第10話 学力テスト

それは悪夢だった。

教室中から唸るような声があちこちから聞こえてくる。

だが、それも無理のない話だった。


「いや、習ってないだろこんなとこ・・・・」

「静かにやれ向井。次話したらここからつまみ出すぞ」


直人の前でブツブツ言いながら問題を解いていた、向井新という眼鏡をかけた男子生徒の声に担任の工藤雪波が注意を飛ばす。

だが、それも仕方のないことだった。何故なら山宮学園の教育方針は他の学校とは一線を隔しているからだ。


最初にそれを言われたのは、テストが始まる一分前だった。

答案用紙を配られた後に、工藤雪波からこんな言葉が飛び出した。


『最初に言っておくが、山宮のテストは通常の教育レベルとは異なり、高校分野は既に履修済みなものとして考えている。無論、優秀な君たち山宮新入学生諸君らはそんなことは言われなくとも分かっていると思うが・・・・・』


『『『『いや、知らねえよ!!!!』』』』


雪波から飛び出した衝撃発言に、1-5クラスは騒然となった。

そう、これは初見殺しと言われる山宮伝統のクソシステムであり、毎年多くの新入生がこのやり方で例年悪夢を見るハメになるのだ。

山宮学園では、ダンジョンを余すことなく理解するために高校三年間で大学修了レベルまで迷宮学を学ばせることが教育方針になっている。

そんなハードメニューを強いている山宮において、高校レベルの勉強などわざわざ高校でやる必要などない、という驚異の暴論から来る地獄のシステム。

それが、山宮学園で定期的に行われる異次元の高難度テスト。

通称『殺人テスト』である。


「何をそんなに苦しんでいるのだ?  無論、君たちの頂点に君臨する1-1、レベル5クラスでは既に平均得点85点という結果が出ているぞ?」

「せんせーい。私たちレベル1でーす」

「黙れ長野。誰が話していいと言った」


茶化すような発言を飛ばした、女子生徒の長野ひかりにも注意が飛んだ。

何故、1-1クラスがそんな高得点を出せるのかと言えば、それは単純に準備量の違いである。

彼らの多くは所謂、名家や幼いころからの英才教育を受けてきた人間が殆どだ。

当然、殺人テストの存在も前もって知っていたし、山宮学園の鬼畜スケジュールについても把握しているのだ。

その他にも、異能の才能だけでレベル5に入り込んでしまったような輩が軒並み欠席しているというのも理由の一つとしてはあるが。


「まさか貴様ら、何一つ準備していなかったというのか?」

「いや、前もって教えなかったアンタらの手落ちでしょ・・・・・」

「何か言ったか向井?」

「・・・・・・・」


そう、このテストの一番悪質な所は、出題範囲がまるで明記されていなかったところだ。

手渡された資料には『テスト範囲は、任意で出題する』としか書かれていない。

山宮学園について前もって知る術がなければ、今回の初見殺しを逃れることなど到底不可能なのだ。


そんな阿鼻叫喚の空間の中で、ひたすらにペンを走らせる女子生徒が一人。


「ほう、お前は順調なようだな」

「当然でしょ。この程度で躓くカスにDHを目指す資格はないわ」


やはり出た、若山夏美である。

流れる水の如く、抵抗を感じさせないペンの走らせ方は最早芸術だ。

解答時間の半分を過ぎた段階で、既にテスト用紙の8割方が終わっている。


「中村もまあまあ順調だな、対策したのか?」

「はい、祖父からこのテストについては聞かされていたので・・・・」


若干悪戦苦闘しながらではあるが、中村健吾も問題を解き進めていた。

記述問題は少し空欄もあったが、選択問題は確実に解くことが出来ている。


「ふむ、この二人はなかなか見どころがありそうだ。さて他には・・・・」


雪波が他の生徒の答案にも目を配っていたその最中、今まで全く止まることのなかった夏美の手がピタリと止まった。

すると夏美はその場で高々と手を挙げる。


「若山、どうした?」

「これは流石に反則じゃないかしら。これは大学博士レベルの問題のはずよ」


夏美がそう言って見せたのは、問題用紙の最後に書かれていた問題だ。


『ダンジョン内におけるブラックミストの発生条件と、ダンジョンビーストの成長過程における霧とDBの相互関係を述べよ』


「成程、これがお前たちのレベルでは解けないと瞬時に判断できただけでも上々だ。何しろこの問題は、最近とある論文でやっと分かった話だからな」

「そんな物を出題して何の意味があるのかしら?」

「最新情報を誰よりも早く知ることが出来るのだぞ。むしろ有難いと思うべきではないのか?」


これが山宮流のやり方なのだろう。

高校生に学会で最近発表されたばかりの情報を聞いて答えられるわけがない。

夏美はチッ、と舌打ちをすると鉛筆を置く。

この部分の得点配分は10点だ。今回のテストは90点満点と見てもいいかもしれない。


そして、テスト終了のチャイムが鳴った。


「では、答案を回収する。結果はすぐに開示するからよく見ておくように」

「一桁台の点数見たって、嬉しくないって・・・・」

「何か言ったか向井?」

「・・・・・・・・」


回収されていく答案は殆ど真っ白だ。

ある程度奮闘したのが見えるのは数人だけで、若干首を傾げながら渡す健吾と最後の問題が溶けなかったせいかかなり不機嫌な夏美だけが恐らくそこそこの高得点を取れているだろう。


そして、それから僅か数分後、点数が公開された。


1位 若山夏美  90点

2位 中村健吾  72点

3位 瀬尾真理子 54点

4位 葉島直人  22点


なお、その他は十点以下のため開示せず。


因みに、最終問題を完全解答したのは学年でも僅か4人のみ。

その内訳は、レベル5が二人、レベル4が一人、そしてレベル1に一人だった。

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