第31話 英雄の娘④
子供の奴隷エディと上位魔族グレン改めカレンは、私と同じ屋敷で暮らすことになった。
道中、まるで人間の恋人同士のようにイチャつくエディとカレンを見続けて、私は不快だった。
そんな二人を見て、微笑ましいものを見たかのような顔をするお父様とダインを見て、より不快な気持ちになった。
屋敷に到着後は、エディもカレンも賓客扱いで、毎日の食事も私達と一緒に取った。
お父様と唯一ゆっくり過ごせる食事の時間に、奴隷と魔族がいることは許せなかった。
ただ、それを言うと、お父様が悲しい顔をするのは分かっていたので、私は何も言えなかった。
だが、お父様との時間を邪魔される以上に許せないことがある。
エディが、私と一緒に魔法の授業を受けていることだ。
剣をダインに教わるのは約束だから仕方ない。
だが、王国でもトップクラスの魔導師である小賢者リン先生の授業を、奴隷が受ける意味が分からない。
リン先生は、魔力量こそ飛び抜けて多いわけではないが、一つ使えれば一流と言われる上級魔法を、全種類完璧に使いこなし、王国の歴史上、最年少で最上級魔法まで生み出した天才だ。
未来の賢者はリン先生で間違いなしと言われている。
そんなリン先生の授業を、奴隷が受ける。
信じられないことだった。
大貴族がいくらお金を積んでも、リン先生の授業は受けられない。
お父様という優れた人間の頼みだからこそ、リン先生は引き受け、期間限定ではあるが、私の先生になってくれたのだ。
リン先生は魔法の実力だけでなく、人間としても立派だった。
私に対して、貴族の娘としてではなく、一人の人間として接してくれる。
かと思えば、私のような子供相手でも、丁寧に接してくれたりもする。
リン先生は、お父様以外で私が心を開くことのできた数少ない人だ。
若いリン先生にとって、私は初めての教え子ということで、とても可愛がってくれた。
一時とはいえ、そんなリン先生を独占できるのは非常に嬉しいことだった。
もともと同年代の中では誰にも負けない魔法の実力を持っていた私は、リン先生のおかげで、同年代に限らず、大人の魔導師にも引けを取らない程の腕前になった。
そんな偉大な魔導師であるリン先生の元で、卑しい奴隷が一緒に授業を受けるということが許せなかった。
私の聖域に土足で踏み込んでくるエディが憎くて仕方なかった。
母親を殺してしまったことは私が悪い。
そのことに関してはいつか詫びなければならないと思う。
でも、エディは奴隷で、私は近々王になる予定の人間の娘だ。
人間として、母親のことはエディに対して申し訳ないと思う気持ちはあるが、立場まで譲歩する必要はないはずだ。
お父様の手前、私がそれを口に出せないでいるうちに、エディの魔法はどんどん成長していった。
そして、いつのまにか、リン先生の瞳に、私が映る時間が減っていった。
リン先生はエディのことを、お父様以来の、いや、お父様以上の才能の持ち主として見ているようだった。
実際、エディの成長は凄まじかった。
王国内の同年代の子供の中では、誰にも負けない才能を持っていたはずの私を抜き去るのに、大した時間はかからなかった。
魔法を習い始めてわずか一ヶ月で上級魔法を使える人間なんて、聞いたこともない。
魔力量も軽く私を凌駕し、魔法の構成に対する理解も、おそらく私より上だった。
魔法だけではない。
ダインに教わっている剣の実力も、初めて剣を持ったとは思えない勢いで成長しているという話を、食事中の会話で聞いている。
そしてそれは、おそらく本当なのだろうことは、エディを見ていれば分かった。
魔法も剣も、親からの遺伝による才能に頼る部分が非常に大きい。
遺伝による才能という話であれば、私に勝る者はこの王国にはいないはずだった。
だが、現実として私の才能はエディより劣っている。
才能も努力も誰にも負けないはずの私が、魔法でも剣でも遅れを取るということは、才能の差を認めざるを得なかった。
だが、そんなことはあり得ない。
そこで私はある考えに至る。
エディは魔族なのではないか?
魔力が多いのも、身体能力が高いのも、エディが魔族ということであれば、説明がつく。
カレンがエディに心を許しているのも、同じ魔族ということであれば説明がつく。
魔族の特徴である、その魔力を写した瞳の色も、人間の八重歯に当たる場所にあるはずの牙もエディにはない。
だが、魔族であることを隠す魔法が存在するのだとしたら。
もしくは、人間と魔族の混血による、禁忌の子だとしたら。
そう考えると、私は恐ろしくなってきた。
カレンと共に私達の懐に入り込み、油断させたところでお父様を殺そうとしているのではないか。
今は奴隷契約があるが、エディがお父様やダインの期待に応え、心を許されたところで、奴隷契約が解除された瞬間、襲ってきたとしたら。
いくらお父様でも心を許した相手からの不意打ちには、対処できないかもしれない。
だが、二人を信用しきっているお父様にそのことを話しても無駄だろう。
ダインやリン先生も同じだ。
そこで私は、思い切って本人たちへ問い正すことにした。
魔族だってバカじゃない。
私を殺せばお父様に許されないのは分かるだろうし、私が警戒しているということが分かれば、むやみな真似はできなくなるはずだ。
だが、万一ということもある。
エディとカレンが二人同時に襲ってくれば、今の私にはどうすることもできない。
二人は夫婦や恋人以上に、いつも一緒だった。
唯一離れているのは、風呂かお手洗いの時くらいだ。
流石にお手洗いに行くわけにもいかないし、男であるエディと一緒に風呂に入るわけにもいかない。
私は、エディの訓練を見届けた後、カレンが風呂に入るタイミングで、一緒に風呂に入ることにした。
私の家には男性用と女性用の大きな浴場が二つある。
風呂には私達家族と賓客達が入った後、住み込みの使用人達が入ることになっている。
普通の貴族家では、使用人と同じ風呂に入ることなど考えられないのだが、私の家ではお父様の方針でそうなっている。
お父様としては、順番もどうでも良さそうだったが、主人や客より先に入ることを、使用人達の方が遠慮していた。
魔族が入った後のお湯に浸かるのなんてごめんだったので、私はいつも真っ先に風呂に入り、カレンが入る前に風呂から出ていた。
だが、今日はあえて時間をずらし、カレンと一緒に入ることにした。
カレンが風呂に入ったのを確認した後、私も風呂へ向かい、脱衣所で服を脱ぎ、湯船のある浴場の中へと入る。
家によってはここでも服を脱がす係などがいるようだが、私としては、人に裸を見せるのは恥ずかしいので、脱衣係を付けない方針のお父様に感謝していた。
私は、最近膨らみ始めた胸を右手で隠しつつ、体を洗うカレンの隣へと座る。
カレンの体を見た私は、不覚にも美しいと感じてしまった。
泡立つ石鹸の泡より白い肌。
贅肉のない引き締まった体。
それでいて胸には、形の良い上向きの豊満な乳房が二つ。
どこかの貴族家で見た美術品の彫刻よりも。
教会で見た女神様の像よりも。
今まで見たことのあるどの女性よりも美しい裸体がそこにはあった。
思わず見とれてしまいそうになったところで、私は本題を思い出し、気を引き締める。
私に気付いたカレンは、少し驚いたような顔を見せる。
「お前がこの時間に入るなんて珍しいな。俺のことを避けていると思ったから、いつもわざわざお前が入る時間を避けて、この時間に入っていたのだが」
お前呼ばわりされたことに少しムッとしたが、私は話を進めるために気持ちを押し殺す。
「私だって穢らわしい魔族などと裸の付き合いなどしたくはない。ただ、どうしてもお前に問いたいことがあっただけだ」
私の言葉に、カレンはニッと笑う。
「なるほど。そして、その問いたいことというのは、エディがいると話しづらいことか」
カレンの言葉に、私は内心苦々しく思う。
人間の奴隷になっているとはいえ、さすがは上位魔族。
その鋭さには、舌をまかざるを得ない。
「……そうだ」
嘘をついても仕方ないので、私は正直に頷く。
「くくくっ。それを聞かれたとして、私が素直に答えると思うか? お前も分かっているとは思うが、私とお前は敵同士だぞ?」
カレンの言葉に、私はいつでも戦えるよう、気持ちを引き締め、臨戦態勢をとる。
カレンは今、私のことを敵だと言った。
共に暮らし、奴隷となっているにも関わらずだ。
私は、自分の推測が間違っていなかったことを確信した。
そんな私を見たカレンはなぜか少し驚いたそぶりを見せる。
「おいおい。風呂場で殺気を撒き散らすな。ゆっくり疲れを癒せないじゃないか」
そんなカレンを私は睨みつける。
「黙れ魔族。私はお前と馴れ合いに来たわけじゃない。あの奴隷について聞きに来ただけだ」
カレンはため息をつき、私を見る。
「それで? 聞きたいことは何だ?」
全力の殺気を見せているにも関わらず、カレンは全く動じない。
確かに魔力量もカレンの方が高いし、剣もない今の状態なら、間違いなくカレンの方が勝つだろう。
それでも、お父様やダインが駆けつけるまでの時間稼ぎくらいはできるはずだ。
あまりにも舐められていることに、私の憤りは増していく。
だが、戦う前にエディの正体を確認しなければならない。
私は単刀直入に問う。
「あの奴隷の全てについて聞きたい」
私の質問を聞いたカレンはニターッと笑う。
「何でも答えてやろう。まあ、何を話そうと、俺は負けるつもりはないからな」
私はカレンの余裕たっぷりな態度に、心の中で舌打ちする。
心の底から私に負けるつもりなどないことが伝わって来たからだ。
私はカレンを睨みつける。
「それなら問おう。あの奴隷は魔族か?」
私の質問に、カレンは首を傾げる、
「……えっ?」
さっきまでの余裕な態度は崩れ、カレンはキョトンとした顔を見せる。
しばらくして、落ち着いたらしいカレンは口を開く。
「そんなわけないだろ。エディは紛れもなく人間だ」
「そんなはずない。ただの人間があんなに魔力があるわけないし、短期間で剣を使えるようになるはずがない。何より、お前があの奴隷を見る目は、魔族が人間を見る目じゃない」
私は問い詰めるように、カレンに詰め寄った。
カレンは、そんな私を、呆れたような目で見る。
「エディの成長の早さは、魔族と比べても早い。だが、それには理由がある。理由が知りたいならエディの様子を一日見て見るがいい。きっと分かるはずだ。なんなら俺からエディに言ってやってもいい」
私は少しだけ考えて、答えを出す。
「そこまで言うなら見せてもらうわ」
もしエディが魔族なら尻尾を出すかもしれないし、仮に魔族でないなら、是非ともその成長の秘密を知りたい。
「いいだろう」
そこで話をやめようとするカレンに、私は問いかける。
「もう一つ、お前があの奴隷を見る目は、とても他人を見る目には思えない。私や他の人間を見る時とは、明らかに違う目をしているわ」
私の問いに、なぜか顔を赤らめるカレン。
白い肌をしているため、赤みが目立つ。
少しだけ躊躇った後、カレンは答える。
「……それは、俺がエディに惚れているからだ」
恋する少女のような顔をするカレンを見て、不覚にも可愛いと思ってしまう私。
この顔は演技では作れない。
それでも私は首を横に振って、カレンを睨む。
「魔族が……しかも魔王から直接名前を与えられた上位魔族が、人間の奴隷なんかに惚れるなんて、そんなことあるわけない」
そんな私を、カレンは見下したような目で見る。
「これだから人間は。……誰かに惚れるのに、種族や身分など関係あるか。エディは今まで出会ったどんな者よりいい男だ。だから惚れた。それだけだ」
カレンはそう言った後、私を見ていた視線を柔らかくする。
「だがまあ、お前がエディに惚れていないというならそれでいい。お前もエディに惚れていると思ったからこそ、敵だなどと言ったが、そうでないなら、俺の勘違いだ。許せ」
エディが魔族かどうかの判断は、カレンが提案した通り、明日一日様子を見てから決めることにしよう。
もっとも、先ほどのカレンの様子から、エディが魔族である線は薄いと感じていたが。
私が奴隷に惚れる?
そんなことあるはずない。
鋭い相手だと思っていたカレンは、実は大したことはないのかもしれない。
いずれにしろ明日だ。
明日で私の疑念は晴れるはず。
そう思いながら、私は湯船を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます