第60話 ヴィンセント・コボルバルド 4

 熱い。身体が、焼けるように熱い。


 火で炙られているわけでもないのに、なぜだか、身体中の神経という神経が悲鳴を上げている。立ったまま、何度意識を失っただろう。身体を炙り続ける痛覚が、落ちる意識を叩き起こす。気絶という手段すらも、取ることを許さない。


 手足の感覚がない。指一本すらも、動かした実感がない。


 オレの身体は、本当に存在しているのだろうか。もしかしたら、オレはとっくに死んでいて、ここは地獄なのではないか。


 いや、そんなはずはないか。

 触角が消えても、聴覚がマヒしていても、目には薄暗い洞窟が映っている。まだ死んでいない。立ったまま――ということは、オレはまた、気絶していたのか。


 ああ、いま、何をしていたんだっけ……。


 この痛みを取ろうと回復薬を探る左手が、何度も空を切る。視界左前方には、真っ赤に熟れた肉の塊。そうか、左手がないのか。だったら、この痛みにも納得がいく。


 あれ……? 何でオレは、こんなことになってるんだ?


 痛みのせいで覚醒してはいるが、思考回路はもうズタボロだ。もう何も考えられない。数時間前の記憶すらも、思い返すことができない。


 ぼんやりと、前を見る。


 前には、いろんな生き物が合成されたような、良く解らない怪物。そいつが、オレの腹に剣を突き立てている。


 …………。

 ………………………。

 ………………。

 ………………………………そうか。


 思い出した。

 オレは、勝てなかったんだ。

 オレが使える手札を投げうって、大切な人と自分の命までもを燃料にして。それでも、勝てなかったんだ。


 もう少し早く、対策を取れば勝てたかもしれない。だけど、いまさら言っても遅いか。


 勝てなかった。オレたちは、目の前のこいつに勝てなかった。


 だけど……、


「……………………ケッ」


 何もかも、お前の思い通りにさせるか。


 このまま、黙って死ぬような物分かりがいい人間じゃない。最後の最後まで、徹底的にあがく。それがオレのやり方だ。

 この勝負――、


 引き分けにしようぜ。


 ◇◆   ◇◆   ◇◆


「――――――カハッ⁉」


 目が覚めて、それが夢なのだと理解するのに、少々時間を要した。


 鼓動が鼓膜にまで響く。ドクン、ドクンと、血管を血液が流れる音が脳を揺さぶる。身体が痛い。夢の中でのあの痛みが、まるでこっちの世界のことのようだ。


 腕を動かす。右手を這わす。掌が、左腕の感触をしっかりと知覚する。よかった、腕は取れていない。あれは、夢だ。


 そう自覚すると、痛みがゆっくりと引いていくのが解った。肌が痛みではなく、触覚と冷たさを知覚する。そうだった、ここは、迷宮だった。


「…………?」


 刹那、脳内を電気が走った。半強制的に、夢の光景が脳内に投影される。

 薄暗い洞窟、特殊鉱石でできた硬い地面、独特の光を放つ発光石……。


 この光景はもしかして、


「…………ここ、なのか?」

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