第39話 封印された事実
ここは、『フォールナイト』というバーのカウンターである。
今日は臨時休業となっているが、その店の中には何人かの人がいた。
「⋯⋯では、メモリーカードを渡していただきましょうか」
そこにいたのは、三人の人影。
私服に顔を仮面で隠した男と、ボロボロの白衣を着た女性。
そしてもう一人、異様な服装の人物がいた。
頭にはシルクハットを被り、服はメイド服を着ている。
だが、足から腕までの至る所には細い鎖が巻き付いており、顔は右目以外を黒い包帯の様なもので覆っている。姿格好だけなら完全な不審者である。
「いつ見ても気持ちの悪い服装だねえ。可愛いんだからそんな恰好しなくてもいいのにさあ⋯⋯」
そう呟く女性はマキだ。
その人物の右目だけが、ギョロりとマキを捉える。
だが何も言わずにその人物は、鎖で覆われた右手を差し出した。
「NO4から渡されたメモリーカードは、我々が預かると言ったはずですよ。さあ、早く出しなさい」
声からして女性だ。冷静で、女性としても少し高めの声である。
すると仮面を被った男が、ポケットからカードを取り出した。
そしてゆっくりとその人物に近づくと、手にカードを握らせようとした。
「⋯⋯上層部は、貴方に失望したと言っていましたよ」
仮面を被った男の足が止まる。
その人物、顔に包帯をした不審な格好をした人物の右目は、仮面を被った男の顔を半ば睨むようにして見ている。
「世界最強、歴代の騎士王の中でも特に逸脱した力を持つ怪物。そんな貴方が、初めてと言ってよいほどの『失態』を犯した。実戦から遠ざかっていたなどという言い訳は通用しませんよ」
仮面の男は何も言わない。
ただ無言で、その人物にメモリーカードを握らせた。
「我らがA級DB『恐竜型』の存在を知るまでに、どれ程の労力と時間がかかったと思っているのですか? 何としても恐竜型を『S級』にしてはならない。その一心で調査を続け、本来ならゴールデンナンバーズが討伐に向かう所を貴方自らの要望で、ソロによる討伐に計画を変更したのですよ? そしてその結果は⋯⋯」
だがここで、バン!!という机を叩く大きな音が響く。
見ると、マキが鋭い目付きでその人物を睨みつけていた。
「まるでアンタらに何も手落ちがないとでも言いたいようだねえ。だったら、アタシにも言いたいことはあるさ。何故、『コードゼロ』がいることをアタシらに言わなかった!!」
ビクッ、と包帯に隠された顔が動く。
『コードゼロ』と呼ばれた存在は、恐らく彼女も知っているのだろう。
「コードゼロを知らないとは言わせないよ。あの黒いマントを着た、バケモンみたいな魔力を持つ怪物のことさ。アタシらの業界ではコードゼロと聞いたら、皆デカいのを漏らすくらいには怯えるさね」
それは指摘されたくないことを言われたかのような反応だ。
包帯を巻いたその人物にも、いろいろと思うところがあったのかもしれない。
「メモリーカードを見てもらえれば分かるだろうが、この子は恐竜型を一度は倒しているんだよ。だがコードゼロに邪魔されて、そこから先はご存知の通りさ。さらに言うなら、山宮学園で起きた殺人も含めて、今回の最大の不確定要素は間違いなくアイツだったわけさよ」
スウ⋯という息を吸う様な音が、包帯越しに聞こえる。
明らかに動揺している様が見て取れた。
「だが、『不確定要素』にしてはデカすぎやしないかい? アイツの強さは、アンタらゴールデンナンバーズだったら嫌でも知ってるだろう? アタシらが受けた任務は『恐竜型の討伐と、凶悪犯罪者スカルの逮捕』だったんじゃないかい? 何で、あんなバケモンとのマッチメイクまで仕事に入れられなきゃいけないんだ!!」
「そっ⋯⋯それは⋯⋯」
「それは、何だっていうんだよ。まさか、アンタらがちゃんと把握していなかったんじゃあないだろうねえ。北野とスカルの関係性だってそうさ、まさかあの二人がコードゼロと繋がっていたことを分かっていなかったんじゃあないだろうねえ!」
凄まじいマキの剣幕に包帯を巻いた人物は、じりじりと後ずさる。
だがその時、何処からか声が聞こえて来た。
『すまない、マキよ。確かにこの件には我々の手落ちもあるのだ』
すると包帯を巻いた人物の腕にあったブレスレットから、男の声が聞こえて来た。
声は少ししわがれていて、恐らく相手は老人だろう。
『久しぶりだな、マキよ。儂のことは覚えておるか?』
「この声はジッちゃんかい? アンタはいろいろと忙しいんじゃないかと思ってたけど、アタシらの会話を盗み聞きする余裕はあるんだねえ」
ホッホッホ、と朗らかな笑い声が聞こえる。
どうやらマキとその老人は知り合いのようだ。
「孫のことは心配しとらんよ。それよりも、臥龍殿とマキが出会った『コードゼロ』の方が遥かに深刻な問題じゃろう。そもそもこの件にコードゼロが絡んでいるのを我々が知ったのは『NO5』からの報告を受けてからのことじゃからなあ」
『NO5』、それは臥龍に武器を渡しに来たあの大男のことだ。
「あくまで推察だが、NO5はこう言っていた。『スカルのほかに、もう一人この件に関して裏で暗躍している人物がいる可能性がある。今回の状況から判断して、恐らくそれはコードゼロの可能性が高い。そしてもう一つ、我々が把握しきれていない事実もある』とな」
するとここで初めて、マスクをした男、臥龍が口を開いた。
変成された声の元、彼はゆっくりと告げる。
『北野譲二は恐らく二重スパイだったのです。奴はスカルの忠実な僕であるように振舞う一方で、コードゼロとも密接に繋がっていた。何時、どのタイミングで繋がったのかは分かりませんが、恐らく北野譲二はスカルの持つ情報を、逐一コードゼロに知らせていたのでしょう』
「何ですって⋯」と小さく呟く包帯を巻いたその人物の横で、「なるほどねえ⋯」と軽く頷きながら話を聞くマキ。
「うむ、NO5からの報告も臥龍殿がおっしゃったものとほぼ同じじゃ。更に付け加えるなら、北野譲二からの報告を受け、コードゼロは恐竜型をS級に進化させるための計画を練り上げた。つまり北野譲二は、スカルではなくむしろコードゼロに対してより忠実な僕だったのではないかとのことじゃ」
ここで、臥龍はあることを思い出す。
恐竜型に喰われる直後に、スカルはこんなことを言っていた。
『そもそも、私が異能の研究を始めたきっかけは『あの御方』に莫大な資金援助を受けたからだっ!』
それは、また別の真実を示していた。
ここで再び臥龍が口を開く。
『恐らく、スカルもまたコードゼロに対して忠実な僕だったのでしょう。仮にスカルが研究を始める初期段階からコードゼロと接触していたとするなら尚更です。だが実際は、二人共コードゼロにとっては使い捨ての駒に過ぎなかった。コードゼロはある意味では、不要になった駒を処分するために姿を現したと言っても良いのでは?』
バーの中に沈黙が流れる。
もしそうだとするなら、今回の事件はコードゼロによって何年も前から周到に計算され尽くした計画的犯行だった可能性があるのだ。
『そして、S級を生み出す目論見は成功した。恐竜型は、人に限りなく酷似した姿を持つS級へと変貌を遂げ、コードゼロは去っていった⋯⋯』
「S級を生で見たのは二度目だったけどね。まあ、何回見てもアレに慣れることはないだろうねえ。デッカい化物みたいなのが、見た目普通の人間になっちまうんだからさ」
実は、S級と呼ばれるDBの姿はごく普通の人間の様な姿である。
これはあまり一般的には知られていない話で、DHの要職に就くような人間ですらこのことを知るのは、直接現地でそれを見て知ることが多いくらいなのだ。
『恐竜型は、コードゼロによって『ダイナ』と命名されました。生まれたばかりで、まだそれほどの強さではありませんでしたが、やはりS級たる強さの片鱗は感じさせられました』
「にしても可愛かったねえ。デカ乳に、ニャーニャー言ってさあ。おまけに全裸だったからそれはもう臥龍君もベタ惚れで、結果斬れずに⋯⋯」
『ホッホッ、臥龍殿に限ってそんなことはないじゃろう。S級DBが見た目は非常に端麗な人間の姿をしているのは、実際に見た人間なら皆知っている事じゃからな』
ほっぺを思いきり臥龍に引っ張られるマキは、涙を浮かべてタップしている。
臥龍からすれば『んなわけないだろ』と言った気持ちだったのだろう。
『一先ず、それ以上のことは実際にメモリーカードを確認してみることとしよう。ダイナという新たに生まれたS級DBとコードゼロに関しては、後日また別の機会に話し合うこととする。どの道、あれだけ派手に動いたからには奴らも、暫くは大人しくしているじゃろう』
「コードゼロは、まだ今一つ調子が出ないようだったね。あのダイナとかいう子も次はあんな簡単には退けられないだろうし、次は臥龍君にも『マジ』でアイツらと戦ってもらわないとねえ」
だが、ここでNO7が臥龍を見る。
その後、マキに向き直ると言った。
「まさか、彼は終始本気を出していなかったのですか!? あれ程の事態になったというのに!!」
「正確には、『本気を出す準備が出来ていなかった』だよ。この子の真の力は自分自身の肉体でも耐えきれない程の代物さ。それを使うには、アンタらにや想像もできない程の過酷な準備が必要なんだよ」
すると、NO7のブレスレットからも続けて声が聞こえる。
『そう怒るでない、NO7よ。むしろ、コードゼロという最大級の不確定要素を最低限の被害で退けられたのは、そこにいるマキと臥龍殿の力添えのおかげじゃろう』
「そ、そうかもしれないですが⋯⋯」
だが、NO7はどこか納得がいっていない様子だ。
しかしこれ以上は話すべきではないと判断したのだろう。ブレスレットから更に声が聞こえて来た。
『ではNO7よ、本部に帰還するのじゃ。話し合わねばならぬことは腐るほどあるのでな、他のゴールデンナンバーズにも早く招集をかけるように」
そう言って、老人の声は途切れた。
するとNO7と呼ばれた、包帯を巻いたその人物はマキと臥龍に向き直る。
少しだけ間が空いたが、彼女は軽く頭を下げる。
「ご協力感謝いたします。ではさようなら」
それと同時に、パッと白い閃光が光る。
そして光が収まった時、NO7の姿は消えていた。
「フン、愛想のない子だねえ」
そう言うや、カウンターの上に置いてあるジンのボトルに手を伸ばすマキ。
中身の半分ほどをラッパ飲みした後、乱暴にドンとボトルを置いた。
「アタシらが万能のお助け役かなんかと思ってるなら、勘違いも甚だしいってもんだよ。正直アタシは、生きて帰ってきただけでも感謝して欲しいと思ってんのにさ」
そう言って、またボトルを傾けるマキ。
そしてものの数秒もしないうちに、ボトルは空になってしまった。
するとマキは、近くのゴミ箱にボトルをそのまま投げ捨てる。
「⋯⋯バレなかったですね」
ポツリと、呟く声が漏れた。
オレンジジュースを片手に、仮面越しからチビチビと飲む臥龍からの声である。
「伊達に電脳次元の魔女なんて言われてるわけじゃないんだよ。アイツらにバレるようなレベルの技量だったら、とっくの昔に廃業してるさね」
そういうと、片手に電撃を軽く放出するマキ。
青く光る火花を見ながら、臥龍は続ける。
「メモリーカードのデータが改ざんされてるなんて知ったら、あの人たちは僕らをどう思うんでしょう?」
「誰に何を思われようと知ったこっちゃないさ。どの道、元のデータには見せられないようなモンが嫌って程入ってるんだ。それがバレるくらいなら何十回でもデータをいじくってやるさね」
NO7に渡したメモリーカードの中身は、マキの異能によって改ざんされていた。
消したものとしては、臥龍の正体に関する音声データや、スカルとの会話の一部始終。そして、何よりも重要なものが一つ。
「⋯⋯あの『生き残り』の女の子はどうしたんだい」
「信頼できる医者に診療を頼みました。既に意識は回復したようで、彼女の記憶を改ざん処理したうえで無事に退院したそうです」
灼熱のポイントゼロのど真ん中で倒れていた若山夏美。
それは彼女に秘められた、途轍もない事実を裏付けるものでもあった。
「これが知られれば、学者共も、DH協会も真っ青になるだろうねえ」
「ええ。だからこそ隠さなければならないんです」
臥龍の手の中で何かが握りしめられる。
それは彼が普段から愛用している短刀だった。
「絶対に知られてはいけないんです。絶対に!!」
臥龍から発せられるその言葉からは、強い危機感が感じられる。
だが同時に、まるで何かに怯えるような雰囲気も醸し出していた。
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