第155話 なぜ狙われるのか


 俺と親父が狙われることは、こちらの計算通り。

 むしろ狙われるために、このハルジオン王国に来た。


 だが、イレーネ王女が狙われるのは想定外だ。


「なぜイレーネ王女が? それは、イレーネ王女だけなのか?」


 イレーネ王女の父親、つまりセレドニア国王は狙われていないのか?


 俺の質問に、アンネが淡々と答える。


「今のところ、セレドニア国王が狙われているという情報は入っておりません。イレーネ王女だけが、狙われております」

「……そうか」


 なぜイレーネ王女だけなのか?


 いや、まだセレドニア国王が狙われているという情報が入ってないだけで、影では狙われているのかもしれない。


 実際、失礼な言い方をしてしまうが、イレーネ王女よりもセレドニア国王を殺した方が、相手が得るものは大きい気がする。


 セレドニア国王が亡くなれば、国王の座が空く。

 そうなると、普通の国ならば国王の娘、つまりイレーネ王女が次期国王になる。


 しかしここは魔族の国。

 イレーネ王女がすぐに国王になることは、ないだろう。


 前に他の魔族の国で、国王が病で亡くなったところがあった。

 そこは次期国王になりたい奴が名乗りを上げ、最終的に一対一の勝ち抜き戦が開催された。


 何十人、何百人が集まり、最後まで勝ち抜いた奴が次期国王となった。


 もしかしたらハルジオン王国も、セレドニア国王が死んだらそのような勝ち抜き戦が行われるかもしれない。


 だからセレドニア国王を殺した方が、次期国王の座も狙えるので相手が得るものは大きいはずだ。


 しかしイレーネ王女だけを狙う理由は?


 もしかしたら既にセレドニア国王を殺すという話は出ていて、それに伴ってイレーネ王女も狙われているのか。


 そうではなかったら――イレーネ王女に、単純に恨みを持っているような奴が暗殺依頼を出したか。


「イレーネ様、大丈夫ですか?」


 アリサが隣に座っているイレーネ王女にそう問いかけた。


 そうだ、俺はずっと考え込んでしまったが、いきなり命を狙われると聞いてイレーネ王女は大丈夫だろうか。


「はい、大丈夫です。命が狙われるのは慣れている……とは言えませんが、何度か経験したことがあります」

「だ、大丈夫だったんですか?」


 笑顔で安心させるようにイレーネ王女は言ったが、アリサは逆に心配になったようだ。


「はい、私も現国王の娘、つまりこの国で一番強い者の娘です。ある程度、自己防衛が出来るぐらい力をつけているつもりです」


 魔族の国で、ハルジオン王国ほど大きな国はほとんどない。


 これもセレドニア国王の純粋な強さ、国営の優秀さによって大きくなったものだ。


 フェリクス・グラジオが現れる前までは、セレドニア国王と一対一で戦おうとするような者すらいないぐらいだったらしい。


 それで今は、フェリクスもエリックが倒したから、一対一でセレドニア国王に勝てる者はそうそういないだろう。


 ……そう考えると、やっぱりエリックって強いな。

 いつも親友で一緒にいるからわからないけど、客観的に見るとやはり強さがわかる。


 まあそこは置いといて、セレドニア国王の娘であるイレーネ王女もその才能を引き継いでいるだろうし、何より訓練をかなりしているだろう。


 俺のように剣の訓練はしてないと思うが、俺以上に魔法の訓練はしているはずだ。


「アンネがこっちの馬車に来ても大丈夫なのか? あっちの護衛は?」

「外の護衛は、あちらの方が多くなる予定です。しかしレオナルド陛下もセレドニア国王も、護衛なんてほとんどいらないと言い張るもので……」

「親父はわかるが、セレドニア国王も?」

「あっ、お父様は強い方なので、いつも街に出るときも最低限の護衛しかつけておりません。私やお母様、使用人の皆様から、もっと護衛の数を増やして欲しいと言っているのですが……」

「ああ、そうなのですか……」


 まさかセレドニア国王も、親父みたいに護衛をつけてないのか……。

 あの方は護衛よりも強いから、護衛をつけないのは理に適ってはいるのだが。


「だけどお父様が、他国の国王がいるのに護衛の数を減らそうとしているのですか? そんなことするはずが……」

「最初はそう言ってましたが、レオナルド陛下が『護衛なんて、俺達の子供につけた方がいいんじゃないか』といって、それにセレドニア国王も同意し、護衛はいらないと言っております」

「あのバカ親父……!」


 親父が余計なことを言うから、セレドニア国王もそれに乗っかった形か……。


「アンネ、お前がこっちにいるんだ。それならあっちの護衛の数を増やした方がいい」

「はい、わかっております」


 アンネが常識人でよかった。


 俺達の国の騎士団団長と、魔法騎士団団長はとても常識人だ。

 これが副団長になると、全く異なるのが厄介なところだが。


 純粋な戦闘力ならどちらも副団長の方が強いんだが、優秀さで言えば確実に団長が上。


 だからこういう時にアンネがいて助かった。


「もうすぐ出発すると思います。今日から数日の間、暗殺屋に襲われる可能性が高いので、ご注意ください」

「ああ、わかった」

「わかりました」


 アンネの最後の注意があり、俺とイレーネ王女が返事をした。


 そしてすぐに馬車が揺れ始め、俺達はハルジオン王国の街へと繰り出した。



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