第52話 賢者の石

その少女、若山夏美がここに来た理由は至ってシンプルだった。

クラスの崩壊がどうのこうのという話は、彼女にとってはどうでも良い話であり、ここに来た理由もまた目の前にいる男に起因する話である。


「貴方、この学校のトップなんでしょ? 凄い力を持っているらしいじゃない」


腕を組み、足も組んで椅子に座る夏美。

その先には生徒会の2トップ、八重樫慶と星野アンナがいる。


「⋯⋯お帰り頂くことは出来ないか?」


「無理ね。貴方の力を教えてくれれば今すぐにでも帰るけど」


夏美の様子を見ていれば分かる。彼女はもうそれだけにしか興味がないことを。

そして夏美が何かに興味を持つということは、彼女にとって納得のいく結論が出るまでさながらコブラの如く永遠に追い掛け回されることも意味している。


「お前は若山夏美だろう? 良くも悪くも活躍は常々聞いているぞ。何でも先日の合宿では、途中で中止になったとはいえ中々の好成績を収めたらしいな」


「ええ、あのデカい人が助太刀してくれたから楽だったわ。まあ、中村君は大して何もやってなかったようだけど、特に問題は無かったわね」


合宿自体は打ち切りになってしまったが、途中経過だけなら一年生組が残した成績は圧巻だった。一位は光城雅樹、榊原摩耶、そして葉島直人のチーム光城。因みに、中止時点での途中成績は歴代でもダントツの数字だった。


そして意外なことに、二位に入ったのがこれまた一年生チームのチーム若山だ。

中村健吾は個人成績でも全体で最下位という悲惨な数字だったのだが、若山夏美と配達のバイトを途中でバックレて参戦した仁王子烈が、二人揃って異次元の数字を残した事によってチーム成績でも二位に食い込んだのである。


「先生方も仰っていたぞ。こんなに奇妙な事態に陥ったのは記憶がないとな」


しかし、夏美はそれ以上団長の言葉には耳を傾けなかった。


「どうでも良い話をするのはそのくらいにしてもらっていいかしら。私が興味を持っているのは、貴方が持っているという『固有スキル』よ。それを教えてもらうために、私はここまで来たんだから」


「成程⋯⋯つまり自分の所属するクラスのトラブルはどうでも良いと?」


「当たり前じゃない。分かり切ったことを言わないで」


ここで団長と、アンナはお互いに顔を見合わせる。

「これが若山夏美か」というように顔を見合わせる二人の様子を見るに、彼女の非常に特異な様子をまざまざと再確認させられたことに対するリアクションだろう。


「噂通りというか、凄く強気な子ね。レベル1に入った経緯も変わっているけど、八重樫君に対してここまで初対面でグイグイくる子は初めて見たわ」


夏美を見るアンナの様子は、むしろ面白そうなものを見るようである。

対して団長は冷静に手元の端末を起動すると、入学時の夏美の成績を見る。

なおそこには、彼女の辿ってきた簡易的な経歴も記されていた。


「⋯⋯改めて異様だな。見るたびに驚きの念が勝る」


そこに書かれている内容は、確かに異様な内容だ。


『入試試験当日に、許可なく教室に押し入りテストを受験。当初は教員側で解答用紙を廃棄する方針であったが、簡易採点の結果が満点であったことから急遽二次試験の受験許可を与えるに至る。その後レベル5クラスに相当する異能適性が確認されたことから職員会議の後に入学を許可された。なお中学時代の内申書によると、二度の退学と異能暴走による傷害事件を起こした経緯があり、実力はあるもののレベル1からの経過観察をするに至った』


「凄いわね⋯⋯志納君すら霞むわ」


そんなことを呟くアンナの言葉をフンと鼻を鳴らして受け流す夏美。


「どうでもいいでしょ。早く教えなさいよ、貴方の持つ固有スキルとやらを」


するとここで、団長が夏美に言った。


「レベル5への飛び級はしないのか?」


だがしかし、夏美は首を横に振る。

しかしその行動は、彼女の意思によるものではなかった。


「親愛なる私の担任が言っていたわ、少なくとも、今年一年は私がレベル1以外のクラスで授業を受ける事は無いとね」


工藤雪波による言葉らしく、夏美は苦虫を噛み潰すような表情で続ける。


「私がレベル5を圧倒するのがそんなに怖いのかしらね。それとも、何か隠していることでもあるのかしら」


「いや、工藤先生はそのような私情で動かれるような方ではない。そちらが理解しきれていないだけで、何らかの理由は必ずあるはずだ」


「何らかの理由って⋯⋯」と呟くアンナ。

誰がどう見ても素行だろ、とでも言うような様子だ。


だがしかし、夏美もそろそろ我慢の限界らしい。

いつまでも彼女の求める情報を吐かない団長に腹が立ったのか、椅子から立ち上がると生徒会団員の机の方へと歩み寄る。


「最後の警告よ。今すぐに固有スキルを教えなさい、さもないと撃つわよ」


すると彼女の手の指もとに少しずつ魔力が集中していく。

人差し指が光り始め、熱を帯び始めた。


「魔力を熱エネルギーに変換し、熱弾にして撃つ異能力か。一年生で、それが当たり前のように使えるのは、やはり実力者である証拠なのだろうな」


目の前で指を構え、己を狙う夏美にも特に動じる様子のない団長。

右手に赤い石を平然と転がしながら、夏美を見ている。


「余裕ね。それとも、固有スキルがあるから問題ないのかしら?」


「気になるなら試してみたらどうだ」


そう言う団長に向けて、指を向ける夏美。

彼女は冗談で行動することはない。それは本気であるが故の行動だった。


「そう、じゃあお言葉に甘えて」


その瞬間、彼女の指から熱弾が放たれた。

それも一発ではない、複数の弾丸である。

放つのは団長の胸元、それも一切の容赦なくど真ん中である。


「⋯⋯ほう、躊躇いがないな」


しかし、その熱弾は消えていた。

複数放った弾が全て、一つ残らず消えている。そして団長八重樫慶の服には傷一つとして弾が当たった痕跡などなかった。


「⋯⋯固有スキルね」


「そうか? もしかしたら、高度な消失スキルを使っただけかもしれないぞ?」


不敵な笑みを浮かべる団長だが、夏美は騙されない。

彼女はこれでも類まれな頭脳と並外れた知識を持っている才女でもある。団長の言葉が完全なる嘘であることを彼女は見抜いていた。


「異能の消失は、未だかつて誰も成し遂げていないわ。異能を分解したり、吸収することは出来ても、放たれた異能とその魔力を完全に消し去るのは、如何なる方法を使っても不可能よ」


「所謂、『魔力の絶対保存』と言う奴だな。良く分かっているじゃないか」


椅子に座り、余裕の笑みを浮かべる団長に対して、夏美もまた無表情で睨み返す。

しかし夏美は、クルリと翻ると椅子を立ち扉へと向かっていった。


「どうした? 異能の正体を知りたかったのではなかったのか?」


すると、夏美は団長とアンナに向かって言う。


「私の放った異能を消したのは、恐らく『吸収』の力。消失ではなくエネルギーを保存し、別の異能で打ち出す能力。貴方の言う賢者の石とは、相手の異能を吸収し、己の魔力へと変成する『チャージ&カウンター能力』って所かしらね」


「へえ⋯⋯」と小声で声を上げるアンナ。

その様子を見て、夏美は言葉を続ける。


「ネタが割れた以上、ここに居る理由は無いのよ。ということで帰らせてもらうわ」


こうして夏美は、あっさりと帰っていった。

彼女が扉を閉めた後、少しの間部屋に静寂の時間が流れる。


「⋯⋯⋯50点ってとこ?」


「いや、70点だ。異能を一回放っただけでここまで見抜いたのは元木以来か?」


「でもあの子は海野君と一緒に考えての結果だから、実質あの子の方が凄いと言えるんじゃないかしら」


そんなことを言うアンナ。団長は己の右手にある石を眺める。

石は鈍い赤色を放ちながら、部屋を照らしていた。


「俺の賢者の石が活性化している。若山夏美の魔力を吸収したことで、今までとは比にならん程『範囲フィールド』が広がっているな」


そんなことを言いながら団長は、軽く手をパンと叩いた。

すると同時に、部屋にあった全ての椅子と机が消え失せる。


「だが残念だったな、その回答じゃ満点はやれん。俺の固有能力の最大の長所を完全に見誤っているからな」


そして団長とアンナは同時に席を立つ。

窓を見ると、いつの間にか日が沈んでいる。


「今日はもう日が遅い。帰りのバスはもう無いんでな、俺は学校の近くのホテルで一晩休むことにしよう」


「あら奇遇ね、私も丁度同じホテルを予約してあったのよ。ちょうどシングルルームが空いてなかったから、ダブルを予約したんだけど⋯⋯」


上目使いに団長を見るアンナ。

だが、それを見る団長は能面の様な表情である。


「⋯⋯俺は既にシングルを確保してるんでな。では、また明日会おう」


そう言って荷物を手早くまとめると、あっという間に部屋を出て行く団長。

残されたアンナは、プクッと頬を膨らませるとポケットから携帯電話を取り出した。


「⋯⋯いいもん。こうなったらモモちゃん呼ぶから」


そう言うや、桃子と電話を繋げるアンナ。

直ぐに回線は繋がったらしく、アンナは桃子と話し始める。


「あ、モモちゃん、今暇でしょ? ちょっと一晩、八重樫君の悪口言って盛り上がりましょうよ」


中々にエグイことをいうアンナだが、どうやら桃子側も了承したらしい。


「近くに海野君もいるの? ああじゃあ、ついでに連れて来なさいよ」


電話の向こうから「え? アンナさん?」という男の声が聞こえて来たが、アンナは知らぬ存ぜぬで「無理やり連れて来なさいよ」とだけ言うと電話を切る。


「さあて、今夜も楽しくなりそうね」


そんなことを言いながら、生徒会室を出るアンナ。

まるで一狩り行くかのような表情で舌なめずりをするアンナの表情は、無理やり呼ばれたであろう修也の未来を不安にさせるような笑みを浮かべていた。


そして、照明が落とされて真っ暗になった生徒会室。

誰もいない空間の中、部屋に設置された古時計の午後九時を知らせる鐘を鳴らす音が、生徒会室を越えてフロア中に響き渡っていた。

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