第65話 戦いの気配
「面白くなってきたじゃないかい。ええと、代理補佐だっけ?」
「全く面白くないですよ⋯⋯僕は目立ちたくないんです」
真っ赤な赤い液体が入ったボトルと、リンゴジュースが入ったコップ。
その横には紅茶のカップも置いてある。
「ところで、お陰様で舞姫ちゃんの体もだいぶ良くなったよ。いやあ、流石天才科学者のアタシ! 専門外の医療もアタシにかかればチョチョイのチョイさ!」
「へえ、あんなにコンディションが悪かったのにもう安定したんですか」
時刻は夜の7時。
ズルズルと音を立てて赤い液体を飲み干すマキ。直人は両手でしっかりとコップを持って、少しずつジュースを喉に流し込んでいる。
バーのカウンターに腰かけるマキと直人の二人は、明日以降のことについて話し合っていた。
「んで、その話し合いとやらはどういうモンなんだい?」
「生徒会室で、一般生徒の代表と話し合うみたいですね。マキさんも山宮学園の生徒だったんだし、レベル5だったんだから知ってるんじゃないですか?」
「アタシは学校なんて殆ど行ってなかったんでね。今考えても、卒業できたのが不思議なくらいだよ」
空になったボトルを流しに放るマキ。
どうやら彼女のディナータイムは終了したようだ。
「さぞ楽しい時間になるんだろうねえ。皆で仲良くお茶でも囲んで雑談パーティかい?」
「もしそうなるなら、前もって副団長が僕に警告しに来るわけないでしょう。どうせ、また僕が誰かに襲われることになるんですよ。きっと」
「大した問題じゃないだろう? そんなチンピラなんぞ、直人にとってはミジンコとそう変わらないじゃないか。盛大に吹き飛ばしておやりなよ」
「そういうことをするから、余計な注目を浴びるんですよ。あの時襲ってきた輩に大人しくやられる振りでもしておけば、こんなに面倒な事には⋯⋯」
「でもそのおかげで、友達を助けられたんだろう? 良かったじゃないかい」
ハアと溜息をつく直人と頬杖をついてそう話すマキ。
レベル5専用校舎で直人たちを襲った暴漢を撃退したことについては後悔していないが、それによって直人に注目が集まる事態にしたくなかったのが本音だった。
「ところで⋯⋯そろそろ話し合わないといけないねえ」
「ええ。これ以上話を先延ばしには出来ないですから」
すると、マキはお盆に紅茶のカップを乗せて立ち上がる。
そして宿舎の奥に向かって歩き出した。
その後に、直人も続く。
暗く、ギシギシと音を立てる廊下を進んでいくと一つの部屋が見えた。
マキはその部屋の扉を軽くコンコンと叩く。
「紅茶を持ってきたよ。あと、例の件についても話そうじゃないか」
そう言ってガチャリと扉を開くマキ。
するとそこには大きめのベッドと、一人の人影があった。
水色の私服を着た彼女の顔色はここに来た時よりも良くなっている。
「舞姫ちゃんも生徒会の団員になる予定なんだろう? だったら承認式に出ないとマズいんじゃないのかい?」
彼女は部屋の観葉植物に、異能で作った水で水やりをしている。
その少女、榊原摩耶もまた複雑な状況下に置かれていた。
「⋯⋯学校には行けません。行けば、分家の方々は間違いなく私を探しにやってきます。しかしお父様のお許しがない以上⋯⋯」
「そんなの分かってるさ。でも、そろそろ何らかのアクションを取らないとマズいことになるんじゃないかい?」
承認式に出席しなければ、団員とは認められない。
それは摩耶に対しても同様に適用される鉄の掟だ。
しかし、今の彼女はある意味マキ同様に、外をうろつける立場ではない。
「厳しい立場なのはアタシも分かってるさ。もし舞姫ちゃんが学校に現れれば、厳つい奴らが大挙して押し寄せてくることもね」
「それだけじゃないですよマキさん。もしかしたら、ここで榊原さんを匿ってるのがバレてしまうかもしれないです」
「ああ⋯⋯それはヤバいねえ。奴らはきっと手段を選ばないよ、何せあの榊原家だからね。それにここには見られたくないもんなんて腐るほどあるんだから」
だが横にその榊原家の長女がいるのに気づいたマキは、「ゴメンよ」と小さく言う。
ただ摩耶も家の評判がどのようなものかは分かっていたらしく、「大丈夫です」と同じく小さく返す。
「まあ少なくとも、学校の人たちは歓迎してくれるでしょう。健吾とは違って」
ここでチクっと一言言ってしまうあたりが、直人の苛立ちでもあるのだろう。
ここ数日の面倒事が、彼にそんな言葉を出させてしまったのかもしれない。
すると摩耶は、ポツリと言う。
「⋯⋯ごめんなさい」
するとマキは直人の頭をコツンと小突く。
「女の子に意地悪言うんじゃないよ。全く⋯⋯」
流石に直人もこの状況では不適切だと思ったようだ。
彼は軽く頭を下げて、反省の意を示す。
「この件が丸く収まるまではアタシらは三人一つ屋根の下の住民さ。立場も地位も年齢もちょっと違うけど、仲良くしようじゃないか」
マキの言葉に軽く頷く二人。
それを見たマキは、話を続ける。
「承認式は明後日。それまでに舞姫ちゃんと、話題の中村君も含めて無事に承認式を終えられるような案はないかねえ。どうだい、直人?」
すると少し考えた後、直人は言う。
「替え玉を用意するのはどうですか? マキさんが人型ロボットとか作って、それに承認式に参加してもらうのは?」
だがここで、軽く首を振るのはマキだ。
「やめといたほうがいいよ。確かに動くだけのロボットなら作れるけど、異能を使えるロボットはまだ無理だからねえ。誤魔化し切れるとは思えないよ」
もし異能力が必要な状況に置かれれば、すぐにバレてしまう。
確かにそれは少々リスクが高い話だ。
「舞姫ちゃんはどうだい? 何か思いつくかい?」
しかし、彼女はゆっくりと首を横に振る。
それは半ばお手上げだと言わんばかりの様子だった。
するとここで彼女は携帯端末を取り出すと、何かのサイトにアクセスする。
「⋯⋯最近、レベル5専用の掲示板で奇妙な投稿がされているのを見つけました。そこに書いてある名前は、恐らく今回の件で警戒対象になっている人だと思います」
そして摩耶は、掲示板の投稿を見せる。
その投稿は、陽菜が直人に見せたものと同じだった。
「おやあ? 直人の名前もあるじゃないかい。それに、前にウチのバーに来たデカブツとショ⋯⋯いや、あの可愛い子もいるねえ」
烈と俊彦の名前を見つけたマキがそんなことを言う。
トップには健吾の名前が載り、その下にも陽菜の名前がある。
だがここで、摩耶は言った。
「この投稿の主を調べてみたところ、恐らくこの投稿は櫟原家のパソコンから送信されていると推測されます。つまり私の家の分家の者が、あろうことか臥龍様のお弟子様に重大なご迷惑をおかけしているということで⋯⋯!!」
カタカタと部屋の家具が震えだす。
宿舎には魔力を遮断する隠密性のシールドを張っているが、摩耶から発される魔力によって家全体が揺り動かされているのである。
「許しがたい事態です! これが怒らずにいられますか!」
己の魔力を放出する摩耶を見て、マキは言う。
「凄い魔力だねえ⋯⋯舞姫完全復活かい。いや、寧ろ今までより強くなっているかもしれないねえ」
マキは手に持っていた異能力係数を測るポータブルスカウターをちらりと見る。
そこには摩耶の異能係数が表示されていた。
「『980』だってさ。これは最高スコアかい?」
するとそれを聞いた摩耶は言う。
「はい、ここでの治療のおかげです。今の私であれば、A級能力でもほぼ完全に操ることが可能でしょう」
「ほえー」と感嘆の声を上げるマキ。
この短時間でそこまでの成長を遂げた理由は、彼女の持つ圧倒的な才覚によるものか、はたまたマキの魔改造によるものか。
「末恐ろしいねえ、若い力ってのはさ」
そう言って窓の外を見るマキ。
まるで昔のことを思い出しているかのようだ。
「今なら⋯⋯あの力も使えるかも」
ふとそんなことを言う摩耶だったが、マキも直人もそれ以上は聞かなかった。
「それで、どうするよ? 舞姫ちゃんの知り合いが直人を狙ってるなら、なおさら舞姫ちゃんの力が必要になるねえ。因みに、姫から見てヤバそうな奴はいるかい?」
「ヤバそうな奴」というのは、今回の承認式妨害に関して直人らの大きな敵になり得そうな人間に心当たりはあるかと言う意味だろう。
すると摩耶は頷いて言った。
「はい。櫟原⋯恐らく首謀者は凜だと思いますが、であればあの者もいるはずです」
「あの者ってのは誰だい? 舞姫ちゃんでも凄いと思う奴がいるってことかい」
それに応えるように摩耶は言葉を続ける。
「赤城原翔太郎という超凄腕の術者です。榊原家のコミュニティーのみでしか名が知られていませんが、あれほどの実力がある人間が表に出てこないのは才能の損失ではないかとすら思えるほどの凄腕です」
摩耶をしてもそこまで言わせるほどの「赤城原翔太郎」とは、一体どんな人物なのだろうか。
「普段は
ピクリと、直人の眉が動く。
そのシチュエーションは、直人には大いにシンパシーを感じるものだった。
それを聞いたマキは軽く頷いて口を開く。
「じゃあその赤城原翔太郎っていうのに気を付けるとして、やっぱり最大の問題点はいかに舞姫ちゃんを承認式に連れていくかだよ。できれば、引き上げるのもなるべく人目に付かないようにしたいねえ。ここで匿ってるのがバレるのはヤバいのよ」
するとここで、直人の頭の中にある案が浮かんだ。
この三人だけで成し遂げるのが不可能だが、人の助けを借りれば恐らく成し遂げられるであろう案である。
「⋯⋯こういうのはどうですか?」
そして直人はマキと摩耶を集めると耳元で案を言う。
「悪くはないねえ。ただそれは⋯⋯」
「説得は僕がしますよ。幸い、ツテはあるので」
そんなことを携帯電話を片手に振りながら直人は言う。
「榊原さんが表立って学校に行けない以上、これが一番良いと思うんです。それに、その赤城原翔太郎という人は間違いなく承認式を妨害しにやってきます。仁王子烈がそんなことを言っていましたから」
「⋯⋯? 仁王子君が?」
摩耶の言葉に頷く直人。
ここで直人は、翔太郎と思われる男が烈と俊彦に宣戦布告を告げたことを言う。
俊彦と烈が凜の従者と真っ向から対面したこと。
その上で幻覚を伴った術で、宣戦布告を受けたこと。
恐らくそれが赤城原翔太郎で、俊彦が相当な使い手だと評していたことも。
「それが本当なら凄い自信だねえ。あのデカブツがどれだけ出来るかはアタシも見てるけど、同年代であれに真っ向から喧嘩を売れるのは直人くらいだと思ってたよ」
「俊彦にもそんなことを言うなんて⋯⋯彼は何を考えてるの?」
女子二人が首を捻る横で、直人はゆっくり立ち上がる。
一先ずこれ以上は特に話すことがないと、彼はそう思ったのだろう。
ただ、直人は同時に何かを感じてもいた。
「⋯⋯マキさん。直感ですが、今回はかなり面倒なことになりそうです」
「面倒な事? 状況が抉れるってことかい?」
「分かりません。ただ、僕の直感は大体いつも当たります。これはもしかしたら、僕らが想像している以上に厄介な『二日間』になるかもしれないです」
「二日間⋯? 明日も何か起こるってことかい?」
承認式は明後日だ。だからマキは明日も含めて猶予があると思っていた。
だが直人にとっては、明日からが戦いの時間だと感じているらしい。
「マキさん。もし明日僕がここに帰ってこなかったら、何らかの不測の事態が起きたと思ってください。あと⋯⋯」
すると、直人は摩耶を見て言った。
「⋯⋯榊原さんの力も必要になると思います。準備はしておいてください」
そう言って、自分の部屋へと戻っていく直人。
直人は今まで数えきれないほどの修羅場を経験してきた究極の猛者だ。
だからこそ、彼にはまるで未来が見えるかのような錯覚を伴う第六感があった。
まるでヒリつくような、胸の鼓動が高まるような独特な感覚。
勝負の時が近づいてきていると直人は直感していた。
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