第145話 催しの後



 俺たちはあのパーティの後、奴隷商人のフェルモの店まで行った。

 ユリーナさんが賭けに勝ったので、それの報酬として俺たちが欲している情報を貰うためだ。


 パーティの催しの後は、少し大変だった。

 俺が戦ったやつは最強の男だったので、それを瞬殺したとあって凄い数の人が俺やユリーナさんに殺到した。


 自分のところの護衛もやってくれ、その護衛者を譲ってくれ、などなど。


 何十人も来て対応に追われていたら、フェルモが逃げようとしていたのを見落としてしまった。

 まあティナが隠れていたから、すぐに見つけて捕らえてくれたが。


 そしてなんとか催しから逃げ出し、フェルモを縛って店まで歩かせた。

 最初は遠回りしようとしたフェルモだったが、連れていた奴隷の女性たちが最短で連れて行ってくれた。


 奴隷の女性たちも、フェルモが縛られているのを見て薄っすらと笑っていた。

 どんな扱いを受けていたかは聞いてないが、フェルモは奴隷たちに嫌われているみたいだな。


 フェルモの店は、表向きは普通の商人の店だ。

 入ってすぐに商品が見えるが、本当に普通の商品だ。


 珍しい骨董品や、他国の武器や防具など。

 商人だったら売っていておかしくない、ありふれたものばかり。


「……奴隷はいつもどこに置いてるんだ?」


 フェルモの腕を縛っている縄を後ろで持っている俺が、低い声でそう問いかける。

 逃げようとしなかったらまだ丁寧語で話すつもりだったが、もう取り繕う必要はないだろう。


「う、裏です……」


 そう答えたフェルモの目線を追って、裏という場所の扉を見つける。

 一見するとただの壁だが、少し探ると回転ドアのように壁が回った。


 裏へ行くと、奴隷として扱われている男女が何人かいた。

 檻の中に入っていて、どう見ても人間を入れておくようなところではない。


「なっ、これは……!」

「ひどい……!」

「っ……」


 ユリーナさんとティナがその様子を見て声を上げた。

 ニーナは慣れているのか、少し顔を顰めたぐらいだ。


 案内してくれた女性の奴隷たちも、ここにいるのが辛いのか顔色が悪くなっている。


 俺はフェルモの背中を蹴って、地面に転がす。


「ぐへっ……!?」


 腕を後ろで縛られているから受け身を満足に取れず、派手に倒れたフェルモ。


「お前には色々と聞きたいことがある」


 ミノムシのように身体をよじらせてこちらを向いたフェルモの首元に、腰に差していた真剣を添える。


「ひっ……!」

「本当は対等に情報を引き出すだけの予定だったが、お前が逃げようとしたから対等ではなく無理やり聞くことにした。お前のせいだからな、悪く思うなよ」


 ただでさえ奴隷商人というだけでイラつくのだ。

 それが約束を守らずに逃げようというクズだったら、雑に扱っても問題ないだろう。


「まず聞きたいのは、そうだな……お前は、何年前から奴隷商人をやっている?」

「な、なんでそんなこと……!」

「いいから答えろ」

「ひっ、ご、五年前です!」


 俺が軽く刃を首に当てただけで、恐怖しながら答えた。

 当てただけでは薄皮一枚も切れないのだが。


 しかし、五年前か……。


「ニーナ、もっと前か?」

「うん、十年以上前よ」


 俺がニーナに確認を取ったのは、エレナさんのことだ。

 エレナさんが人攫いにあって奴隷になったのは、十年以上前のこと。


 つまりこいつの元に、エレナさんがいたことはない。


「お前は奴隷商人といったが、どういう立場だ? 奴隷商人の横の繋がりとかはあるのか?」

「す、少しはあります。私もある商人のコネで、ここまで上がれたので……!」

「そいつ、もしくはそいつ以外に、十年前から奴隷商人をやっている奴はいるか?」

「も、もちろん! この国の奴隷制度が無くなる前から、ずっと続いている店もある!」


 ハルジオン王国は今の国王の何代か前に奴隷制度が無くなったので、それは数十年も前のことだろう。

 つまりそれほど長く続いている、奴隷の店があるということだ。


「奴隷制度がまだある国、この近辺だとどこだ?」

「リンドウ帝国や、アノルド帝国などです……!」


 ベゴニア王国を襲ったリンドウ帝国、そして新しく聞く魔族の国、アノルド帝国。


 エレナさんの出身地はこの国の地下街らしいが、まだ奴隷の可能性も含めればその二つの国のどちらかにいる可能性が高いか。


「その二つの国でお前の店を利用している貴族の顧客名簿はあるか?」

「あ、ありますが」

「後で見させてもらう」

「さ、さすがにそれは……!」

「命よりも大切なものなのか、それは?」


 先程よりも強く、刃を首元に押し当てる。

 これを軽く引けば血は出るだろうが、まだ出ていない。


「ひぃ! わ、わかりました! 渡します!」


 しかしより一層金属の冷たさが肌に当たるので、恐怖は増すだろう。


「それでいい。奴隷事情はそれぐらいだな。あとは最近噂になっている、ベゴニア王国の王族がこの国に来ることは知っているか?」

「は、はい、もちろん」

「じゃあ――」


 それからも、俺は色々と聞き出した。

 意外と情報をフェルモは持っていて、どの国がレオ陛下やクリストを狙っているのかを聞き出せた。


 もう用はないと思い、最後にフェルモの首元を剣の柄で殴って気絶させる。

 これはもう、なんとなくだ。ウザかったから、としか言いようがない。


「情報は聞き出せたから、帰りましょうか」

「……ここにいる奴隷たちは、どうする?」

「……心苦しいですが、今は何もしない方がいいと思います」


 俺たちはスパイとしてこの国に来ているので、面倒な騒動を起こしてはいけない。

 奴隷たちを逃がす手助けなどをしていると、任務に支障が出てしまう。


「そうか、そうだよな……」


 ユリーナさんは目を伏せ、悔しそうに声を震わせた。

 女性の奴隷たちも助けてもらえないとわかって、落ち込んでいるのが目に見えてわかる。


 俺も助けたい気持ちはあるが、優先すべきことがある。

 ここで感情的に動いても、もともとの任務が失敗したらどうしようもない。


 ユリーナさんは奴隷の女性たちが落ち込んでいるのを見て、一人の女性の手を両手で握る。


「すまない。今は君たちを助けられない」

「……いえ、大丈夫です」

「だが私は助けに戻って来る! 近いうちに、必ず! それまで待っていてくれ!」

「っ! は、はい、お待ちしております、シュナ様……!」


 ユリーナさんは催しの時から格好が変わっていない。

 つまり、まだ男装したままだ。


 男装したまま奴隷の女性の手を取り誓いを立て、その女性は目を潤めてユリーナさんを見上げる。

 手を握られていない奴隷の女性たちも、ユリーナさんを熱い眼差しで見つめていた。


 ……確実に勘違いされていると思う。

 ユリーナさんはやはり、女性に好かれやすいのかもしれないな。




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