第81話 そんなこと、解ってるよ。 4

 その質問に、答えることができなかった。

 今までどこに向いていたのかという感情たちが、ここぞとばかりに俺へ当たってくる。明らかに伝えることを無視した感情の渦が、言葉に、手先に宿っているのを知覚した。


「いつもそうだったよね。肝心なことは話してくれないし、わたしのことなんか置いてきぼりで話進めるし。失敗したくないなら、余計相談するべきじゃないの?」


 応えられない。それは俺自身がその答えを知らなかったから。いままで一度も考えたことがなかったから。あまりにも独りが当たり前すぎて、気にもしていなかったのだ。


「一人の時は別にいいよ。だけど、わたしが関係してることでもそうでしょ? いままで、ひと言でも相談してくれたことあった?」


 記憶を探る限りは――無い。そもそも雨宮に会うまでは、人に頼るような真似はしなかったし、そんなことになるようなことは引き受けなかった。雨宮と出会って、多少変わったと実感した時を思い出してみても、俺が誰かに相談しているということは……思い出す限りはない。


「さっきの話だって、何も聞いてなかった。一歩間違えたらここ一帯が危険なんだって、そんなこと知らなかった。何も言ってくれなかった」


 当然だ。言ってなかったのだから。


「それくらい言ってよ。そうじゃないと、本当に何もできないっ」


 その姿はまるで、何かにすがっているようだった。何かを失うまいと必死に引き寄せている。そんな印象だった。


 そしてその声に、やはり俺は何も言い返せなかった。


「……雨宮の言うことは、もっともだと思う」


 雨宮の言葉は正論だ。言わなきゃ伝わらないし、察しろというのも限度がある。ましてや、こんな現実離れしたことを察してくれと言ったところで、できるとはとても思わない。


「言わなきゃ何も解らないし、何もできない。それは解ってる。だけど、別に聞かれるのが嫌だったとか、忘れてたとかじゃない。ただ――」


 俺だって、そんな理由で隠していたんじゃない。そもそも、そんなこと考えてもいなかった。多分、もっと別のことだ。


 雨宮を巻き込みたくなかった? ……いや、それは何か違う気がする。多分、それも考えてはいたと思う。だけど、そんな純粋な理由じゃないような気がする。それが理由なら、「どうして相談してくれないの?」の質問ですぐに答えが出ていたはずだ。


 だとしたら、一体何なのだろう。


 ――いままで言っても仕方がないと隠していたのですが――


 不意に、レグ大尉の姿が、言葉が浮かんだ。その瞬間、俺とあの人のつながりを思い出し、ああそうかと、心のどこかで理解する。そういうことなのかと、自分でも初めて知ったのに納得してしまう。

 多分、俺が言いたかったのは――、


「言っても仕方なかった」


 ◇◆


 何かが切れる音とは、あの時のことを言うのだろう。あとから俺は、そう回想した。そしてこの瞬間、何か致命的な部分を間違えたことを本能が感じ、それは間違ってはいなかった。

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