第25話 育成合宿一日目

バスを使うこと、およそ三時間。

曲がりくねった道を進み、山道の中を進み続けた道の先に、その建物はあった。


「では全員集合!! 三年生は全員いるな?」


三年生を受け持つ教員が点呼を始める。

すると、その横に立つ五人の人影があった。


レベル5クラスから、満を持して登場した稀代の天才二人。

皇帝こと光城雅樹と、舞姫こと榊原摩耶。

その後ろには、前代未聞のレベル1クラスから学年三位という快挙を成し遂げ、今や学校随一の有名人である、若山夏美。

早くも風の噂で、生徒会連合団入りが囁かれている中村健吾。

それらのタレントに隠れるようにして一番後ろに立つのが、葉島直人だ。


「今年も三年生だけでなく、一年と二年からも参加している生徒がいる。くれぐれも恥ずかしくない行動をするように!!」


三年生に対しての言葉ではあるが、それを聞いた三年生の反応はあまり芳しくない。

一部の生徒に至っては早くもケッ!、と舌打ちする姿も見られる。


「全く⋯⋯あんなのが私たちの先輩とはね。目玉をくり抜いてやろうかしら」

「や、止めなよ若山さん! 先生は恥ずかしくない行動をしないようにって言ってるだけだし⋯⋯」

「相変わらず偽善的なお頭してるわね、中村君。あの教師の発言の真意を分かってるからの反応じゃない。それでも気に入らないけど」


意味が分からない、というように首を捻る健吾。

すると、その横で苦笑いをしながら雅樹が口を開いた。


「もしかして⋯⋯⋯父さんから何か言われたのかなあ?」

「あら、『皇帝様』は理解が早いわね。まあ、似たようなことは今までもしてきたんじゃないのかしら?」


敢えて直接的な言及はしていないが、教師の言う『恥ずかしくない行動』とは、雅樹と摩耶に対する忖度という意味なのだ。

二人は、卒業後もDH界の重要ポストが用意されているほどの超重要人物であり、学校としても万が一のことは絶対に起きてはならないというスタンスなのである。

過去に、上級生と下級生でのいざこざが絶えないことでも有名だったDH育成合宿は、ある意味では『万が一のことが起きやすい環境』とも言える。

だからこそ、そんな言及が行われたのだ。


すると、夏美の発言を見かねた摩耶も同じく口を開く。


「フン、事の真偽は知らないけど貴方のような性悪女にこれ以上、光城君を侮辱されたくはないわね」

「あら、誰かと思えば温室育ちのお嬢様じゃない。下界の汚い空気は吸いたくないんじゃないのかしら?」

「心までヘドロに浸かった貴方のような女の腐った顔を見るよりは、まだ気分的にはマシかしれないわねえ⋯⋯」


何となく直人は察していたがこの二人、相性は最悪だ。

手元に武器でもあろうものなら、今すぐにでも殺し合いを始めそうな雰囲気である。


すると、険悪な雰囲気を所かまわずブチ撒ける二人を見かねたように、一人の女子生徒が一年生集団に近づいてきた。


「ダメですよ二人共。場所は弁えないと」


ショートカットに眼鏡をかけた女子生徒だ。

分厚い生徒名簿を抱えながら、一人一人をジッと観察している。


「誰よ貴方? 話に割り込まないでほしいわね」


「聞いてはいたけど少々口の悪さが目立つわね、若山夏美さん。上級生に対してもその態度とは、随分と横柄な態度が過ぎるんじゃないでしょうか」


すると、近づいてきた女子生徒は夏美の肩に手を置いた。


「ちょっと⋯⋯何を⋯⋯」


その瞬間、夏美の体が不安定に揺れ始めた。

そして彼女は、地面に尻もちをついて崩れ落ちる。


「若山さん。確かにアナタは強いかもしれません。でも、それがルール無用の環境を肯定する理由にはなりません。生徒会連合団の一員として、無法者を放置しておくわけにはいかないんです」


「今のは⋯⋯⋯!?」


「簡単な幻惑術です。三半規管を狂わせて立つことすらままならない状態にするだけの初歩的な能力ですよ。この程度で惑わされるようでは、折角のポテンシャルが台無しですね」


静かに女子生徒はそう言い放つ。


「私の名前は元木桃子。生徒会連合団の団員兼書記です。団長命令で、この一か月間は一年生をずっと監視することになっていますので悪しからず⋯⋯」


それだけ言うと、彼女は上級生たちの人混みの中に消えていった。

一瞬で夏美を行動不能にした桃子の手腕は見ただけで相当なものだとわかる。

すると桃子の姿を見た健吾が口を開いた。


「元木桃子⋯⋯聞いたことあります。確か、基本術の鬼とか何とか⋯⋯」


「ええ、私も話だけなら何回か聞いたことがあるわ。敢えて高等技術には頼らず、基本的な能力のみを極めて、二年生の首席まで上り詰めた人だとか⋯⋯」


摩耶も彼女については知っていたらしい。


「まあ、このバカ女が無防備過ぎたのも悪いとは思うけど、あの人の異能テクニックは相当な物よ。熟練度なら私達ですら及ばない程だと思うし」


「フン、何よ。私が不意を突かれたのがそんなに嬉しいかしら?」


苦虫を噛み潰したような表情で夏美は起き上がる。

それなりに手加減はされていたようで、少し足取りが不安定ではあるがゆっくりと立ち上がる。


その様子を見た摩耶は薄笑いを浮かべながら言い放った。


「いい余興にはなったわね。少なくとも私ならあんな無様な姿は晒さなかったわ」


プチン、と夏美の頭の血管が切れた音がしたような気がした。


「へえ⋯⋯言いたいこと言ってくれるじゃない」


夏美の髪の毛が一瞬逆立つ。

それは決して彼女の怒りによる誇張的な表現ではない。ゆっくりと、まるで生きているかのように髪の毛が逆立っていく。


「私が黙って聞いているほど大人しい人間だと思っていたのかしら⋯⋯⋯!!」


異能だ、間違いなくそうだ。

彼女は何らかの異能を使おうとしている。少なくとも周りにいる人間たちは一斉にそう直感した。


「若山さんダメだ!! こんなところで暴れたら⋯⋯⋯!!」


「油断なんてしないわよ! もうあの女に負けることもない!!」


完全に逆上した夏美の耳には健吾の声も届かない。


「異能の過度な不正使用は停学処分、最悪除名よ? 分かっているのかしら?」


「黙れ!! 私のプライドが許さないのよ!!」


飄々と言う摩耶の前には、今にも彼女に襲い掛からんとする夏美の姿がある。

明らかにこれ以上はマズい状況だ。


だが、ここで何者かが二人の間に割って入った。


「オイオイ、これ以上のトラブルはよしてくれよ」


現れたのは、何故かジャージを着て髪を金髪に染めた謎の人物だ。


「ったく、モモッチに仕事全部ぶん投げようと思ってたのに、結局こういう仕事はやらされるんだからさあ⋯⋯⋯」


すると、割って入った人物は、手に持っていたチェーンのようなものを夏美に向かって勢いよく投げつけた。


「縛れ!! 鎖縛ロック!!」


その途端、鎖は一瞬にして夏美の体に巻き付いた。

夏美は慌てて解こうとするが、力を入れれば入れるほど鎖はより一層強い力で夏美の体を強く縛る。


「グウッ⋯⋯⋯!!」


「無理しちゃだめだよ夏美ちゃん。君の魔力が逆に仇になってるんだからさ」


「どういう意味よ!?」


「俺の能力さ。まあ、詳しい能力は自分で考えてみるといいよ。ウチの団長と違って俺の能力はそこまで複雑じゃないからさ」


そう言うと、その人物は左手を一気に振り下ろした。


「保健室には連絡しておくからさ。ゆっくり頭を冷やしてくれよ」


その瞬間、夏美の体を縛る鎖が一瞬青色に光った。

それと同時に、今まで暴れていた夏美の動きが止まる。


「わ⋯若山さん?」


「気絶してるわね。いい気味だわ」


夏美は完全に気を失っていた。

辺り一面に放出されていた魔力までもが、今は感じることすら困難なほどに落ち着いている。


「じゃあ、この子保健室に運ぶから⋯⋯ケンちゃん手伝ってよ!!」


「け、ケンちゃんて僕ですか!?」


「そうだよ、健吾なんだからさ。ケンちゃんでいいだろ?」


突然現れたこの人物、中々フレンドリーなようだ。

というより、若干馴れ馴れしい。健吾の肩を掴むと、半ば無理やり夏美の体を持ち上げた。


「レディーはしっかりエスコートしてあげるんだぞーー!」


「って、僕だけに押し付けないでくださいよ!!」


恐ろしいほどに自然な形で夏美を健吾に預けると、当たり前のように距離を取ったところを見るに、どうやらこの人物最初から健吾一人に全部押し付けるつもりだったようだ。


「あ、それともなんで俺が君らの名前を全部知ってるか知りたいのかな?」


「どうせ、生徒連合団の人なんでしょ!!」


「御名答!! 俺は生徒連合団団員の海野修也。モモッチとコンビで、一年生の監視をするようにウチの団長とクソ怖い副団長から言われてるんで宜しく!!」


こう言い残して、嵐の如く修也は去っていった。


「⋯⋯⋯⋯どうしようか?」


「どうするも何もないでしょ。残されたのは⋯⋯⋯」


夏美は保健室に送られ、健吾は彼女を保健室に運んでいる。

そんな訳で、この場に残されたのは雅樹、摩耶、そして直人の三人だった。


「先日は申し訳ないことをしてしまったよ。僕が仁王子君を止められなかったばかりに⋯⋯⋯」


仁王子烈がダウンさせられた後、直人と雅樹は直接会ってはいなかった。

つまり今回が決闘以降初めて会う機会なのだ。


「あの後、仁王子君も脅威的な回復を見せて、もう退院して元気にやっているよ。本当は合宿にも参加できたらしいんだけど、案の定彼は断ってね⋯⋯⋯」


「過ぎたことだし、気にしてないよ。結果的に無傷だったしね」


「臥龍様のお弟子様なのだから、あの男を倒すのも造作のないことだったのよ。仁王子君にはいい薬になったんじゃないかしら」


取り敢えず、臥龍に一時期指導を受けていた時期がある、ということで摩耶には納得してもらい、それはあの時に同席していた雅樹や俊彦、そして倒された張本人である烈にも伝わったらしい。


「今回の合宿は実習形式がメインだから、君の実力も余すところなく発揮できるんじゃないかな?」


「そう、そうよ! 仁王子君の青銅の騎士を破ったあの腕前をもう一度見ることが出来るなんて、それだけでもこんなくだらない合宿に参加した意義があるってものだわ!」


「そ、そうかな⋯⋯DBは手強いし⋯⋯」


「いや、仁王子君をタイマンで圧倒できる君なら余裕に決まってるさ。大丈夫、僕が保証するよ」


「当然よ!! あの華麗な美技をもう一度、いや何度だって見せて欲しいわ!!」


どうやらこの二人、合宿そのものよりも直人がDBをどのようにして料理するかの方に興味があるようだ。


(ハア⋯⋯参ったな。やっぱり、あの時戦わない方が良かったんじゃないかな⋯⋯)


正直な所、直人はこれ以上目立つのはあまり好ましいことではなかった。

何故なら、彼にとって目立つことは己の一挙一動が衆目の眼前に晒される可能性を上げるものであり、それは彼のポリシーに反しているからだ。


「折角だから、僕と榊原さん、そして直人君でチームを組まないかい?」


「⋯⋯⋯? チーム?」


「知らなかったのかい? 僕たちは三人一組でDB実習を受けるんだよ。流石に一対一でいきなり実習を受けるのは難しいからね。元々、定期的に学校でも実地訓練に似た形式で訓練をやっていて、それをしっかり修了した生徒には一対一も特例で認めていたらしいけど、例の一件でその訓練もやらなかったからね⋯⋯」


ああ⋯⋯と直人は頷いた。

何となく、必死にペコペコ頭を下げて謝る俊彦の姿が見えたような気がした。


「じゃあ、僕達三人でチームを登録してくるよ。明日から楽しみだなあ!」


だが、そうすると夏美と健吾はどうなるのだろうか。

一年生二人、しかも健吾に関しては実力面ではなかなか厳しい立ち位置のはずだ。

夏美だって、あの性格と粗削りな実力では相当苦戦するはずだ。


「あのさ⋯⋯⋯若山と健吾はどうするんだ?」


「⋯⋯⋯あの二人かい?」


その刹那、雅樹の目が僅かに細目に変わった。

いつも温厚かつ爽やかな表情の雅樹の目元に皺が寄る。


「元木先輩と海野先輩が面倒を見てくれるはずさ。元々一年生の監視に来た人だし、実力もある人だから問題ないよ」


ごく自然な受け答えのように聞こえるが、直人はその返答に刺々しい物を感じていた。


「彼らのことはいいよ。君ほどの実力者が、彼らのレベルに合わせて動くのは寧ろ苦痛になってしまうよ」


「あの女も所詮口だけよ。あの自己中心的な態度では、どの道今回の合宿のカリキュラムを最後までこなすのは不可能だと思うわね」


「連携を微塵も考えない若山さんと、そもそもここに来るだけの実力がないアイツじゃグダグダになるのは目に見えているよ」


(⋯⋯⋯? アイツ?)


雅樹が健吾をアイツと呼んだことに若干の違和感を感じたが、直人もこれ以上のことは何も言わなかった。


「⋯⋯⋯分かった。組もう」


そう言って、直人は雅樹、摩耶との三人グループに参加すること同意した。



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「ゲホッ、ゲホッ!! ウウッ⋯⋯⋯!!」


「海野君!? 大丈夫!?」


「だ、大丈夫⋯⋯少し『吸い込み過ぎた』みたいだ⋯⋯」


ここは、生徒会連合団所属の桃子と修也のために用意された特別室の中。

そこのベットで修也は、呻き声をあげながら寝転んでいた。


「ヤ、ヤバいよあの子⋯⋯⋯いくら何でも魔力量が半端じゃないよ⋯⋯」


「公式の記録ではそれほど飛び抜けた数値とは思わなかったけど⋯⋯⋯怒りによって魔力が引き出されたのかしら⋯⋯⋯」


「そう言えば最近、異能歴史学の授業でそんな話があったような⋯⋯⋯」


その途端、桃子がハッとした表情で立ち上がった。


「ま、まさか若山さんは⋯⋯⋯!!」


「ああ、間違いないよ。白楼山の生き残りだ」


部屋に静寂が流れる。

白楼山の生き残り、という言葉が持つ重みが分かっているからこそだ。


「私たちの手には負えないわ! もっと強い助っ人を呼ばないと⋯⋯⋯海野君だってこのままじゃ魔力排出が間に合わないんじゃ⋯⋯⋯」


「それは大丈夫。ちゃんと『排出機』の手配はしてあるからさ」


すると、いいタイミングで玄関のベルが鳴った。


「あ、持ってきてくれたみたいだね。モモッチ、代わりに受け取ってよ」


桃子はドアをゆっくり開けた。

するとそこには大きな段ボールを抱えた巨体の男が立っていた。


「どうも、魔力排出機を持ってきましたよお。さっさと受け取れや」


随分と失礼な態度の配達員だ。

少しムッとした表情で、桃子は配達員の顔を見る。


「ちょっと失礼じゃないですか? 研修とかちゃんとやって⋯⋯⋯」


桃子の動きがピタリと止まった。

目の前にいる男、相当巨大な体躯を持つその男を桃子は知っていた。


「何だよ。さっさと印鑑押せよ。先公から渡されてんだろ?」


二メートルはあろうという身長に、筋骨隆々の体。

一見隙だらけのように見えるが、実際は隙など微塵もない悪魔のような天性の戦闘技術を持つ男。

類まれな固有能力を持ち、戦闘力のみで特待生として山宮学園入りを果たしたものの、授業にも出ずに好き勝手に放浪し、余りの素行の悪さから生徒連合団入りの話も一瞬で消えた男⋯⋯⋯


「な、何でアナタが⋯⋯⋯!!」


「何でもクソもあるか。あのヤロウに病院送りにされたのに、入院費は全額俺が負担しろとか皇帝様に言われてよお。仕方ねえから配達のバイトしてんだよ」


本来ここにはいないはずの、大男。

そしてその後ろには・・・・


「この書類にサインを・・・アレ?」


「あ、貴方は目黒君!?」


配達員の制服に、片手にはペンを持った童顔の少年が一人。

仁王子烈と、目黒俊彦がそこにいた。

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