第41話 定説と疑問

ここは山宮学園の一角、二年生のレベル5クラスである。

流石は最高峰の学び舎である山宮学園だと言うべきか、昨今いろいろな話題で賑やかな状況下においても彼らは変わらず授業を続けていた。

そんな教室の中で、黙々とノートを取る女子生徒が一人。


半ば飽和状態まで話題を呼びまくった、山宮学園別荘での合宿から帰って来たばかりの生徒連合団団員の元木桃子である。

長期の合宿から帰って来たばかりではあるものの、やはり学業に関しては並ぶ者のない秀才である桃子にとっては大した問題ではなかったようで、今日も彼女はクラスで行われた小テストでは貫禄の満点を獲得していた。


余談だが、二年生生徒会コンビの海野修也に関しては、中村健吾と共に仲良くテレビ出演に大忙しのため今日も授業には欠席している。

本来であれば山宮学園はテレビへの出演は控えさせる方針ではあるのだが、今回は健吾と修也の二人が山宮学園のイメージアップに繋がる良い仕事をしたことが評価されて、特別に公欠扱いが認められている。


そんな中、今受けている授業は『異能歴史学』だ。


異能の歴史はまだそこまで長くはないが、それでも異能が発明され、実用化に至るまでの過程には多くの出来事があった。

この授業では、それらのことについて学んでいるのである。


「では、今日は近代における異能歴史学の中でも特に重要な事件について、もう一度復習しよう」


そう言うと、講義をする教員は空中に文字を描く。

科学技術が発展し、今では黒板どころか空中に字を描くことが可能になっている。

特殊なペンで空中で字を描く仕草をすることで、360度に全ての空間に対応したプロジェクターがその動きを感知して字を表示するのである。

そして教員が空中に書いたのは、こんな文だった。


『白楼山集団失踪事件』


「この事件について、ある程度詳しく説明できる人はいるか?」


すると、すかさず桃子が手を挙げる。

それを分かってか、クラス全体でも半ば桃子に任せるような雰囲気があり、問うた教員サイドもほぼ能動的に桃子を指差した。

桃子は立ち上がり、説明し始める。


「今から百年ほど前に、白楼山はくろうざんにて大規模な集団失踪事件が起きました。元々、白楼山には多くのDBの目撃情報がある中の失踪事件だったため、当初はDBに人が住む集落が襲われたことによる大量虐殺ジェノサイドだと考えられていましたが⋯⋯」


少し間を置いた後、桃子が続ける。


「集落にて生き残っていた数少ない生存者への聞き取り調査の結果、彼らは彼らが独自開発した異能の暴発によって消えてしまったと結論付けられました。なお生き残った人々は皆精神に異常が生じており、正常な会話が出来なかったことから異能障害を起こした患者のための精神病院に搬送され、多くの患者はそこで生涯を終えました」


すると、それを聞いた教員は軽く頷く。


「その通りだ。どうやら私が先日渡したテキストを完璧に覚えているようだな。因みに、白楼山の集団失踪に繋がった異能の全容を解明したのはダンジョンハンター臥龍だが、彼らが開発しようとした異能については知っているか?」


すると桃子は答える。


「感情の高ぶりによって魔力の絶対量を変える異能です。しかし当時はまだ開発途中で不完全であったことから、生み出された魔力が暴走してしまい、結果肉体の消滅という最悪の事態になってしまったと推測されています」


すると教員は軽く拍手をする。

模範的な回答に対する賛辞だろう。


「流石は元木だ。そう、これは近代を代表する異能による惨事の一つであり、今もなおこうして語り継がれる出来事になっている。なお当時の生存者は、今はもうこの世にいない。百年という年月によって当時の事件を知る者はいなくなってしまったのだな」


そう言って、講義を締めくくろうとする教師。

だがここで、桃子はふとあることを思い出すと手を挙げた。


「どうした元木? まだ聞き足りないことがあるのか?」


一瞬躊躇する桃子。

だが暫くした後、意を決したように言った。


「本当に、もう誰も生き残っていないんですか?」


一瞬ポカンと口を開ける教師だったが、彼女の言う意味をおおよそ理解した後はゆっくりと彼女に言う。


「失踪事件で生き残った生存者が存命しているのかという意味ならば、それは否だ。なお記録によれば、正気を失った生存者たちは亡くなる直前まで意味不明な言葉を呟き続けていたと言われている。だが、大分昔の事件であるだけにこれ以上のことについては記録が残されていないのだ。ただ生存者たちは皆最終的に、持っていた持病がもとで亡くなったと言われている」


「では、彼らが言っていた『意味不明な言葉』とは具体的にどのようなことを言っていたかなどは分からないのですか?」


すると教師が片眉を僅かに上げるような仕草を見せる。


「元木は随分とこの事件に興味があるようだな。異能歴史学研究、ひいては迷宮学の研究にでも興味があるのか?」


「そういうわけではないですが⋯⋯純粋に気になっただけです」


少しの間だけ、教師が考えるような仕草を見せる。

すると暫くした後、口を開いた。


「すまないが、私も流石にそこまでは知らない。もともと、この事件は最近まで調べることすらままならない程のアンタッチャブルなトピックとして扱われていた話だ。当時騎士王だった臥龍が自ら精力的に研究に参加し始めるまでは、歴史の闇に葬りかけられていたと言っても過言ではないほどにな」


すると桃子が口を開いた。


「では何故、このことは『事件』と呼ばれているのですか? 異能の暴発による消滅が確かなら、『事故』なのではないですか? まるで私は、『何者かが意図的に起こした』ことを隠しているように思えるんです」


「それは言葉のアヤだ。元木、お前は賢いが考えすぎる癖がある。決して悪いことではないが、それが時には真実に辿り着くための障害になることもあるぞ」


「で、でも⋯⋯」


だが、ここで授業終了のベルが鳴った。

すると教壇にいた教師は、いそいそと荷物をまとめる。


「ではこれにて授業を終了する。皆、復習は忘れないように!」


「あ、ちょっと! 待ってください!」


だがそんな桃子の呼びかけも空しく、教師は去って行ってしまった。

まるでその挙動からして、終始あまり聞かれたくないことを聞かれていたかのような様子であった。


「どうしたの桃子? 珍しいね、桃子があんなに大きな声を出すなんてさ」


近くにいた彼女と仲の良い女子生徒が桃子に話しかける。

見ると、クラス全体からも教師に強く向かっていた桃子を、物珍しそうに見るような視線が彼女に注がれていた。


「ちょっと⋯⋯トイレ行ってくるね」


そう言うと、桃子は席を立つ。

だがトイレに行くというのは嘘だった。


教室を出て暫く歩くと、彼女はとある部屋に辿り着く。


そこはいわゆる研究室というやつで、レベル5クラス、それも学年屈指の優等生であり研究熱心な桃子のために学校側が用意してくれた、彼女専用の研究室だった。

外部からは専用電子キーでのみ入退室可能で、中には大学顔負けの研究器具が揃っている。そして壁側にはギッシリと本が積まれていた。


そこから少し離れた所に、真新しい本の束がいくつかある。

本の購入は全て彼女の自費だ。本当なら学校に申請しさえすればいくらでも経費で落とせるのだが、『どんな本を買ったか』を学校に知られるのが嫌だったのだ。

桃子はその中の一つを手に取る。


『白楼山の真実。失踪に隠された闇』


桃子は既にこの本を読破し、空で暗唱できるくらいに覚えている。

この本は、90年前に出版されたもので今はもう出版していない。これを手に入れるまでには決して楽ではない労力と、相応の金額が必要だったが、それに見合うだけの価値があると彼女は感じていた。


そして彼女は更にその横に積まれた本たちに目を向ける。

これらの本は全て、ここ最近になって発表されたものだ。迷宮学や異能歴史学に関しての知識を纏めたもので、白楼山での集団失踪事件についてもこれらの本には書かれている。


だが、これらの本と先程の本とでは記述に明らかな違いがあるのである。

桃子は誰もいない研究室で、一人呟く。


『生存者たちは皆口々に、『喰われた、皆喰われた』と呟き、その後発狂しては自傷行為に及ぶ様はさながら地獄であった。生存者たちの髪の毛は皆深紅に染まり、荒れ狂う魔力の暴風は彼らの感情の高ぶりに合わせて、天を穿った。それは見る物全ての魂を凍り付かせるが如き、畏怖の対象となるべき光景である。我らはこの時知ったのだ、生まれてはならぬ何かが生まれてしまったのだと。我々は人道外れることを厭わず、生存者たちを皆一様に『殺処分』することを決めた⋯⋯」


それは90年前の書物に書かれていたものの一部抜粋であった。

だがこの記述は、後に出版されたものには何一つとして書かれていない。

あくまでこの事件は異能の開発途中で生じた不慮の惨事によって引き起こされたという趣旨の内容がこれ以降の本に記載されており、前述したような内容は一切なかった。


書物には、『殺処分することを決めた』と記述されており、他の本にもこの事件に関わった者は既にこの世にいない旨が記述されている。

だがしかし、桃子は確かに見たのだ。


「若山さん⋯⋯貴方はそうじゃないんですか?」


感情が高ぶり、同時に爆発的に上昇した魔力。

あの修也ですら完全に処理しきれなかったほどの魔力は、彼女の知る常識の範疇では考えにくいものだった。


「白楼山集団失踪事件⋯⋯」


それは事故ではなく、事件だと語られている。

であるならば、この問題に潜む事件性とは何なのか。


この問題の背景には何が潜んでいるのだろうか。

そして若山夏美は一体何者なのか。


「調べてみましょうか。一度、本気マジで」


そう呟く桃子の目は本気だった。


実はこの元木桃子という少女、研究が絡むと少々無鉄砲になるのである。

過去にも、研究に必要な資料を手に入れるために国立研究所からデータをハッキングで盗んだりするなど、やりたい放題をやっているデンジャラスガールなのだが、彼女自身の用意周到さと、技量の高さも相まって誰にもバレていなかった。


因みに彼女がハッキングをし始めた経緯には、十数年ほど前に山宮学園に在学していたとある生徒が、在学中に行っていた研究のために世界中のネットサーバーを荒らしまくって情報を抜き取る、あからさまな情報工作をしていたという伝説に由来する。


しかも三年間ずっとハッキングをし続けていたにも関わらず、結局誰一人としてその尻尾を掴むことが出来なかったことから、その異次元のテクニックと、怖いもの知らずのメンタルを称える意味も込めて、その生徒にはある二つ名を与えられた。


「一度でいいから会いたいな。どんな人なんだろう⋯⋯」


桃子はその存在に強い憧れを抱いていた。

叶うのなら、一度でもいいから会って話がしたい。彼女はそう思っていた。


「でも、今は研究が先決ね。必ず真実を見つけ出して見せるわ」


『白楼山集団失踪事件研究レポート』と書かれた新規フォルダを作成すると、

桃子はパタリとノートパソコンを閉じた。


買ったばかりの書物らを一通り、まるで隠すように机の奥深くのスペースに隠した後、彼女は電子キーで研究室の部屋のロックを解除する。


「この事件には、絶対に裏がある。隠されている真実があるはずなの⋯⋯」


まるで自分に言い聞かせるように桃子は小さく呟く。

そして彼女は、勢いよく扉を開けて部屋の外へと去っていった。

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