第64話 連れ去り

休みが明け、直人は再び山宮学園の校舎へと足を踏み入れる。

最後に来たのがまるで何か月も前のことのように思える。レベル1クラスのメンバーがレベル5専用校舎に行き、生徒会のメンバーと話したのすら遥か前のことのようで実感がない。


そしていつものようにレベル1クラスの教室へと向かう。

だが、今日は前にここに来た時よりも明らかに人気が少ない。

ガラリと教室の扉を開けると、そこには4人の先客がいた。


「葉島。お前は来てくれたんだな」


そんなことを言う眼鏡の少年は向井新だ。

見るとそこから少し離れるようにして、新井修太と瀬尾真理子の姿がある。


「⋯⋯暗いな」


分かってはいた。だが、やはりこうなってしまったかというのが直人の印象だ。

健吾は精神的な疲労が原因なのか、今日は欠席だ。そして長野ひかりに関しては休んではいるものの、その理由については分からない。


「瀬尾さん。長野が何で休んでるか分かる?」


真理子にそう尋ねる新。

決して先日のことを根に持っている様子ではなく、あくまで純粋に何故彼女がいないのかについての理由を知りたい様子だ。

だがしかし、彼女は力なく首を横に振る。


「全然連絡がないんです。私がメールしても反応しないし⋯⋯」


横にいた新井修太がチラリと夏美の方を見る。

だが夏美は、この会話にもまるで興味がないとばかりに本を読み続ける。

彼女は今日も相変わらず誰よりも早く教室に来ては勉学に取り組んでいた。


「おい若山。お前は何か聞いてるか?」


するとほんの少しだけ夏美の視線が横に向く。

だがすぐに彼女は視線を本に戻すと言った。


「さあ? 気が触れたお馬鹿さんに一々付き合う義理はないわね」


「でもさ、お前が原因の可能性もあるだろ?」


「あら、私が悪いと思うなら貴方も貴方でどうかしてるわね。むしろ私は着ていた制服をボロボロにされたツケを今すぐ払ってもらいたいくらいよ」


バスの車内での取っ組み合いの中で、夏美の制服は傷つけられてしまった。

そのため今日は、新しく新調した制服で学校に来ている。


「ふざけた理由で私に余計な出費をさせたのだから、当然その分の借りは返してもらえるのでしょうね? でなければ、この学校から今すぐ消え失せて頂きたいわ」


口調は冷静だが、夏美は相当に怒っているようだ。

普段から辛辣な彼女の発言が、さらにキツくなっている。


するとここで今日も足早に、工藤雪波が教室へと入ってきた。


「おやおや、今日はたったの5人だけか。事前に連絡があった中村は兎も角、長野については無断欠席か?」


クラスの誰も声を出さない。

先日あった揉め事については、各々が胸の奥に留めることにしていた。


「⋯⋯まあいい。今まで真面目に授業を受けていたことを考えると、大いに残念ではあるがな。長野は相応の減点をせざるを得ない」


そう言って、手元の名簿にペケ印を付ける雪波。

後はざっとクラスを見回すと、彼女は名簿を閉じた。


「さて、例年この時期になると生徒会絡みの話題で忙しくなるが、今まで我らがレベル1クラスには全く縁がない話題でもあった。そう、今まではな」


そう言って誰も座っていない健吾の席に目を向ける雪波。

その後、彼女は言葉を続けた。


「しかし今回は、不測中の不測、何とこのクラスから生徒会団員候補者が出るという前例のない事案が起きたのでな。私としてもその動向は大いに興味がある」


特に意味のない話でもするように、そんなことを言う雪波。

するとここで彼女は、教壇の下から一枚のプリントを取り出した。


「諸君は既に知っているかと思うが、本件に関して中村健吾に対する脅迫じみた行動を行う不遜な輩が続出している。そこで中村健吾に関しては、承認式が無事に行われるまでの間は学校には来ず、彼の身辺を守ることにすると生徒会から連絡があった」


すると、ここで夏美が手を高々と突き上げる。

それを見た雪波が夏美を指差すと、彼女は立ち上がって言った。


「この学校は馬鹿しかいないのかしら? そんなことをしても根本的な話の解決にはならないと思うのだけど、生徒会の人たちの頭の構造を疑いたくなるわね」


そんな言葉を吐いたのち、夏美は言葉を続けた。


「そもそも、その不遜の輩というのが、中村君が生徒会入りが決定してからも彼を狙い続けないとは限らないわ。先日も彼の身に危険が及んだと聞くし、生徒会は彼が卒業するまでの間ずっと家で彼の警備でもするつもりなのかしら?」


フン、と鼻で笑う夏美。


「そんなことをして、何の生産性があるのかしら? お飾りでレベル1の人間を団員にしたところで、そんなのただの自己満足じゃない。他クラスの人は何時までも彼をバッシングし続けるでしょうし、それは彼を追い詰めるだけよ?」


そう言って、席に座る夏美。

それを聞いて雪波は口を少しだけ開きかける。


ところが、それに答えるのは雪波ではなかった。


「言いたいことは分かったわ。じゃあ、しっかりそれに答えるのが先輩である私の役目かしらね?」


そんな言葉と共に、教室の中に入ってくる人影が一つ。

白い髪を長く伸ばした女性の姿だ。


「突然お邪魔してごめんなさい。でも、この件はレベル1クラスにも大きく関わってくることだから、副団長の私が直接説明することにしたの」


教室に入って来たのは副団長の星野アンナだった。

アンナは、教室にいる面々を一通り見ると話し始める。


「まず、今回の生徒連合団承認式はかなりの混乱が予想されるわ。本来承認式はレベル1クラス以外の全校生徒がレベル5専用校舎のパーティ会場に集まって行うのが習わしだけれど、今回は不測の事態を考慮して私達生徒会のメンバーは、異能による緊急時の武力行使を認められてるの」


それを聞いて、新と修太は顔を見合わせる。


「俺達、呼ばれないの?」


「酷いなあ⋯⋯」


するとアンナはちょっと申し訳なさそうにして言う。


「一応オンラインで承認式の様子を見ることは出来るわ。でも、今の既存の方針だとレベル1に許されているのはそこまで。現地に行けるのはレベル2以上だけなの」


するとここで再度、夏美が口を開いた。


「私は別に承認式なんてどうでもいいわ。問題なのは、中村君が明らかに異様な状況に置かれているという事実でしょう? 中村君にもしものことがあったら、どうするつもりなのかしら?」


するとアンナは口を開く。


「私たちが彼を承認式まで何とか無事にしておきたい理由、それは生徒会の正式なメンバーになることで中村君に『生徒会権限』が与えられるからよ」


「⋯⋯? 生徒会権限?」


聞き慣れない言葉に、そう呟くのは真理子だ。

するとアンナは解説を始める。


「生徒会の団員になった人には、校内における治安維持や学務を行う上での一定の発言権、またそれらを行う上での立場を保証する権利が与えられる。これを『生徒会権限』と言うわ」


するとそれを聞いた新が声を上げる。


「じゃあ⋯⋯生徒会のメンバーになったら健吾は偉くなるんですか!?」


「偉くなるという表現は適切じゃないかもしれないけど、近い意味合いではそうね。学内移動バスも無制限に使えるようになるし、生徒会の団員として必要になるならレベル2以上の生徒を異能を用いて制圧することも可能になるのよ」


「おー!!」と声を上げる新と修太。

それはつまり、学校内での健吾の地位が劇的に向上するということでもあるからだ。


付け加えるようにアンナは言う。


「そして同時に一般生は、生徒会メンバーの職務を妨害、また生徒会に対して過度に不敬な態度を取ることが処罰の対象になるわ。今までは、生徒会メンバーは全員レベル5の生徒が担ってきたからその心配をする必要もなかったけど、中村君のメンバー入りでそれが大きく問題になっているの」


「つまり、今までレベル1クラスに対して行っていた迫害行為を、今後中村君に対して行うことは処罰の対象になるってことね?」


夏美のその言葉に、アンナは頷く。


「そう。この学校にいる一部の過激派が中村君の生徒会入りに反対しているのはそれが主な理由よ。それに『例外』が生まれることは将来的に今の現状を変えるきっかけにもなり得る。レベル1クラスの立場改善を願う人にとってもそうだし、またその逆も然り。だから、それを良く思わない人も多いということよ」


要約すると、健吾が生徒会に入れば今までのように彼を迫害するわけにはいかなくなる。だからこそ承認式で無事に彼がメンバー入りを認められることが大事なのだ。


「で、承認式の日程だけど今週の水曜日。今日が週明けの月曜日だから、つまり明後日に行うことで決定したわ」


「「あ、明後日!?」」


同時に叫ぶ新と修太。

予想より時間がないと考えたのかもしれない。


コクリと頷くと、彼女は言葉を続ける。

彼女の視線は今度は直人に向けられていた。


「そして葉島直人君。君は仁王子君と共に中村君の代理補佐の候補になっているわね? 申し訳ないけれど、早速君に『代理補佐』の仕事が入ったわ」


するとここで雪波が取り出したプリントをアンナが手に取ると、直人の元へ彼女はツカツカと歩み寄る。そして直人にプリントを手渡した。

そこには生徒会室の模式図と、時間のようなものが書いてある。


「実は毎年、一般生の代表と生徒会の間で承認式の前日に話し合う時間が設けられていて、そこに新入団員も参加するのが恒例なの。でも今回は中村君と榊原さんが参加できないから、代わりに櫟原さんと葉島君が参加してもらうことになるわ」


そう言って、少しだけ間を開けるアンナ。

すると彼女は直人に向かって言った。


「例年は新入団員のことを軽く話すくらいで穏やかに終わるんだけど⋯⋯今回は間違いなくそうはいかないわ。それに明日一般生代表で来るのは、中村君の入団に強く反対している反対派のリーダーとも言える人。間違いなく荒れるわね」


遠くの真理子は心配そうに直人を見ている。

その横の新と修太は、「代理補佐って何?」という様子。

彼らは直人が代理補佐に選ばれていることを知らないのだ。


「一応伝えておくと、一般生代表は2-1クラスの種石君。彼は種石重工という鉄鋼会社の御曹司で、異能が使える大人の部下も何人かいるらしいわね」


「情報として言っただけよ」と呟くようにして言うと、アンナは直人に向き直る。


「勿論、当日は私達も最大限の配慮をするつもり。先日の志納君のように暴れられたら困るし、今回は『穏便に』済ませられるようにするつもりよ」


「穏便に、ねえ⋯⋯⋯」


冷めた目付きで本越しにそんなことを呟く夏美。

するとここで、学校のチャイムが鳴った。


「じゃ、私はこれで失礼するわ。葉島君は明日のバスの予約は手配しておくから、時間に間に合うように生徒会に来て頂戴」


そう言って「待たねー」と手を振って教室を出て行くアンナ。

言うだけ言って、彼女は帰ってしまった。


そしてそれを見送る雪波。


「⋯⋯用件は以上のようだ。では授業を始める、教科書の43ページを開け!」


間髪入れずに机にドンと教科書を置くと、雪波は教科書を開く。

アンナの言葉について雪波からのレスポンスは皆無だった。


「え!? もうちょっと何か、コメントとかないんですか?」


「ほう、どんなコメントが欲しいんだ向井。貴様のバカさ加減について五時間ほど語ってやっても良いがな」


「はいすみませんでした、授業始めてください」


そんな会話の後、いつも通りに授業が始まった。




そして一日のカリキュラムが終わり、時間は放課後である。



ガラガラ!と勢いよく扉が開き、若山夏美が外にでる。

いつも通り誰よりも早く彼女は教室を出ると、帰宅準備を始めた。


昇降口で靴を履き替え、鞄を持って立ち上がる夏美。

辺りには誰もいない。帰宅の速さは彼女が学校全体でも一番乗りだった。


そして学校の正門を出て、バス停に向かう彼女。

人は疎らだ。居るのは対向するように二人の男がこちらに向かって歩くのみ。

夏美は特に気に留めることもなく歩き出した。


その時だった。


「レベル1の生徒だな?」


低い男の声。バチバチッ!という音も同時に響く。


「少し寝てもらおうか」


スタンガン。夏美は直感する。

首筋に感じる熱と衝撃。同時に目の前を火花が散り、体を電流が走り抜ける。

意識も体の力も、全てが抜けきっていくのを彼女は感じた。


バタリと倒れる夏美。

彼女は気絶していた。


「おい運ぶぞ。誰かに見られたら厄介だ」


気絶した夏美を路肩に止めてあった小型のバンに乗せる男二人。

後部座席に彼女を乗せると、放り込むようにして手持ちのバッグものせる。


そして足早にバンに乗り込むと、バンは猛スピードで走り去っていった。

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