第8話 授業開始

直人が1-5教室に入ったのは、授業開始のチャイムが鳴る二分前だった。

入学式を悲惨な形で終えた直人にとって、クラスメートとの顔合わせはこれが初めてのことだ。

最初の段階では顔なじみなど一人もいないのは当たり前なので、席順が近いもの同士で軽く話す程度のコミュニケーションになっているようだったが、それにしてもクラスの雰囲気は暗い。


「あれ、君は入学式にいなかったよね? 名前は何ていうの?」

「・・・・葉島」


教室に入った直人に早速話しかけてきたのは、一人の男子生徒だ。


「僕は中村健吾っていうんだ。よろしく!」


フレンドリーに話しかけてはきたが、コミュ障たる直人にとっては戸惑いしかなかったが、それでも直人は差し出された手をしっかり握る。

どうやら中村健吾というこの少年は、クラス全員と親密に接しているらしく、クラス全体でも健吾を認めるような雰囲気があった。


そんな中で、直人は番号通りの自分の席に座る。

直人の隣は、先程の健吾とは真逆のかなり冷たい雰囲気のある少女だった。

真面目に渡された教科書を読んでいる辺り、勉強家ではあるのだろう。

だが、先程から全くと言っていいほど視線が教科書から動かないし、隣に座った直人のことなど地蔵か何かと勘違いしているのではないかと思ってしまう。


「あ、あの・・・今日から隣でお世話になる・・・・」

「話しかけないで。気が散る」


直人のメンタルライフの大部分を吹き飛ばす辛辣な言葉が飛んだ。

ただでさえコミュニケーション面に関しては脆弱すぎる直人の心はこの一言だけでヒビだらけになった。


「ええと葉島君だよね、気にすることないよ。この人、健吾の時もこんな感じだったから」


そう言ったのは直人の前にいる眼鏡を掛けた少年だ。

だが、その声に対しての少女の態度は更に辛辣だった。


「何言ってるのかしら? あの時私はちゃんと若山夏美って名乗ったわよ? 名前を名乗っただけでも感謝しなさいよ」


一目見ただけでわかる超横柄な態度だ。

どうやらこの少女、あまりクラスの人間からは歓迎されていない。

教室の一番後ろかつ、一番隅っこという立地条件の悪さも相まって若山夏美は早くもクラス全体から孤立した状態になっていた。


するとここで、教室のチャイムが鳴る。

それと同時に担任の工藤雪波が教室に入ってきた。


「ふむ、入学式に遅刻したバカは今日は来ているようだが、代わりに六道は欠席か」

「六道君は風邪をひいたと連絡が・・・・」

「いや、仮病だ。当然成績はマイナスになる」


健吾の声をかき消すかのように、彼女はそう言った。


「悪いが、私はその程度の嘘も見抜けないほどの大馬鹿者ではないのでな。これは今いる全生徒も同じだ。致し方ない理由ならまだしも、仮病なんぞで欠席した不届き者には相応の罰が下る」


そう言うと彼女は置いてあったチョークを持ち、黒板に今日の日程を書き記した。


 1、技能測定

 2、学力テスト

 3、クラス分け

(4)特殊訓練


黒板にはこのように書かれている。


「技能測定は貴様らの異能力適性を見せてもらうだけだ、何も難しい事は無い。学力テストでは一般教養に関する基礎知識について出題される。難解な問題も一応問われるが、そこまで深くは重視されん。ただし、余りにもバカなようでは困るがな」


そこで一呼吸置くと、話を続けた。


「これらの総合成績を含めて、諸君らにはAクラスとBクラスに分かれてもらう。Aクラスは上位50パーセントの人間、Bクラスは勿論下位50パーセントの人間だ」


最後に彼女はカッコで囲まれた「特殊訓練」を指さした。


「特殊訓練はAクラスでもある程度実力があると認められた者のみが参加できる。成績には反映されないが、いい経験にはなるだろう。何故ならこれは他クラス、つまりレベル2からレベル5までの生徒も対象になる訓練だからだ」


すると、夏美が僅かに視線を上げたのを、直人は横で敏感に感じ取った。

全く興味を示さず教科書を読んでいた彼女が、ようやく興味を示したようだ。


「ではこれからまずは技能測定を行う、DHになるためには異能の質の向上は避けては通れない必須条件だ。諸君の健闘を祈る」


ファイルから異能試験場までの地図を取り出すと、彼女はそれをマグネットで張り付ける。

そして工藤雪波はそのまま教室を出て行ってしまった。


「じゃあ先に行ってるわね。時間は無駄にしたくないし」


それだけ言うと、夏美はそのまま教室を出る。

それを引っ張られるようにクラス全員がゆっくりと席を立つと、ノロノロと教室を出始めた。


そんな中、教室の隅っこ辺りでボソっと呟いた少年が一人。


「どうやって誤魔化そうかな・・・・・」

「ん? どうしたの葉島君?」

「い、いや何でもない・・・・」


中々席を立たない直人を不思議に思ったのか、健吾が直人に近づくと話しかけてきた。


「技能測定が不安かい? そんなに難しくないと思うよ。中学でもたまにやったじゃないか」

「あ、あ、ああそうだなあ・・・・・」


若干しどろもどろで直人はそう答えると慌てるように席を立つ。


「じゃ、じゃあ対策を考える・・・・じゃなくて先行ってるよ!」

「・・・・? そんなに焦らなくても・・・・」


と、言ってる間に直人は猛スピードで教室を出て行く。

そして教室には、戸惑いを隠せない様子の健吾一人が残された。

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