第70話 絶望の顕現 4
「⁉」
声がしたのは、俺のすぐ近く。チラリと目を向ければ、ひとりの冒険者に殴りかかっているミニ・ゴーレムが映った。それも、さっきよりもはるかに大きい。着実に、周りの残骸を吸収していた。冒険者の構えた盾が軋み、大きな歪みが入っている。
「後三秒耐えろ!」
叫び、駆けよる。盾を構えた冒険者が俺を一瞥し、右へとミニ・ゴーレムの拳を受け流す。持ち手の部分が、大きくはじけ飛んだ。だが、それと引き換えにミニ・ゴーレムの拳は地面へと沈み込み破砕する。元に戻るにはもう少しかかりそうだ。
その盾を犠牲にし、命を賭けて創り出してくれた一瞬の隙。すかさず抜刀し、刀にオドを籠める。マナが干渉し、青い光が生まれる。一瞬の隙間を縫うようにして、冒険者を追い越しミニ・ゴーレムへと肉薄する。
「――らぁぁぁああッ‼」
跳び上がりながら放ったのは、左下から斜め上に斬り上げるカタナスキル『
接続部が切断された首が、宙を舞う。同時にミニ・ゴーレム動きが止まる。そのことを確認し、再度跳躍。頭に刀を突きさし、回転を利用して広間の反対方向へと投擲する。これで、俺たちの姿は見えないはずだ。
「走れ!」
「助かった!」
ミニ・ゴーレムが、俺たちを放り出して身体を右往左往させている。頭を取り付けることを優先したようだ。動く方向は、俺たちからも攻略組からも離れた壁の方向。大丈夫、これなら逃げ切れる。
そう、思った矢先。
『止まれ! 止まれ、止まれ‼』
耳に着けていた通信機から、悲鳴にも似た怒号が耳をつんざいた。
『出口前方に魔獣多数! 重装兵前へ!』
この場にいる全員が、一斉に舌打ちした。
――クソッ、こんな時に‼
そう思わずにはいられない。ただでさえ崩壊しそうな状態なのに、これ以上足止めを喰らったら完全に逃げられなくなる。ここにいる攻略隊が全滅すれば、次は俺たちだ。どのみち、前にいるあいつらを何とかしなくては――、
斬る。取りこぼされてきた連中を、カタナスキルで乱暴に両断する。まだ動くものを踏みつけ、別の魔獣に投げつけ、少しでも早く突破する。だけど、どうしてか数が一向に減らない。
『数が多すぎる‼』
『なんだってこんな時に⁉』
そんなことは、こっちが訊きたい。
斬る、斬る、だけど一向に進まない。それどころか、押し返されているようにすら感じる。取りこぼされこちらに回ってくる魔獣の数が、さっきよりも確実に多くなっている。これ以上増えられたら、今の俺じゃ対応できない。ゲームじゃないんだ。一度攻撃を受ければ、あとはなし崩し的にやられる。その予感がする。
打開しようにも、まともな策は思い浮かばない。すでに思考回路は、この状況に対処することで容量ぎりぎりだ。これ以外のことに対応するだけのキャパシティーなんかない。今も、気を抜いてしまえば一撃をもらいそうで――、
「――――っと⁉」
頬を、こん棒の端がかすった。
空中に、千切れた髪が舞う。目の前で、汚く嗤うゴブリン。フェイントをかけられた、そのことに気が付いて思わず距離を取り、頬を触る。
視界の端に映った手は、少しだけ赤かった。
――やられた……。
頬に、痛みは感じない。だけど、焼けるように熱い。この感覚からして、多分広めに喰らっている。けがの深度は、すこし皮膚を持って行かれた程度か。もう少しゴブリンとの位置がずれていたら、骨までやられていた……。
いま、俺は死にかけていた。
そのことに気が付き戦慄する。全身に、寒気が走り、頬を冷や汗が伝う。伝った汗が傷口に入り、今度はひりひりと痛んだ。心臓が張り裂けそうなほど主張を繰り返す。次は無いぞと、本能が警鐘を鳴らす。
すると――、
「イツキしゃがめぇぇえッ‼」
後ろから叫ばれる、名指しでの指示。
条件反射的にしゃがむ。体勢を崩した俺は、完全に反撃できない。それを隙と見たか、ゴブリンが俺へと突進してくる。
「どっせぇぇえい‼」
突如、頭上を風が駆け抜けた。ひやりとした感覚がわきを冷やし、反射で目を瞑る。それと合わせるように、いくつかのことが視界外で同時に起きた。
ドカッ!
という鈍い打撃音。
ブギァ⁉
という、詰まったようなゴブリンのうめき声。
ドサリッ。
前で何かが倒れた。
「……? ……⁉」
目を開けると、少し離れたところでゴブリンが横転――そのまま沈黙していた。
「さっきの借りは返したぜ?」
するとその声が、俺の横を風のように走っていった。声の主は、さっき助太刀した盾持ちの冒険者。どうやら、転がっていたメイスを武器として拝借したらしい。
メイスを拾い、俺を見て笑う。ああ、助けられたのか。数舜遅れてそう理解する。考えるのはそこまでが限界。直ちに次ぎの魔獣が現れ、アイコンタクトを解いて刀を握る。再び思考は、戦闘へと傾いていく。
そこへ、
『陣地の手が開いたらしい。助けが来る。あと数分耐えてくれ!』
陣地からの通信が、伝言式に伝わってきた。その報告に、全員が色めき立つ。わずかに勝機が見えた。
この数分が、正念場だ。
応援が駆け付ければ、入り口の魔獣は一掃できる。そうなれば、全員で加勢しゴーレムの動きを止めることで全員が脱出できる。とりあえず、うまくいけば今いる全員が生還できる。少なくとも、全滅はなくなる。
刀を振るう。オドを籠め切断力を持った世界樹が、魔獣たちの身体に切れ込みを入れる。
――焦るな。出すぎるな。深追いするな。ここはゲームじゃない。
自分にそう言い聞かせる。ゲームと同様の動きを再現しながら、限界ぎりぎりのところで踏みとどまる。
俺が魔獣を斬るには、刀にオドを籠めるしかない。前に出すぎれば、攻撃をする回数が増える。肉体強化と模倣のカタナスキルは、ただでさえ効率の悪い戦い方のコンビネーションだ。カタナスキルを無駄に回数を撃てば、それだけ身体のオドはなくなっていく。すでに、アドレナリンが出ているこの状況でもはっきり分かるほどの倦怠感がある。撃ててあと十数発。肉体強化を短時間発動させてそれが限度だ。
――まだか。まだなのか。
何体目かのゴブリンが、大きくこん棒を振り上げた。がら空きの動体に単発スキルを発動し、両断する。青い蛍の尾を引いた輝線が、強烈な速さを湛えて駆け抜ける。横一文字に両断され、ゴブリンが絶命する。これで、何体目だっただろう。
「――――ぅあ……」
クラリと、視界が揺れた。身体が前に傾き、ちょうどその上を魔獣の攻撃が通過する。ほとんど反射で前へと転がり、足元から斬り上げようとオドを籠め、
その腕を、弾き飛ばした。
――まずい……、これ以上はまずい。
意識が落ちかけ、朦朧とした中でそのことに気が付く。ついに、切断力がなくなるほどオドを消費しつくしたのだ。いま、俺の黒刀は刃こぼれしている状況に等しい。これ以上発動すれば、肉体強化もできなくなる。そうなれば、もうこの戦場ではついていけない。それを考えるなら、刃こぼれというよりもひたすら硬いただの木刀といえるか。
――イツキ、君は必ず生きることを考えろ。たとえ……、たとえ、そこにいる仲間を見捨ててもだ――
不意に、出発前夜、ミレーナに言われた言葉を思い出した。
仲間を守って英雄になるよりも、仲間を見捨てて生き延びろと、そう言われた。自分の能力を過信するなと、逃げ時を見極めろと、そう言われた。
――……しくじったな。
心の中でぼやく。逃げ時など、とうの昔に見誤っていたのだ。もう、正面突破する余力はない。ここで独断専行すれば、途中で力尽きて終わりだ。もう、この場からは逃げられない。
――必ず生きることを考えろ――
『あと三十秒!』
黒刀を構えていた両腕を、だらりと弛緩させる。刀は握るだけ。もう、倒すことなど考えるな。
見切れ。避けろ。ただひたすらに、回避だけを考えろ。
もう、倒すことなんてできない。自分の能力を過信するな。いまは、受け流すことだけに全力を注げ。
俺は、そこまで強くないんだから。
そのとき――、
『全員、真横に飛べぇぇぇええ⁉』
音割れするほどの悲鳴が、通信機から鼓膜を突き刺した。全員が訓練をしていたように真横へと飛び退く。俺は引っ張られるように壁へと吸い寄せられ、着地をしくじり地面に転がる。魔獣との間に距離が生まれ、出口の直線上に魔獣が取り残されるような構図となる。
両者硬直。その間、わずか数秒。
出入り口から、爆炎が吹き出した。
「……はぁ?」
こんな状況にもかかわらず、そんな間抜けな声が出た。出入り口の直線上にいた魔獣は、その炎に撫でられもれなく重症。炎はマナを消費し燃え続け、動けない魔獣たちを灰燼に帰していく。突然の状況に理解が追い付かず、全員の時が止まる。
突如、
燃え盛る炎の壁に、暴風とともに大穴が開いた。
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