第20話 臥龍の弟子

「どうだい? 人生で初めての敗北の味は?」


地面に倒れた仁王子に向けて、マキは言った。

直前まで、間違いなく直人は敗北すると思っていた俊彦は、即座に

直人の元に駆け寄る。


「よ、良かった・・・生きてて・・・・」


俊彦の反応を見るに、彼は本気で直人が殺されてしまうのではないかと心配していたようだ。


「まあ、電撃烈波を耐えたのは直人の耐久が流石だったってところかね。並の人間だったら丸一日は起きないだろうけど」


摩耶は治癒スキルで仁王子を治療している。直人のパンチを受けたときに、どうやら仁王子の肋骨が折れてしまっていたようで、それの治療だ。


「ウチの直人を舐めてもらっちゃ困るよ。大した異能は持ってないけど、アンタ程度の人間に負けるような鍛え方はしてないからねえ」


すると、雅樹が口を開いた。

どうやら彼にとっても、直人の勝利は衝撃的だったようだ。


「直人君、まずはおめでとう。正直、僕は君が負けると思っていたよ・・・」


難攻不落の青銅の騎士を使った仁王子が、異能を使わない普通の人間に負けたというのは、最早事件と言ってもいいレベルだ。


「どうして、君は青銅の騎士を破ることが出来たんだ? いや、そもそも何であのタイミングで突然、能力が消えたのかが僕には分からない・・・・」

「そんなに難しい話じゃないよ、皇帝君。アタシもそこのデカブツを見た瞬間に何となく察したからねえ、こいつは『短期決戦タイプ』だって」

「・・・? 短期決戦タイプ?」


聞きなれない言葉に、雅樹は思わず聞き返す。

それに対して、マキは言葉を続けた。


「異能は無限に使えるわけじゃないし、当然長く使えばガス欠が起こる。君や、そこのお嬢様なら自分の異能を制御して、出力を調整しながら長期戦にも耐えられるだけのペースを掴むことが出来るけど、そいつは完全に本能だけで戦っていたからペース配分なんて何にも考えていやしない。それが敗因だよ。」

「でも、仁王子君の青銅の騎士は固有スキルですよ? 生まれつき備わっている能力は消費するエネルギーが少ないと聞いたことがありますが・・・」


すると、マキはハァ・・・と溜息をついた。

「まだ気付かないのか」というような様子だ。


「確かに少ないさ。でも、あくまで『追加スキルよりは比較的少ない』だけで、消費するエネルギー自体は途轍もないってことだよ。ましてや青銅の騎士は全身をカチカチに強化して、身体能力を倍増させるイカレた技じゃないか。恐らく、今まで青銅の騎士を発動した場合、殆どの敵は数秒で瞬殺してきたから分からなかったんだろうよ。自分がどれくらいの間、青銅の騎士を発動させられるかをね・・・・」


すると、ここで俊彦も何かに気づいて声を上げる。


「そう言えば、仁王子さんは青銅の騎士の前にも上級能力スキルを使ってました!」

「それも影響しているね。彼が前に発動した『氷の弾丸アイスバレット』と『電撃烈波ハイボルテージ』は、いずれもB級クラスの強力な能力。ガス欠を起こすには十分過ぎるって話だよ」


つまり、直人の真の狙いは力で屈服させることではなく、仁王子が青銅の騎士を解いた一瞬のスキを狙い打つことだったのだ。


「でも・・・なら、仁王子君がなぜ直人君に攻撃を一度も当てられなかったんですか?」


すると、ここでようやく直人が口を開いた。


「確かに攻撃の一挙一動は強かったけど、攻撃が大振りすぎる。学習能力は桁違いだし、狙いの調整も常人離れしているけど、それだけで俺を捉えるのは不可能だ」

「じゃ、じゃあ直人さんは仁王子さんの攻撃を全部見切ってたんですか!? 異能も使わずに!?」

「分かりやすい動きだったよ。足を掴まれた時は少し、ヒヤッとしたけど」


もしあの時、仁王子の腕を振り解くことが出来なければかなり手荒い方法を使わざるを得なかった、とまでは言わなかった。

その場合、仁王子は恐ろしいダメージを受けることになっていたということも。


するとここで、ようやく仁王子の治療が終了した。

摩耶は軽く手を叩くと、その場で立ち上がる。


「簡易的な治療は取り敢えず終わったわ。榊原系列の病院を予約しておいたから、後のことは専門家に任せましょう」

「助かるよ、お嬢様。アタシはちょっと表には面を出せない身でね」

「じゃあ俊彦君は、仁王子君を表に出すのを手伝ってもらえるかい? 病院の付き添いは僕が行くよ」

「わ、分かりました・・・僕に運べるかな・・・・」


雅樹もかなり身長が高いが、それでも仁王子の巨体に飲み込まれかけている。

慌てて俊彦がヘルプに入るが、女子と比べても小さめの俊彦では、腕をどうにか引っ張るのが精一杯だ。

その様子を見た直人は、仁王子の方へ駆け寄ろうとする。

だが、後ろにいた摩耶が唐突にそれを止めた。


「貴方は行かなくて結構よ。彼らなら、上手くやってくれると思うわ」

「いや、だけど・・・・」

「行かなくていいと言ったら問題ないのよ。ここに居て頂戴」


有無を言わさぬ彼女の態度に、直人の足も止まる。

若干ヨタヨタ気味だが、仁王子を担いだ二人が電子キーのドアを開けて外に出て行くのが見えた。

彼女の言う通り、どうやら病院へ送ることは出来そうだ。


「さて・・・お嬢様は直人に聞きたいことがあるんじゃないのかい?」


三人だけになった広い訓練場のど真ん中で、マキの声が響く。

摩耶は何も言わずに沈黙し、その静寂が不気味に広がっていく。


そして、一分ほど経ったところで彼女の口が動いた。


「入学式で会ったから、これで会うのは二度目かしらね。ハジマ君」

「その節はどうも・・・・」

「あの時、私の光学迷彩を見破った貴方の力量。今なら納得できるわ」


彼女の十八番でもある、光学迷彩を難なく見破った直人の力。

そして、仁王子を倒した戦闘力も含めて、彼女は確信していた。


間違いない。葉島直人の正体は・・・・・


「もしかして貴方は・・・・臥龍様の弟子かしら?」


直人の目が点になった。

いや、決して遠くはないのだが・・・・・


「・・・・え?」


直人の素っ頓狂な声が、辺りに木霊する。

後ろを見ると、マキの元々大きい目が1.5倍に広がっていた。


「そうでしょう? 絶対に間違いないわ!」


取り敢えず、直人は適当に首を縦に振った。正確には彼女の圧力に負けた形だが。

僅かにだが、マキから面白がるような雰囲気がするのは気のせいだろうか?


「俊彦から、臥龍に関係する情報が得られると聞いてやって来たのはいいけれど、はっきり言って期待していなかったわ」

「お、おう・・・・・」

「でも、貴方の強さを見たら私、確信したの。彼は間違いなく臥龍様の指導を受けているって!」


心なしか、摩耶のボルテージが上がっている。

内心、摩耶に全く期待されていなかった俊彦を不憫に思っていた直人だったが、こうも摩耶に詰め寄られると、その他諸々が吹き飛びそうな圧力を感じた。


「聞きたいことはたくさんあるわ! 臥龍様はどんなお姿なのか、どんな訓練をされていて、どんなことを思ってダンジョンに入るのか!!」


摩耶の顔が、直人の目と鼻の先に迫っている。

マキは、無表情を取り繕ってはいるが、明らかに表情筋がピクピク動いている。


「い、いや、そんな大したことはしていないって・・・・」

「さっきだって、きっと手加減していたのよね? 異能だって、本当は使えるんでしょ? 家族構成、武器の種類、戦法、異能力!! 知りたいの! 臥龍様のことも、そして貴方のことも!!」


先程までの冷静な淑女はどこへやら、摩耶は完全に別人と化していた。

俊彦から、臥龍に興味を持っているとは聞いていたが、まさかここまでとは、

流石の直人も計算違いだった。

慌てて、直人はマキに助けを求める。


(ヘルプ! マキさんも何とか言ってくださいよ!)

(いいねえ直人君。確か榊原家は国内有数の名家だし・・・一生安泰だね)


直人は即座に、マキに助けを求めた己を恥じた。

結婚という単語から見放されて長いマキの目に、家柄良し、実力良しの超ハイスペック美少女に詰め寄られる様はどう映ったのか、想像に難くない。


(爆発しろよホントに・・・・)

(いいから早く助けろよ!!!)


それから時間にして数十分間、完全にスーパーハイテンション状態の摩耶から質問攻めにされた後、「また後日、ゆっくりお話ししましょう」という言葉を言い残して、摩耶は帰っていった。


鉄仮面かと思うほどクールな印象だっただけに、直人の動揺も大きい。

いや、むしろ普段感情を表さないからこそその反動も大きかったのかもしれない。

それに対して、マキはブツブツ独り言を言っている。


「直人に負けた直人に負けた直人に負けた直人に負けた・・・・・」

「あの・・・マキさん?」

「直人は安泰・・・アタシは人生の負け組・・・・」


ダメだ。完全にダークサイドに堕ちている。

こうなってしまったら、自我を取り戻すまで放置するほか方法はない。


そんな中、直人は摩耶が口走ったある言葉を思い出していた。


『さっきだって、きっと手加減していたのよね? 異能だって、本当は使えるんでしょ?』


恐らく、偶然だろう。

手加減していたのは事実だ。本気で戦っていたら、仁王子は青銅の騎士をもってしても死んでいた。


『異能だって、本当は使えるんでしょ?』


・・・・何も、言えなかった。

直人は、本当の意味での異能は使えない。だから、『異能が使えるか』と聞かれれば、それはNOだった。


彼は、懐からある物を取り出した。

それは、技能測定で使ったスキャナーだ。

訳あって、直人はいつもこれを持ち歩いている。


直人は集中力を高める。

特別、意識を集中させたところでどうせ数値は変わらないのだが。

結果は直ぐに表示された。


『error』


専門機関の強力な測定器でなければ、直人の真の数値は測ることが出来ない。

だが、とある技術者が開発した特殊な指輪があれば、その力を大幅に抑えることが出来た。

異能測定を乗り切ったのも、その指輪があってこその話である。


勿論、その話には続きがある。

だが、そこから先は直人自身が考えるのを止めてしまった。


今の直人にとって、それ以上のことを考えることは自身の地獄の歴史を振り返ることと同義であり、それを受け止めるだけの心の準備はなかったのだ・・・・

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