工本社と共に誰かが映っている。
そしてそこに映っている人物は、今目の前にいる人物とほぼ同一だった。
「今日未明に、種石重工の本社近くに映っていた人物はお前だろう? そうだな大道?」
すると無表情で、和美はコクリと頷く。
しかしそれを聞いた大吹が軽く首を振りながら言った。
「だったら話はややこしくなってくるねえ。種石重工本社はここから数百キロも離れた場所にあるし、飛行機を使っても間に合わないような距離にいた君が、何でこんなに早くここに来ることが出来たのかな?」
可能性があるなら転移術式だ。
だがそれは禁術。使えばそれだけで罪に問われる代物だ。
「大道。お前の行動には大きな矛盾があるのだ。そして葉島、お前にもだ」
ここで雪波は八重樫団長に視線を向ける。
「生徒会室に残った魔力を分析したところ、生徒会室で使われた転移異能は今日未明に爆発した種石重工本社に繋がっていたことが分かった。そして、葉島一人がその転移に巻き込まれて本社に飛ばされたとのことだ。そうだな?八重樫」
ここで、会場内に困惑気味のさざめきの様な声が広がる。
もしそれが事実なら、本来直人と和美はここに居るはずがないのである。
「意味不明な事案だが、仮にお前たちが転移術式を使ってワープしてきたのではないと仮定した場合、それは一つの事実を示している」
すると、雪波、大吹、マコ、波動の4人が一斉に身構えた。
「つまり⋯⋯お前らは全くの別人だということだ」
会場の全員の視線が、一斉に直人と和美の二人に注がれる。
その時、一人の男が口を開いた。
「⋯⋯僕を狙う人の目を欺くためには、これが最善手だったんです」
声を発したのは、和美だった。
だがしかし、その声は普段の和美の自信漲る様子ではない。
「顔はマスクを使って変えました。声も、変装が解けるまでの間はずっと違和感がないように変声機を使って⋯⋯身長は特殊なクスリで調整しました」
すると和美は自身の顔に手を掛ける。
隠すように首に付けていた変声機を外すと、ポケットに入れていた緑色の液体が入ったカプセルを開け、中の液体を口に含む。そして和美は顔のマスクを剥がした。
「⋯⋯⋯バ、バ、バカな!!!!」
会場中に響き渡る玄聖の怒号。
だがそれも無理はない。彼にとっての最悪が、今起きていた。
高かった身長が縮み、声も少年のものに変わる。
そして剥がされたマスクの奥から、正義感の強そうな少年が現れた。
「生徒会新入団員の中村健吾です! よろしくお願いします!」
和美に変装していたのは、中村健吾だった。
突然のことに玄聖は頭痛のことも忘れて立ち尽くし、アンナは「うそお⋯⋯」と独り言のように呟く。唯一表情が変わらなかったのは団長だけだ。
突然の健吾の登場に混乱状態になる会場。
「やっぱり変だと思った。あの人、そんなにオーラが怖くないもん」
小さな声で、陽菜がそう呟く。
すると、ここでもう一人が動く。
「⋯⋯凜。足を退けなさい」
声を発したのは、直人だった。
直人の右手には、ハイヒールを履いた凜の右足がある。
しかし既にこの一言で、凜は到底受け入れがたい何かを察していた。
「あ、ああ、ああ、あああああ⋯⋯⋯」
ゆらりと立ち上がる直人。
凜はこの口調の雰囲気を何度も聞いたことがある。
「貴方の本音、全て聞かせて貰ったわ」
首の変声機を外した直人は、健吾と同じくポケットから緑色の液体が入ったカプセルを取り出すと顔に手を掛ける。
「悲しいわ。凜がそんな人だったなんて」
ゆっくりと縮んでいく身長と共に、直人の顔型のマスクが剥ぎ取られた。
そして奥から現れたのは美しい顔立ちの、そして凜が誰よりも慕っていた少女。
「榊原摩耶。今、到着いたしました」
途端に会場後方からのフラッシュが5倍ほどになる。
直人に変装していたのは、失踪していたはずの榊原摩耶だった。
すると摩耶は感情のない視線を凜に送る。
「いずれ、ゆっくり話し合いましょう。二人きりで⋯⋯ね」
「kじょヴぃsvうぇろいhsんcを!!」
奇声を発して、その場で卒倒する凜。
失神した彼女の股からは、湯気の立つ黄色い液体がチョロチョロと流れ出ている。また命の危険を感じるほどの恐怖を感じたのか、彼女の体は痙攣していた。
すると、ここで八重樫団長が立ち上がる。
そして健吾と摩耶に腕を出すようにと促した。
「誰の策略だ? これはお前たちが考えたことなのか?」
すると、腕章を受け取った摩耶が言う。
「考案したのは葉島直人君です。技術面は、とある協力者に頼みました」
「⋯⋯葉島直人か」
考え込むようにそう呟く八重樫団長。
摩耶に続いて健吾の腕にも腕章を巻いた団長は、二人の肩に手を置いた。
「団員としての自覚と誇りを忘れずに、任務を全うしろ。分かったな?」
「「はい!!」」
団長の言葉にそう答える二人。
こうして、健吾と摩耶は無事に団員として認められることに成功した。
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「いいだろう、俺も本気で応えてやる」
翔太郎の渾身のパンチは健吾に止められていた。
それも右手で、軽々と。
「そんな⋯⋯僕はマトイを極めてるんだぞ!?」
おかしい。何かがおかしい。
目の前にいる無力なはずの少年の空気感が、明らかに変わった。
「マトイなら俺も極めている。それも、君には到底理解できないようなレベルでだ」
その瞬間、一瞬で跳躍すると翔太郎から距離を取る健吾。
そしてポケットからカプセルを取り出すと変声機を投げ捨てる。
「赤城原翔太郎。どうやら君は自分にうぬぼれているようだ。自分の力を過信し、自分が無敵だと錯覚する浅はかさ。全て俺が叩き壊してやる」
そしてカプセルごと飲み込む健吾。
その声は、先程よりも低くなっている。
「さあ、始めようぜ。今度は君がレベルの違いを知る番だ」
顔に手を掛けると、ビリビリとマスクを剥ぎ取る健吾。
身長はほとんど変わらないが、明らかに筋肉量が変わっている。
マスクの奥から現れたのは、ぼんやりとした顔に一抹の鋭さを感じる視線の少年。
その佇まいから、翔太郎はそれが恐ろしいほどの実力者であることを察していた。
「⋯⋯貴方の名前は?」
「葉島直人。山宮学園、レベル1クラス出身だ」
葉島直人。翔太郎の知らない名前だ。
だがしかし、彼から伝わってくる迫力は明らかに今まで戦った雑魚とは違う。
それを聞いた翔太郎は、自分の名前も名乗ろうとした。
それは目の前の人物に脅威を感じたが故だろうか。
「いや名乗らなくていい」
しかし、直人はそれを止めた。
それを聞いて、何故だとばかりに直人を見る翔太郎。
すると直人はゆっくりと彼に告げた。
「時間が惜しい。君を片付けることなど、5秒もあれば十分だ」
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