第37話 教員会議
ここは、山宮学園本校舎の一角。
防音処理を施され、盗聴も不可能なありとあらゆる異能を付加されたこの部屋の中に居るのは、まるでこの世の終わりかの如く沈み切った二人の教師と、ある種開き直った様子の女性教師、そしてこの状況下でもニコニコ笑う中年男性教員だ。
「さて、まずは辞表でも書くのが我々の仕事ということで良いか?」
「イライラしてるねえ工藤ちゃん。君がタバコを吸ってるのを見るのは久々だよお」
タバコを片手にプカプカと煙をふかしているのは、工藤雪波だ。
彼女は数年前から禁煙しており、今はもう一切タバコは吸わないはずなのだが、実に数年ぶりに、禁煙の掟を破って魅惑のニコチンに手を出してしまった。
「いつも冷静な君にしては珍しいじゃないか。まだ何も、僕らに責任があるなんて言われてはいないんだけどねえ」
「まだ言われていないだけだろう。主任は
そんな二人の横には、目から完全に生気が消えうせた童顔の少女もいる。
「まあまあ、せめてマコちゃんはちゃんと学校に留まれるように交渉してみようよ。僕と工藤ちゃん、あと波動君はヤバいかもしれないけどね」
そう語るのは、一年生の担任である四人の教師たちである。
彼らは一様に山宮学園の理事たちからこの部屋に呼び出されている。その理由は今更言うまでもないだろう。十分に気を付けて対応するようにと言われていた矢先に、合宿先で起きたDBの大量襲撃事件によって、光城雅樹と榊原摩耶が病院に搬送され、一時はICUで治療を受けるまでに至ったのである。
さらに主任であった北野譲二が、厄石騒動の現行犯で捕まった挙句、彼らの目の前で謎の人物に半ば口封じのようにして殺された。
それを防げなかった時点で、彼らの立場は相当にマズイ状態だった。
「⋯⋯あの黒いマントの人は何だったんでしょう」
そう呟くのはマコだ。
すると波動義久が眼鏡を指でクイっと上げながら言う。
「光城雅樹の報告によると、北野譲二を殺害したのと同一人物と見える人間が、彼と榊原をも襲撃したそうです。真偽は不明ですが、状況を見るに私は同一と見ますが如何でしょう?」
「分からないねえ。しかも、あの二人がまるで赤子の手を捻るようにやられたらしいじゃないか」
「奴の強さは我々も体感しているだろう。奴が使った異能に、我々は何一つ対応することが出来なかった⋯⋯」
重苦しい静寂が垂れ込める。
もし別荘で起きたDBの大量発生もまた同一人物が起こした物であるなら、なおさらに彼らにとっては悪いニュースだ。もし山宮校舎内で黒マントを止められていたのなら、今回の惨事は起きなかった可能性が高いのだから。
すると彼らが待機している部屋にあるTVの電源が付いた。
『忙しい所、集まってもらい恐縮だ。各々仕事はあるだろうが、少しばかり私の話に付き合ってもらいたい』
顔は表示されず、落ち着いた雰囲気の男性の声が聞こえて来た。
恐らく相手は学園の重役だ。顔は伺えないが物々しい雰囲気である。
一斉に四人は背筋を伸ばす。恐らく相手側にはこちらが見えているのだろう。
『山宮学園の歴史でも類を見ぬ大事件であったな。本校の教員がまさかこれほどの悪事に手を染めていたとは、歴代の理事長の方々に申し訳ない思いでいっぱいだ』
ここで、北野の死に言及しない辺りがどことなく闇を感じさせる。
あくまでこの場では、北野の死よりも学校のメンツに傷を付けられたことの方が問題だということになっているのだろう。
『北野第一学年主任に関しては、『長期休暇』ということになっている。期を見て『退職』させるが、今はまだそうするべきではないと理事会で決定した』
それは暗に、テレビの向こうの人物が今回の件を黙殺する気であることを示していたが、四人の教師陣は何も言わない。いや、そもそも言うことなど出来なかった。
『なお、今回の事件において重要な仕事を果たした2-1所属の海野修也君に関しては後日、学校で特別表彰を行うと決定した。どの道、もうすぐ八重樫君も卒団するのだろうし、次期連合団長は彼が適任ではないかとのことだ』
その横で、大吹が頭を軽く振りながらフウと溜息を付く。
もう一人、重要な仕事をしたはずの中村健吾については全く言及がなかった。
『光城家の御子息と榊原家の御令嬢が救急搬送されたことについては、本家から固く口止めされている。これは北野主任の件についても同様だが、この件は外では一切に他言しないよう、徹底して頂きたい。学校の全生徒と、各メディア関係者にも同様のことは既に通達している』
これは当然だろう。名家たるもの、弱みは見せられないからだ。
しかしこの言葉の後、テレビの向こうの人物は何も話さない。
気味の悪い静寂が流れる。
実に時間にして一分程度だろうが、誰も話さない時間が流れた。
それはある種の我慢比べだったのかもしれないが、
最終的に再度口を開いたのは、テレビの向こうの男だった。
『⋯⋯君たちについては、懲戒免職も一時は議題に挙がった』
ヒッ、と悲痛な悲鳴を上げるマコ。
波動も唇を軽く噛むような仕草を見せる。
『だが、私は君たちを高く評価しているし、今回の件についても後手を踏んだのは事実ではあるが、大きな不手際はないと判断している。多少の減給くらいはあるかもしれないが、学校を追い出されるようなことにはならないと約束しよう』
ほう、と声を上げる大吹の横で、雪波は灰皿にタバコを放り込んだ。
最悪の事態を覚悟していただけに、彼らにとっては朗報だった。
しかし、念を押すようにテレビの向こうの男が言う。
『だが、これは君たちに対する温情であることを忘れてもらっては困る。誇りある山宮学園の教師として、二度と同じことを起こさないように今後強く肝に銘じてもらいたい。当然、次という言葉がないこともだ』
重苦しかった空気が少しだけ軽くなった。
取り敢えず、クビになることがないという言質を取れただけでも彼らにとっては非常にありがたいことだったのかもしれない。
するとここで、テレビからこんな言葉が聞こえて来た。
『なお、1-2クラス担当の
その瞬間、波動、雪波の二人の表情が露骨なほどに曇る。
まるで、思い出したくなかったことを無理矢理思い出させられたかのようだった。
「⋯⋯大道か」
「今の私が言えた立場ではないかもしれませんが、あの方こそ教員としての立場を問われて然るべきでしょう。そもそも、今回停職になったのだって⋯⋯」
だが、ここで大吹が波動の肩に手を置く。
それはこれ以上は言ってはならないという、意志の表れでもあった。
「今は人手が少ないし、大道君は教員のなかでも屈指の実力者じゃないか。いろいろと思うことがあるのは分かるけど、まずは水に流そうよ」
その時だった。
「その通りですよ、波動先生。人の過去をあれこれと
会議室に突然現れた一人の男。
肩まで伸びた髪をゴムで縛り、その背丈は180センチ近くある雪波よりも頭半分ほど高く、紺色の最上級スーツに黒の上質な革靴を履いている。
顔立ちはまるでモデルのように整っており、鋭い眼光はまるで不敵な印象すら漂わせている。
部屋を軽く見回すその男は、大吹の姿を見ると軽く一礼した。
「お久しぶりです大吹先生。この度はご迷惑をおかけしました」
「いやあ久しぶりだねえ。少し痩せたんじゃないかい?」
「一日も早く教職に戻りたい一心でしたから。先生もお元気そうで何よりです」
すると男は今度は、雪波に向き直る。
「相変わらずお美しい。どうでしょう、時間があればお茶でも⋯⋯」
「失せろ。貴様と同伴するくらいなら一人でいい」
食い気味に強い拒絶の意を示す雪波。
それを聞いた男は、軽く微笑んで一礼する。
そして今度は、マコに目を向けた。
「おや、貴方は初めて見る顔ですね」
マコは思わず人物の登場に困惑している。
顔なじみのない顔だが、魔性に近い魅力を持つ男だ。
雰囲気は雅樹に近いが、穏やかで寄り添う様な同調のカリスマ性がある雅樹に対して、この男が持つ魅力はそれとは大きく異なっている。
「おお⋯⋯貴方は例えるなら、まだ開花していない蕾といったところでしょうか。毒を知らぬ分、罪なほどに純粋だ」
突然マコの頬に手を当てる男。
そして男は顔をマコの顔に近づける。
「ひゃっ!? えっ!?」
「怯えることはありませんよ。なに、ほんの小手調べですから⋯⋯」
しかし、ここで横にいた波動が動いた。
険しい目付きで突然男の胸倉を掴むと、そのまま壁際まで押し付ける。
「久しぶりだな、大道。何から何まで変わっていないようで何よりだ」
「おや、レディーとのプライベートな時間を邪魔する無作法者は誰かと思ったら、やはり貴方でしたか。相も変わらず品の欠片も感じさせないですね」
お楽しみタイムを邪魔されたからか、男の様子は明らかに不機嫌だ。
だがそれでも波動の表情に比べれば、まるで菩薩のようである。
「お前の顔はもう一生見ずに済むと思っていたのだがな。このろくでなしのクソ野郎が!!」
今にも噛み殺してしまいそうなほどの剣幕で男に迫る波動。
だが、それに対して大道と呼ばれた男はフンと鼻を鳴らした。
「どんなに感情が高ぶろうと、真に価値ある男は冷静であるものですよ波動先生。やはり貴方は、いつも変わらず二流のままですね」
「お前⋯⋯!!」
だがその時、二人の間に大きな影が割って入った。
「いい大人なんだから、これ以上みっともない喧嘩をするんじゃないよ。それとも、暴れ足りないなら僕と軽いスパーリングでもする?」
有無を言わせぬオーラを放つ大吹だ。
教師間での争いが出来るほど、余裕のある状況ではないのだという警告でもあるのだろう。
『⋯⋯どうやらそちらでは揉めているようだが、一先ず初対面の白野先生には紹介しておこう。そちらに居るのは1-2担任の
戸惑い気味のマコに対して、大道はニコッと笑いかける。
その笑みに、胸の奥の鼓動が高まるのをマコは感じていた。
そしてその様子を横から、冷静な目で見つめるのは雪波。
その目は何処か、マコを憐れんでいるようにも見えた。
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