第141話 ウザい親父


 ようやく親父とセレドニア国王の雑談が終わったようで、俺たちはあちらが用意してくれた馬車に入る。


 俺たちが乗ってきた馬車よりも豪華で大きい。

 王族が乗るといっても俺たちのは旅用の馬車だから、機動力重視の方が小さいのは当たり前だろう。


 豪華で乗り心地が良い馬車に乗り、ハルジオン王国の王宮に向かって動き出す。


 中にいるのは俺と親父、メイドのアリサ、護衛として魔法騎士団団長のアンネ。

 ハルジオン王国側はセレドニア国王、イレーネ王女、それにあちらの護衛が一人。


「しかしイレーネ嬢も大きくなったものだ! 前会った時はこんな小さかったのに!」

「ありがとうございます。しかしその指の幅では、豆粒程度の大きさですよ」

「そうか! それは小さすぎか! はははっ!」

「うるさいな……」


 なぜこいつはこうも大きな声で喋るのか。

 大きい馬車といっても大広間みたいな空間ではないので、隣の人に喋るぐらいの大きさで全員に聞こえるはず。


 軽くイレーネ王女と話して、親父はまたセレドニア国王と話し始めた。


 席は俺の前にイレーネ王女、隣にはアリサがいる。


「イレーネ王女、親父がウザ絡みをしてしまいすいません」

「いえ、とても面白いお方で、こちらも楽しいです」


 俺が謝ると、イレーネ王女は優しい微笑と共にそう言ってくれた。

 本心からそう思ってるようなので、気を悪くしてないのであれば良かった。


「クリスト王子は、お父様のことを『親父』と呼ぶのですか?」

「ん? ええ、そうですね。あいつを『父様』なんて死んでも呼びたくないです」

「そ、そうなのですか」


 おっと、こんなのイレーネ王女に言うことではなかったな。

 困らせてしまった。


「レオナルド国王とは、仲が悪いのですか?」

「いえ、悪いという訳ではありません。ただ俺が一方的に嫌っているだけです」

「そ、そうなのですね」


 また正直に答えて、変な空気になってしまった。

 はぁ、仕方ない。


「……親父のことが完全に嫌いな訳ではありません。むしろ、尊敬してるところは多いです」

「っ! そうなのですね」

「ええ、何と言っても一番は、部下からの信頼は厚いということですね」


 騎士団団長のイェレや、今そこにいるアンネ、他にも色んな人が親父のことを信頼し、尊敬している。

 親父のためならば、命を懸けるという部下は少なくない。


 こんなこと本人には絶対に言いたくないが、親父は俺にはない絶対的なカリスマ性を持っている。


 生まれながらに持っているものなので、後天的に身に付けられるものではない。


 親父は馬鹿だ、大馬鹿だ。

 なのに国の王になれるのは、そのカリスマ性が絶対的だからだろう。


 例えば前の急襲、親父は執事やメイド達が必死に止めても、自ら前線へと出た。


 どこの国の王が、自ら剣と盾を持ち戦争の場に立つのだろうか。

 馬鹿としか言いようがない。


 しかしそれをやってのける実力もあり、そして親父がやることによって兵士達への鼓舞となった。

 人を惹きつける、鼓舞させるような力が、親父にはある。


 それは俺には出来ない、俺にはない力だ。


 親父の部下からの信頼の厚さは、そういうところから来ているのだろう。


「なので国王としては、尊敬できる部分は多いと思います。親父としては微妙ですが」

「そ、そうなのですね」


 親父を褒めるのは少しむず痒いので、最後にちょっと貶しておく。

 うん、本当に親父として尊敬できる部分はあまりない。


「私も、お父様のことは尊敬しています。国王としても、一人の父としても」

「父としては尊敬出来ない国王など、ベゴニア王国の国王ぐらいですよ」

「ふふっ、そうですか? 楽しいお父様だと思いますが」

「楽しいかもしれませんが、うるさいんですよ」

「それは私も擁護できないのが残念です」


 冗談で返してくれるイレーネ王女は、やはり綺麗な笑顔で上品に笑う。



 そういえば、もうこの外には声が漏れないからエリックのことを言ってもいいかもな。


「イレーネ王女、この馬車は防音対策は?」

「魔法がかかっているので、余程の大声でない限り外には聞こえないと思います。……レオナルド国王の声ほどでなければ」

「あんな馬鹿大きい声は出しませんので大丈夫です」


 親父はまだセレドニア国王や、アンネ、あちらの護衛の方とうるさい声で話している。

 もちろん、大声なのは親父だけだ。


 イレーネ王女は俺が防音対策を聞いたからか、少し声を落として顔を近づけて話を聞こうとしてくれる。


 俺も彼女と、隣にいるアリサだけに聞こえる声で喋る。


「先程、エリックは来ていないと言いましたが、護衛としてここにいないだけで、ハルジオン国には来ております」

「っ! 本当ですか?」

「はい。任務中なので、俺達の前に姿を現すかどうかは今後次第ですが」


 予定では、エリック達は隠れて行動するため、姿を現す予定はない。

 余程の事態が無い限り。


「ぜひ直接お会いして、しっかりとお礼を尽くしたいです」

「エリックもおそらく、イレーネ王女にお会いしたいと思いますよ」

「っ! そ、そうですか……」


 俺の言葉に顔が少し赤くなるイレーネ王女。


 前に会った時、エリックは『必ずもう一度会いに来る』と言っていた。

 あんだけ熱烈にアプローチされたのだから、意識してしまうのは当然だろう。


 良かったな、エリック。

 少なくとも良い感触のようだぞ。


「その、クリスト王子はエリック様と仲が良いのでしょうか? 先程からエリック様の名前を呼ぶときに、友達のような気軽さを感じるのですが」

「ええ、そうですね。俺の唯一の親友です」


 俺の言葉に、イレーネ王女は目を見開いて驚く。


 一国の王子とただの兵士が親友というのは、普通に考えればおかしいだろう。


 だが――。


「俺のことを王子としてではなく、クリストとして見てくれるのはエリックだけですよ」


 本当に、そう思う。

 あいつはなぜか、最初から俺のことを王子としてではなく、友達として見てくれる。


 それが、何よりも嬉しい。


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