第86話 Are you ready ? 3

 反射でそう叫びたくなった。いままで感じていた無力感、罪悪感、恐怖、その他諸々の感情が一気に吹き飛び、その思いが思考の大半を占めていた。いったい何を思ってそんなことを言ったのか。


「より良い作戦があり、かつそれを実行する権限があるのなら話は別でしょう。しかしあなたたちにはそれが無い。そのくせ、彼の作戦に不満を持ち引きずっている。いいですか――」


 止めろ止めろ止めろ! 続くレグ大尉の言葉に心の中でそう叫ぶ。


 いまここにいる者たちは、俺を含めてすでにレグ大尉のことなんか信用してはいなかった。いまはかろうじて理性があり、彼が上司であるというリミッターが働いているだけだ。これ以上煽れば、暴動が起こる、そんな気しかしなかった。


 だが、




「冒険者たちの運命は、あなたたちが握っているのですよ?」




 その言葉は、誰も予期していないものだったはずだ。なぜなら、全員の顔がそれを如実に表していたから。全員の時が、きれいに一時停止したから。


 どういう意味なのか、瞬時に判断することができなかった。遅れて理解した内容は、おおよそいまの発言にはつながらないもの。それでも、それしか考えることができない。この場では、あまりにふさわしくない行動だ。


 それはつまり――、


「不満を持つのもいいでしょう。信じないのもいいでしょう。ですが、それを攻略にまで持ち込んで失敗されてはたまったものじゃない。というよりも、その行為そのものが私の作戦を引き寄せていると自覚しなさい」


 脅迫だ。これは、冒険者を使いつぶすという作戦を実行されたくなければ勝て、という冒険者の命を人質に取った脅迫だ。不満も、不信感も、怒りも、全てを強引にねじ伏せ一時従わせる手段だ……。


 ああ、そういうことか。


 すとんと、心の中で何かがおちた。納得というか、理解というか。レグ大尉の狙いは、もともとこれだったのだ。そうだ、そう考えればさっきまでの発言にはすべて納得がいく。


「この作戦に不満を持とうが従いたくなかろうが、失敗すれば私は容赦なく私の作戦を実行する。それが嫌なのでしょう?」


 ここにいる者たち全員が抱いているもの、それは不信感だ。この作戦自体にも、俺にも、そして外道な作戦を平気で立案したレグ大尉にも、少なからずそれは向いている。質の悪いことに、よっぽどのカリスマを持った人物じゃないと不信感というものは拭い去れない。


 レグ大尉は、始めから悟っていたのだ。不信感が自分に向いている以上、もう自分にはどうすることもできないと。だからこそ、まずヘイトを集めた。自分が彼らにとって明確な敵になるように仕向けたのだ。全ては、この作戦に向かわせるために。


「騎士道とやらを守りたいのであれば、あなたたちはここで勝つしかない。どんな思いがあろうとも、ここがあなたたちのプライドを守る最後の砦なのです」


 不信感を抱き、敵意を抱く者の発言を、基本的に人は受け入れようとしない。利することだと頭でわかっていても、よっぽどの者でなければ少なからず反発する気持ちが生まれる。そして、彼の作戦は元々全員が否定的だった。それを踏まえたうえで、それを防ぐためにはこの作戦を成功させるしかないと、そう認識させた。


「選択の余地などないのですよ」


 心理的な抵抗を取っ払ったのだ。


『やらなければ、冒険者たちが作戦に投入される。できなければ、その未来が確定する。

 倒せない可能性があっても、どんなに信用できなくても、結局やるしか道はない。倒さなくてはいけない。そうしなければ、彼の作戦が実行される。

 だったら、

 考えている場合ではないではないか。』


 彼らの心理を予測するなら、そんなところだろうか。


「あなた達には、勝つしか道はない」


 武器を構え直す音が、一斉に鳴り響いた。己を奮い立たせる金属音が、喊声に取って代わった。威勢のいい掛け声や行動など何一つない。それでも、さっきまでだだ下がりだった士気が、気温を上げるほどに高まっていた。

 それでは行きますよ、というレグ大尉の声で、全員が静かに動き出した。


 ――頼むぜ、少年――


 すれ違う瞬間、誰かの声が耳をかすめた。


「なんて顔をしているのです。進みなさい。指揮官はあなただ」


 とん、と背中が押される。そうかと思えば、レグ大尉の姿はもうすでに俺の前にあった。

 その表情は解らない。笑っているのか、真顔なのか、声からも解らなかった。そのつかみどころのない立ち振る舞いは、彼の姿を揺らめかせる。


 結局のところ、彼はどこまで想定済みだったのだろう。


 少なくとも、あの演説は狙ってやったものに違いない。だとすると、俺が失敗することは想定内だったのだろうか。いや、そもそも失敗する前提で俺に挨拶をさせたというのだろうか。だとするならば、俺は完全に彼の手の上で転がされていたことになる。


 ――……考えとも仕方ないか。


 そうだ、そんなこと考えている場合じゃない。考えても仕方のないことだ。


「――よし! 行くか」


 全部終わったら、まず雨宮にもう一度謝ろう。それから、これを話のネタついでに考えよう。今はとりあえず、

 全員無事に、奴を倒そう。

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