第56話 夢は夢のままで

※注意 

この話は強い性的な表現を含んでおり、描写にも一部の方は不快に思われるようなものがあると思われます。

過度な性的表現が苦手な方や、トラウマになりがちな展開をお求めでない読者様に関しましては、この時点でのブラウザバックを推奨いたします。

(いきなりエンジンマックスにしているため、割と手加減無しです)


以上のことをご了承頂けると幸いです。




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暗い道を一人の少女が歩いていた。

頭はまるで熱湯が注ぎ込まれたかのように熱く、頬には涙が流れた後が残っている。

ここから家に帰るのにはどんなに歩かなければならないだろうか。そんなことが頭を過っても、それでもあのままバスに残るよりは何億倍もマシに思えていた。


彼女に対しては、前まではある種の尊敬すら感じていた。

学校の最底辺であるレベル1クラスから、レベル5クラスに引けを取らない人間が出てくるなんて思ってもいなかったし、彼女の通る道全てが自分達の希望になるとすら感じていた。


ところが徐々に彼女の本性が現れてくるにつれて、その少女の淡い期待は少しずつ、そして確実に消えていった。彼女はクラスのことなんて微塵も考えていない、クラスの人たちがどうなろうと知ったことではないし、恐らく自分が明日生命の危機に立たされたとしても、彼女は絶対に助けには来ない。


それこそ『弱い貴方が悪いんじゃない』とでも言って、目の前の崖から弱者を突き落とすことすら厭わないだろうと思えるほどに、彼女の思考は冷徹だった。


その少女、長野ひかりは愛に飢えていた。


派手なギャルの姿で身を飾っていても、その本質は変わらない。

彼女は幼い時に両親が離婚し、母が再婚した後は地獄の日々を送っていた。再婚相手の父親は結婚する前からひかりの母親との間に子供を作っており、父母双方ともにひかりへの興味を失っていたのである。


そしていつしか、ひかりはまともに食事すら与えられなくなっていた。

暴力は日常的なものになり、最低限の教育義務も放棄されていた彼女だが、不幸はそれだけではない。中学生になって大人に近づいていくひかりに対して義父は、性的な意味で手を出したことすらあった。この家にはもう居られない、そう思ったひかりは家出して友達の家に身を寄せることに決めたのだ。


彼女が山宮学園への入学を決めたのはその頃だった。


「絶対にDHになって、振り向いてくれなかった家族を見返してやる」と、決意したひかりは血の滲むような努力で異能を習得し、一日十時間の勉学に励んだ。

学費も親には頼らない。中学生ながら、バイトを始めて学費を捻出した。


そしてその努力が実ったのか、滑り込むような形で奇跡的にひかりは山宮学園に入学することが出来たのだった。


そして丁度その頃、彼女にある能力が芽生えた。

人に愛されたいという気持ちがそうさせたのかは分からない。だが彼女は確かに、その能力を手に入れた。その名も『催淫能力』である。


それはひかりが触れた相手を一時的に、自分の虜にする能力。

相手の体に二分以上触れることで発動し、この能力に囚われた相手は盲目的な好意の元、ひかりの言ったことは無条件に従ってしまう。なおこの能力に囚われている間に行った全ての行動は、能力解除後には全て記憶がリセットされる。


それが危険な能力であることは知っていた。

でも彼女はその魅力に抗うことが出来なかった。家庭で全く愛を受けなかった彼女にとって、その能力はまるで天から授かったプレゼントのように思えていたのだ。


ひかりはその能力を使いまくった。

最初は学校のクラスメート、次は同じ部活の先輩、挙句の果てには教師まで。

その全ては自分が『愛されている』と感じるために。彼女は催淫し続けた。


そして、そこから得られたのは催淫相手からの無償の愛。

ただしそれは、限りなく空虚な愛だった。


使い続ければ使い続けるほど、中身のない自己満足で満ちていく。

そんな中、強制的な愛で満たされ続ける心は何時しか相手からの自発的な、自然発生的な好意を激しく求めるようになっていった。

それは着飾り、どんどん派手になっていく外見とは裏腹だったのかもしれない。


それから彼女は、一時的に催淫能力を封印することに決めた。

山宮学園に入学したら、自分の思う彼氏パートナーを見つけて異能に頼らずにお互いを愛し合う関係性になろう。彼女はそんなことを思っていたのも知れない。


高難度の実習に付いていけず心が折れかけた時も、学校に入った時の初心を思えば乗り越えることなど造作もないことだったし、奇妙奇天烈な優等生兼問題児が、学校中の注目を浴びるのも自分には関係ないことだと割り切っていた。


そんな中、今まで催淫する側だった自分が初めて、まるで催淫される側の気持ちを味わう様な出来事があった。


1-2、レベル4クラス担任の大道和美。まさに魔性という他ないほどの美貌と魅力をもつその男に、彼女の心は一目で鷲掴みにされてしまった。

レベル1クラスであるひかりたちにも一切の差別的な態度無くアドバイスを送る、その寛容な心と、そして教師としての圧倒的な知性とカリスマ性。


そして何より、ひかりの持つ『催淫能力』を優しく受け入れてくれたこと。

車の中での自己紹介で、ひかりは自分が催淫能力を持っていることを和美に告げたのだが、今まで告げた全ての人たちは決まって眉をひそめたのに対して和美はそれを一切の嫌な顔をすることなく受け入れてくれた。


ひかりにとってそれは、救済にも等しいことだったのだ。

だからこそひかりは和美に魅力を感じ、そして惹かれた。


なのに、和美はひかりではなく夏美に大きな興味を抱いている。

それが観察対象としての興味なのか、所謂恋愛的な意味での好意なのかは分からない。だが、ひかりにとって気に喰わないことであることは疑いようがなかった。


なのに、興味を寄せられる夏美自身が、あれほどひかりが好意を抱く和美に対して全く好意を持っていないどころか、むしろ鬱陶しいと思っている。その挙句和美を侮辱し、それに好意を抱くひかりに至っては阿呆だと宣う夏美を、ひかりはどうしても許すことが出来なかったのだ。


暗い夜道を歩くひかり。帰る手段は己の足のみである。

横の道を車が猛スピードで通り過ぎていく。まるで歩くひかりを嘲笑うように。


するとここで突然、横の道を通る車の中の一台がひかりの横に留まった。


そして車から誰かが降りてくる。もしや夜道の中ひかりを攫おうとするのだろうか。

それなら催淫で返り討ちにしようかと、ひかりが思った時だった。


「貴方は長野ひかりさんですね? こんな時間に一人でどうしたのですか?」


聞き覚えのある声が聞こえて来た。

顔を上げるひかり。目の前に誰かが立っている。


目の前にいる長身の男の姿は、ひかりの心に深く刻まれている姿と全くの同一だ。


「大道先生⋯⋯」


突然現れたその男は、大道和美だった。

すると和美は、車のドアを開けると言った。


「心配事があるなら車の中で聞きましょう。まずは乗ってください」


開けられた車のドアに吸い込まれるようにして、ひかりは車に乗った。

最早それは彼女による意思ではなく、「和美に言われたから乗った」という感覚だった。

それ以上のことなど何も考えず、ひかりは車に乗り込む。


そして和美は車のキーを回すと、車を走らせる。

そのまま流れるような手つきで車の自動操縦機能をオンにすると、和美はそのまま車の後部座席へと座ってひかりの横に座った。


「他のクラスメートの方はどうしたのですか?」


「⋯⋯⋯」


何も言わない。その様子を見て和美は再度優しく問いかける。


「私は貴方の味方ですよ、ひかりさん。全てを話してください」


その言葉は、固く閉ざされたひかりの口を易々と抉じ開ける。

当たり前のことを言うように、ひかりは言った。


羞恥心は不思議となかった。

当たり前のことを言うだけなのだ。心にあることを全て。


「⋯⋯先生。好きです」


和美の腕に手を伸ばすと、ひかりは抱き着いた。

もう何も隠したくない、ありのままを見せたいと彼女は願っていた。


「あんな女に何で先生は心を奪われるの⋯⋯ねえ」


身をそのまま和美に預けるひかり。

それはもう和美になら何をされてもいいという意思表示の発露だった。


「教えて先生⋯⋯私はそんなにダメな女ですか?」


顔を近づけるひかり。ここから先は、本来越えてはならない一線かもしれない。

だが彼女はそれを過去に何度も越えている。催淫能力を使って何度も記録なく一線を越えてきた今、彼女の枷が外れたこの状態で踏みとどまることはもう出来なかった。


ひかりの理性は崩壊寸前だった。

まるで夢の中にいるように、自分の本音が次々と湧いて出てくる。もう彼女の心を縛るものはない。それが許されるなら、彼女は『最後』まで行くつもりだった。


彼女に我慢という概念はもう存在していない。

もし拒否されるなら、もういっそ催眠を使おうとすら思っていた。


すると、和美の手がひかりに伸びる。

拒否されると思っていた、ひかりの心のどこかにあった心配はあっと言う間に飛ぶ。


暗闇を進む車の中で、手がひかりと交わった。


「あっ⋯⋯」という声がひかりから漏れる。


手はひかりの体を制服の上から舐めるようになぞっていく。少しずつ、体全体の感覚が鋭敏になっていくのを感じながら、ひかりは高揚感を感じていた。

遂に自分の望むものが得られるのかという嬉しさと、自分の愛を和美が受け入れてくれたことに対する感動と、いろいろな気持ちが混ざり合う。


時間がどれ程経ったかは分からない。

気が付いた時、二人はお互いに唇を交えていた。


少なくとも一時間くらいは体中を刺激され尽くしただろうか。

首の下から足首まで、局部を除けば隅々まで刺激され尽くしたひかりの体は、その更に先の段階を求め始めていた。次なる快感を求めるひかりの素直な期待は、既に唯一手を伸ばされていない場所の、下着越しにも分かる湿り具合が示している。


そして、和美の手が遂にその場所へと伸びた。


「ああっ⋯⋯!」


短いスカートを捲り、和美の細い指が僅かに局部を掠めるようにして引っ掻いた。

その後、じんわりと濡れた場所を優しくなぞる和美に全て身を委ねるひかりの体に襲い来るのは、湧き上がる快感である。


全体を軽くなぞった後、一際敏感になっている一点を指先でクリクリと刺激されていく中、遂にその快感が絶頂に達したのを、プチュッという何かが噴き出す音と止められない局部の痙攣によって感じ取る。


「はあん⋯⋯⋯」


そんな声が漏れる。ひかりはもう夢の中にいるような気持だった。

下着が降ろされ、着ていた制服も一枚ずつ脱がされていく。

上着を脱ぎ、スカートも脱ぎ、着ているのはブラウス一枚になったひかり。


もう全てを受け入れる準備は出来ていた。


「先生⋯⋯⋯」


覆いかぶさるようにして和美が迫る。

目を瞑り、脱力して近づく和美を高まる高揚感と共に感じ取る。


そして⋯⋯⋯








===============




「だ、大丈夫かっ!?」


「急いで救急車を呼べ!! 山宮の女子生徒だ!!」


目を開けるひかり。

気付いた時、彼女は森の中にいた。


「せん⋯⋯せい?」


「ああ、これはさっきの奴の影響だな。しかし⋯⋯⋯」


ひかりの周りを囲むようにした、黒いスーツを着た一団がいる。

恐らく彼らはDHだ。近くの山宮支部からやってきたに違いない。


見ると空の彼方からは、少しずつ朝日が見え始めていた。


「⋯⋯まずは服を着ようか」


するとその中の一人の女性が、何かを持ってくる。

それはひかりが着ていたはずの制服だった。


「何⋯⋯で?」


状況を何一つとして理解できていないひかり。

すると服を持ってきた女性のDHが彼女に言う。


「貴方はD級DBの幻覚作用に毒されていたんです。緊急警報を受けて我々がここに急行したところ、DBが貴方を襲おうとしていたので撃破したんですよ」


だが、ひかりはそれどころではない。

先程まで彼女は、意中の男性との甘美なひと時を過ごしていたはずなのだ。


「先生は!? 先生はどこ!?」


DHの肩を揺さぶってそう言うひかりの目には、涙が見える。

するとやや答えにくそうに、DHは言った。


「全部、幻覚だったと思われます」


「嘘よ! 先生は私を⋯⋯」


忘れられないあの感覚。湧き上がる快感。

あれも幻覚だったとは受け入れられない。その一心だったのだろう。


するとここで、ひかりは何かに気づく。

そして彼女は自分の手を食い入るように見つめた。


「⋯⋯濡れてる」


粘りのある、独特な匂いのする液体が手に付いている。

それはベッタリと多量に付着していて、服で拭いてもなかなか取れない。


その時、ひかりは悟った。

あの時間は、自分が和美にされていたと思っていたあれは⋯⋯⋯


「全部、自分で⋯⋯?」


下級DBの幻覚で、自分を慰めていただけだというのか。

思えば和美の行動も変だった。まるでひかりの望むことを全て受け入れるかのように、言い換えるなら不自然なほどのひかりに対して従順だった。


すると担架を持った救急隊員が、ひかりの元にやって来る。

森の真ん中で少女が素っ裸になっている異様な光景に、少し驚いた様子の救急隊員だったが、すぐに気を取り直すと担架に乗るようひかりに促した。


だがここで、少し離れたところにいたDHのこんな会話が聞こえて来た。


「下級DBが見せる幻覚って、その人が願ってる一番の望みを見せるんだよね」


「そうだ。あと、潜在的に「絶対に叶わない願い」だと思ってる夢を優先的に見せる傾向があるらしいな」


『絶対に叶わない夢』

あの夢のような、そして実際に夢だったあの時間は絶対に叶わない。

自分は心のどこかで、そう思っていたのか。


でももう知ってしまった。叶った時の甘い蜜の味を。

そんな状態で、永遠に叶わないことを受け入れるなんて出来るはずがなかった。


「なんで⋯⋯こんな酷い⋯⋯」


涙が止まらない。もう何も考えたくない。

ずっと強く保っていたはずの心が、ポキリと折れた音がした。





そしてその日から、長野ひかりが学校に来ることはなかった。

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