第2章ー5話 礼ぐらい言わせろよ 2
それからは、とりとめのないことを話した。
最近どこぞの店が新しいメニューを出しただの、そのメニューの評判が最悪だの、しかしそれを作ったのがその店の幼い娘でなんともいたたまれなかっただの、生産性なんかまったくない話だった。
俺は俺で、最近のことを話した。依頼で穴掘りの仕事をしたこと。その時、俺がまだ働いていると勘違いしたのか、雨宮が穴の中に向かってずっと声をかけていたこと。声をかけると真っ赤な顔をして言い訳をしてきたこと。それを話すと、そりゃ傑作だと後藤が大笑いしていた。
そんな楽しい時間は、そう長くは続かない。
「――お? もうこんな時間か」
後藤が腕時計を見て驚いたように呟く。時計がさしていたのは午後四時過ぎ、俺が戻らなくてはいけない時間だった。
「お邪魔しました」
「いやなんの。出口まで送ってくぜ」
そう言って出口まで送り出しに来てくれた後藤が、
「なあ、樹」
なぜか、俺を呼び止めた。
「はい?」
「や、その、勘違いだったら恥ずかしいんだけどよ」
言葉を探すように、再びうつむき口を閉じる。
「――――ありがとな」
「?」
それが何の意味を持つのか、とっさには理解できなかった。
「墓だよ。あれ、お前がやってくれたんだろ?」
「あ……ああ。はい」
そこまで聞いてようやく合点がいく。後藤が言っていたのは、あの廃墟に作った仲間の墓のことだったのか。
というよりも、
「また行ったんですか? あそこは危険ですよ?」
「もう行けねぇよ。だから言ったんだ」
苦笑すると、後藤は気まずそうに視線を逸らす。しかし、再び向き直ったその表情は、さっきと同じ真剣そのもの。
「頼むぜ。あいつらのこと」
まったく。お人好しはどっちの方なのだろう。
自分のために命を使えと言いながら、危険を置かして仲間の墓を見に行った。そして、お願いすることも自分のことではなく仲間の墓の状態維持。俺に忠告した時の彼は一体どこに行ったのだろう。
俺たちの装備品だって、後藤は料金を頑として受け取ろうとしなかったし、今も渡せていない。改良すればそのうち冒険者に売れるのだからと言って受け取らないのだ。
もしそうだとしても、それまでは完全に赤字のはずなのに。その開発費は、自分の給料から出しているくせに。完全に自分のことを棚に上げているじゃないか。
まったくどうして、この人はここまですがすがしい人なのだろう。
「……任されました。俺たちの方こそ、またよろしくお願いします」
おう、任せとけ!
腕をまくった後藤の顔は、
今日で一番晴れやかに見えた。
――そして、それからほんの数分後。
「お疲れのところ申し訳ありません」
通り過ぎた物陰から、聞き覚えのある声がした。
間違いなく男の声、それでいてやけに独特。迷宮内でよく聞いた、部下から全く信頼の無い大尉様の声。
「すこし、付き合っていただけませんか? カミヤ・イツキ」
血のようなものが飛び散ったコートに、軍用ブーツ、無精ひげ。
レグ大尉が、夕日で真っ赤に染まった笑みを浮かべていた。
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