第2話 アイシャ=ヴァーミリオン

「急げ!早く!」


怒号にも似た声がかつての平原にこだまする。


「こっちだ!早く逃げろ!」


足元を見れば昨日まで飲み食いしていた仲間が。

目の前には鮮やかとは言えない、草や土と混ざった赤が。

宙に浮かぶ“それ”を中心に悲劇は起こっていた。

しかし、それでも、みなは勇敢に戦いに身を投じる。


一人一人の意志と、誇りを——。


「アスガイアには戦えない民がいることを忘れるな!俺たちは守るため——。」


突然、叫んでいた者の首が飛ぶ。


「ナニヲ、マモル?」


それはまるで、意志と、誇りを断ち切るように——。




その状況は、まもなくして民の目にも届き始める。

アスガイアが誇る5万の戦力も、気づけば残り1,000を切っていたのだ。

やがて民は口々に言い始める。



「奴は一体なんなんだ……。」


「どうなってやがる……。」


「もう、終わりなの?」



嘆き、逃げ惑い、迫りくる脅威にすべてをあきらめる。




「……我、古の時よりその御霊を譲り受けんとするもの。その命により今ここに祈りを捧げる。」



ただ一人を除いて。



「出でよ、ソーマ。」



紋章が描かれた右手を前に差し出す刹那、複雑な図形が足元に現れさらに変形していく。

そして、一瞬あたりを強い光が飲み込むと、次の瞬間に、人間の男がそこに立っていた。



「ソーマ、行くよ!」



そういいながら“それ”に向かって走り出す。

ソーマと呼ばれた男は、その声に反応するように後に続いて走り出した。


「世界付加(ワールドエンチャント)——神の園」

効果——半径50キロまでの指定された範囲で、理想を現実に変える空間を作り出す。


「おっ!ソーマ、やる気じゃん、一瞬かもね。」


「いや、これは断じてやる気じゃないから、状況判断が的確なだけだしアイシャよりは遅いからね。」



と、その言葉の直後、ソーマとアイシャと呼ばれた女性の体を淡い青色の光が包み込み、瞬きをした時にはすでに“それ”の目の前に立っていた。



「ここの人たち、なんなの、兵隊さんたちいるからって安心しすぎだろ……。って思ったので、すぐ片付けて、そのまま立ち去りたいと思います。」



「じゃあ、頼むよ!」



それに返事をするようにして、ソーマは詞(ことば)を唱える。


「魔法付加(マジックエンチャント)——神導剣(エクスカリバー)」

効果——神の園発同時における理想を現実に変えるための剣。

神の名のもとに世界に改編をもたらす希望の剣。

世界のどこかに存在するコムニャクは切れない。



「アイシャ!付加(エンチャント)のタイミングは任せた!」


ソーマは大きく飛び上がり、“それ”に切りかかるようにして、両手を大きく掲げた。



「オッケー!


我、古の契約に従い神を使いし者の代行である。汝らに全神の名の元に命ず。

命の限りを生きる尊き者に息吹を与えよ。」


そして、現れた神導剣をソーマが振り下ろし、“それ”を切り裂いた瞬間。


誰も死んでいないという“理想”が“現実”へと変わる。


「よし、アイシャ、あとは頼んだ。」


「おつかれさまー!じゃあね!」


ソーマの体が光に包まれて消えていく。


「ふう、契約魔法って魔力の消耗激しすぎ……。


それにしても、あの力。エンチャントってなんなの?


やる気エンチャントしてこいって感じなんだけど。」




無属性魔法(ノーマルマジック)──転移(エスケープ)



捨て台詞を残し、召喚士アイシャ・ヴァーミリオンは日常へと戻っていった。



この一瞬の出来事が伝説としてあらゆる書物に記されることは、まだ先の話である。

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