第71話 絶望の顕現 5

『全員、真横に飛べぇぇぇええ⁉』


 音割れするほどの悲鳴が、通信機から鼓膜を突き刺した。全員が訓練をしていたように真横へと飛び退く。俺は引っ張られるように壁へと吸い寄せられ、着地をしくじり地面に転がる。魔獣との間に距離が生まれ、出口の直線上に魔獣が取り残されるような構図となる。

 両者硬直。その間、わずか数秒。


 出入り口から、爆炎が吹き出した。


「……はぁ?」


 こんな状況にもかかわらず、そんな間抜けな声が出た。出入り口の直線上にいた魔獣は、その炎に撫でられもれなく重症。炎はマナを消費し燃え続け、動けない魔獣たちを灰燼に帰していく。突然の状況に理解が追い付かず、全員の時が止まる。


 突如、


 燃え盛る炎の壁に、暴風とともに大穴が開いた。


「突入ぅぅぅうう‼」


 その声とともに、大穴から人影が踊り出る。身体には、後ろで戦う者たちと同じ白銀の甲冑。そしてサラマンダーの皮で造られた対魔法製のローブ。全員がそれを視認し、広間内に歓声が上がる。


 ――やっと来た……。


 ほっと、息をなでおろす。炎の中からは応援の騎士と魔導士たちが続々と現れ、広間内の陣形を立て直していく。


 決して優勢とは言えない。数は攻略時よりも少ないし、あのゴーレムの性質上これで倒せるとは思えない。それでも、この場から脱出するには十分だ。助かった、そんな思いが身体を弛緩させる。あとは、ここから脱出するだけ――、


「――――くぁ……」


 クラリとふらつき、倒れこむ。身体中が痛み、立てないほどの倦怠感と頭痛が身体を襲っている。思った以上に無茶をしたようだ。さて、どうしようか。


「いた!」


 ――……ッ⁉


 ドクンと、心臓がひときわ大きく跳ねる。あまりにも想定外のことで、思考が一瞬停止してしまう。なぜなら、


 なぜならその声は、この場で聞こえるはずのないものだから。


「飲んで!」


 身体が起こされ、マスクが乱暴にはぎ取られる。そして、口元には硬いものが乱暴に押し付けられる。


「あ、あま――ウグッ⁉」


「喋るのはあと! 早く飲んで」


 口に含めば、独特の苦い味。間違いない。先ほど使ったマナポーションだ。だけど、それを悠長に実感している場合ではない。脳内は、それどころではなかった。


「おまえ何で!」


「詳しくは後回し! いまは回復に専念して。その間は、わたしが守るから」


 一瞬、幻覚なのかと錯覚してしまう。だって彼女は、ここにいるはずのない人物だからだ。

 目の前にいたのは、ここにいるはずのない少女。その恰好は完全な戦闘服。すこしだけ見える肌は紅潮しており、うっすらと汗がにじんでいる。


 そこにいた少女の名は、雨宮 晴香。



 俺との動向を却下され、自宅待機を命じられた少女だった。

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