第54話 DHの少女

暗闇の中、巨大な建物が聳え立っている。

一面マジックミラーで覆われ、その外壁には至る所に高精度カメラが設置されているその異様な建物からは、夜も深まる深夜にもかかわらず人の出入りが多く見られる。


ここはDH協会山宮支部。この地域で活動しているDH達の本拠地だ。

ダンジョン発生の知らせが入ると、この建物から専用の小型ヘリや高速の移動車ポートカーを使ってDHがDBの討伐に向かうのである。

また支部自体もさながら要塞のようになっており、実はこの建物の最上階には百キロ先の標的をも撃ち抜く、対DB用の超狙撃銃ハイパーライフルも装備してある。


そして深夜十二時を過ぎた頃、その建物から三人の人影が現れた。


「今日はD級が三体でしたね」


「最近金欠だったから有難いよ。ほら、こんなに稼げたし」


各々、スーツで身を固めた男二人がそんなことを話している。

腰には銃や小型ハンマーのような特殊な装備を下げていて、胸元にはエンブレムのようなものが彫られたバッヂのようなものを付けている。


そんな彼らの手には一万円札が三枚握られていた。

すると握られた一万円札の内の二枚を、男の一人が横にいる人物に渡そうとする。


「二万円は隊長が貰ってください。DBをあんなに簡単に倒せたのは隊長のおかげですから」


だがその隊長と呼ばれた人物は、男の手を片手で軽く押し返す。

それは「いらない」という意思表示だったのだろう。


椿つばき、そんなにお金に困ってないし」


「で、でも隊長のおかげで⋯⋯」


「いーから貰っといてよ。椿は早く帰りたいの!」


そんな男たちの間に挟まれるようにしているのは、小さな少女だ。

年は中学生くらいだろうか、服装は男たち同様に黒い正装をしているが、唯一違うのは腕に腕章のようなものをしていることだろうか。

ボブカットの髪に、目が大きく可愛らしい顔立ちだが、男たちからは隊長と呼ばれている。脇に従えている男たちとは親と子供くらいの体格差があるが、どうやらこの少女の方が男たちよりも上の立場にいるらしい。


「やんなっちゃう。夜更かしは美容の大敵なんだから」


日付を跨いでいる現状を憂いでいるようで、その少女は小さく溜息をつく。

彼らは建物の前にある小さなバス停に辿り着くと、ベンチに腰を落とした。

バスが来るまでは少し余裕があるようで、早速男たちはポケットから携帯型の最先端ゲーム機を取り出すとピコピコとやり始める。


「あークソッ! 今日も負けたかア!」


暫くして決着がついたのか、男の内の一人が頭を抱えて宙を仰ぐと、もう一人が勝利を祝うが如く宙に手を突き上げる。


「じゃ、今日の奢りはおまえな」


「分かったよ⋯⋯また金欠だなあ」


どうやらこれから飲みに行く際の、会計係をゲームで決めていたらしい。

すると横でそれを見ていた少女が、口を尖らせながら言う。


「何でこんなに遅いのにご飯食べに行くの?」


すると男たちはニヤリと笑いながら言う。


「へへっ、隊長にはまだ早い世界ですよ。大丈夫です、隊長もあと3年くらいしたら分かるようになってきますから」


そんなことを言いながら財布の金勘定を始める男たち。

それを少女は白けたような目で見ている。


すると男の内の一人が、ふと少女に話しかけた。


「隊長は今年で中学3年生ですよね? てことは、来年は高校生⋯⋯やっぱり隊長だったら行くのはあそこですか」


「おう⋯⋯あの山宮学園だろ?」


男たちが二人して、少女を見ながらそう言う。

彼らが乗るバスの路線図にも山宮学園は入っている。それぞれ校舎と記載されているのは二つあるが、男たちはその中の一つに目を向けた。

そこには『山宮学園特別専用校舎』と書かれている。


「前にも言ってたじゃないですか。『山宮学園から特待で勧誘が来てる』って」


「特待生ってことはあのレベル5に入るんだろ? うわあ凄いな⋯⋯俺の中学の同級生でも地元で神童って言われてる奴がいたけど、山宮学園ではレベル2クラスだったらしい。あの時はレベル5とかどんな奴が行くんだよと思ったぜ⋯⋯」


すると二人して同時に、少女の方をみる。


「「隊長みたいな人が行くんでしょうね」」


ファーと大欠伸をしながら聞き流す少女。

実はこの少女は、既にDHとして今横にいる2人の男ともう3人別のDHを部下にしている、超一流のDHなのである。

キャリアをスタートさせたのは中学2年生の時で、まだ1年しか経っていないにもかかわらず部下を持つというのは異例のスピード出世だ。


「俺たちはこれからも隊長についていきますよ。きっと、3年くらいしたら最強のDHになってるんでしょうね」


そんなことを言いながら、お互いに笑う男たち。

だがその時、少女がポツリと言った。


「変なこと言わないで⋯⋯最強のDHは臥龍さんなんだから」


「⋯⋯臥龍?」


ふと少女から漏れた声に顔を見合わせる男たち。


「臥龍って、そう言えば最近は聞かなくなったよな。引退したから仕方ないかもしれないけどさ、何処で何やってるのかも聞かなくなったし」


「俺は臥龍は死んだって聞いたぜ。S級DBと一騎打ちで戦って負けたってさ。S級って山みたいにデカい化物なんだろ? そんなのと戦うなんておかしいよな」


すると少女は、横にいた男をキッと睨みつける。


「臥龍さんが負けるなんてあり得ないもん!!」


そう言うや少女は、小さな足を振り上げて男に金的を浴びせる。

声にならない呻き声をあげて崩れ落ちる男の横で、驚いたようにもう一人の男が少女に話かけた。


「どうしたんですか隊長? 臥龍にそんな思い入れでもあるんですか?」


だが少女は気分を相当に損ねたようで、何も言わずにそっぽを向く。


「おい大丈夫か?」


「俺の⋯⋯俺のタマが⋯⋯」


地面で転がる男の様子を見るに、モロにダイレクトアタックを喰らってしまったらしい。この様子だと立ち上がるのも辛そうだ。


「フンだ。椿の命の恩人に酷いこと言った罰だもん」


どうやらその言葉は、男たちには聞こえていなかったようだ。

地面をのたうちまわる男に、急いで横の男が股間辺りに治癒異能を使う。

潰れてはいないが、少し割れるくらいの衝撃はあったのかもしれない。治癒能力で傷が治るまでの間、安静にしていることにした。


だが暫くして痛みも少し収まって来たらしく、20分ほどした頃には二人並んで仲良くベンチで座れるくらいの状況には改善した。


するとここで男がその少女に尋ねる。


「そう言えば、お兄さんの噂は聞きましたよ。大変なんでしょう?」


「⋯⋯うん」


そういう少女の顔は、先程とは変わって深刻そうだ。

何か大きな心配を抱えているような様子だが、恐らくそれは彼女の兄に起因するものであるに違いない。


「まっ、俺たちは山宮学園の卒業生じゃないんで詳しい事情は分からないですけど、きっと隊長も山宮の生徒会とかに入るんじゃないですか?」


「⋯⋯そんなのヤダ。だって最近のお兄ちゃん凄く辛そうだもん。きっと生徒会って酷い場所なんだよ」


「でも、俺が居た学校の生徒会の奴らは、山宮の生徒会メンバーを神みたいに崇めてましたけどね。凄い奴らがいる、ってことは間違いないですよ」


静寂の中、二人の声のみが深夜の暗闇に広がっていく。

すると暫くしたころだろうか、暗い道の向こうから明るいライトが見えてくる。


「おっ、来たみたいですね。今日は妙に遅かったなあ⋯⋯」


彼らが乗るのは、最終便の高速バスだ。

この辺りの地域を一周するように循環しているバスで、彼らが家に帰るのによく使っている路線でもある。


各々、本部から用意されたバスチケットを持ち、3人はバスに乗り込む準備をする。

そしてバスの乗車口が空き、男の一人が乗り込もうとしたその時だった。


「うわっ!!」


猛スピードで駆け下りるようにして、バスから一人の少女が降りる。

目の前の人も見えていないようで、男が反射的に躱さなかったら頭から正面衝突していたかもしれない。見ると、彼女は山宮学園の制服を着ていた。


「⋯⋯泣いてたな」


後ろで様子を見ていた男の一人がそんなことを言う。

凄い勢いで降りて行ったのでよく見えなかったが、金髪の少女だったのだけはギリギリ確認することが出来た。


「こんな時間に、こんなとこに降りてどうするんだ⋯⋯?」


その様子を見た男は、不思議そうに呟きながらバスに乗車する。

普段この時間は貸し切り状態になることが殆どなのだが、今日は珍しく先客がいた。


「⋯⋯何かヤバそう」


不意に出て来たかのような少女の声は、誇張を一切含まぬ本音だった。

バスの一番後ろを陣取っている集団は、お通夜を思わせるほどに消沈しきった雰囲気を漂わせている。特に、制服が所々破れて髪もボサボサに乱れ切った少女に関しては、まるで取っ組み合いでもやったかのような様子だ。


「あ⋯⋯すみません、気にしないでください」


そんな中、一団の内の一人の眼鏡を掛けた少年が彼らの方へ頭を下げる。

見ると彼らは全員山宮学園の制服を着ていた。


「こんな時間にあの学校の生徒が乗ってるなんて珍しいな」


そんな様子で3人は彼らの方へと近づいていく。

するとここで、少女が唐突に声を上げた。


「お兄ちゃん!? 何でここに居るの!?」


少女の視線の先には、一団の中でも特に疲れ切った様相の少年がいる。

一枚の紙を握りしめて椅子に座るその様子は、実年齢が分からなくなるほどに意気消沈して老け込んでいるように見えた。


「⋯⋯椿?」


か細い声でそう言う少年は、今にも死んでしまいそうなほどに憔悴している。

その少年、中村健吾は悪化し続ける現実を付け止めきれていなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます