第128話 対戦相手決定?


「あ、うちはヘリュだよ、よろしく」


 顔を近づけたままその変な女、ヘリュは笑顔で自己紹介した。


「顔が、近いぞ」

「うりゅ……!」


 ヘリュの両頬を右手で押し潰すように掴んで、無理やり顔を離させる。

 初めて会う女にやることではないが、ヘリュが遠慮なく近づいてきたので、こちらもそういうのは遠慮しないでいいだろう。


 手を離すとまた近づいてきそうだったから、顔の前に手を出して止める。


 そしてようやくヘリュが落ち着いたのか、顔を近づけないで話せるようになった。


「君の名前は?」

「……エリックだ」


 特に偽名は使ってないが、おそらく大丈夫だろう。


「エリック君、よろしく。で、さっきの質問の続きだけど」

「ちょっと待て。その前に聞きたいことがある」

「いいよ、私はあまり武器とかは使わないで、徒手が好きかな。時々使うのは……」

「聞いてねえよそれは。そうじゃなくて、なんで俺に絡んでくるんだ?」


 さっきヘリュに絡んだ男はいまだに地に伏している。

 係りの人が来たらおそらく処置はしてくれるだろうが。


 あいつがヘリュに絡んだのは、ヘリュが弱そうに見えたから。


 そしてヘリュはそれを倒して、いきなり俺に絡んできた。

 ここにはまだ数十人も闘技者がいるのにもかかわらず。


「えっ? だってエリック君、強いでしょ?」


 ヘリュは「なぜそんな当たり前のことを聞くの?」とでも言いたげに、首を傾げながら答えた。


「なんで俺が強いってわかるんだ?」

「勘かな。いっぱい戦ってたら、そういうのがわかるようになったから」


 確かに俺も初見で相手の力を見抜く力はある。


 しかしそれは相手が剣を構えたり、素振りをするところを見て感じるものであり、座ってる俺を強いと見抜くのは普通ではない。


「この中じゃダントツだし、うちよりも強い人なんて久しぶりに見たよ」

「……そりゃどうも」


 先程ヘリュの戦いを見て感じたのは、俺と同等ぐらいの強さ。

 戦えば苦戦はするだろうが、俺が勝つだろう。


 しかし本当に戦うとなったら、油断は禁物だ。

 前にエレナさんとの戦いで勝てると思ったが、短剣に毒が塗られていて負けたのだ。


 もうそんな失態をしないために、油断はしない。



「なんだなんだ、随分調子に乗ってるじゃねえか、お嬢ちゃん」


 座って話している俺たちに、いきなり挑発するように話しかけたきた。

 見ると鉄仮面をしていて顔は見えないが、体格的と声を聞く限り男の奴が俺たちを見下ろしている。


「あんな雑魚を倒したぐらいでそこまで調子に乗ってるのも可愛いが、新人があまり調子に乗っちゃいけねえな」


 この闘技場で新人などあるのだろうか?

 よくわからないが、結構昔からやってるのであれば常連の闘技者がいるのかもな。


 そして今目の前にいる男が、その常連ということだろう。


「俺がこの闘技場で一番なんだ、なあてめえら!」


 男がそう言って見渡すと、周りの奴らは一様に頷く。

 その中で顔が見えている奴を見ると、悔しそうにしている奴もいれば、恐怖を浮かべている奴もいる。


 どうやら本当にこいつが一番強いようだ。


 完全防具をしていて、さっきの奴と体格は同じぐらい。

 違うのは防具の質と、持っている武器が両手斧だということ。


 こいつの防具は見るからに質が良く、剣で真正面から斬ってもこちらの剣が刃こぼれしてしまいそうだ。


「だからあまり俺の目の届く範囲で調子に乗っちゃ……」

「ねえねえ、エリック君、さっきの質問の続きだけど、剣以外は使えるの? 徒手とかできる? うち殴り合い好きなんだよね」


 いや、ちょっと、ヘリュさん?

 多分この人、あなたに話しかけているんだから、無視して俺に喋りかけるのはやめて欲しいんだが。


「おい……! てめえ、俺の前で、調子に乗るなと……!」

「ちょっと、うちはエリック君と話してるの。うるさい、黙ってて」


 ……ああ、これはもうダメだな。


 次の瞬間、男が両手斧を構えて上から振り下ろしてきた。


 石造りの地面が割れるほどの勢いで叩きつけられたが、俺とヘリュはその場から避けているから無事だ。


 というか今あの男、俺ごとヘリュのことを斬り殺そうとしていたぞ。

 俺は何もしていない、むしろ被害者なのに。


「なんであの人いきなりキレてんの? 生理なのかな?」

「男に生理はねえぞ、というかお前のせいだろ」


 いきなりの下ネタで驚いたが、なぜキレたのかわからないのはもっと驚く。


「え? うち? うちはエリック君と話していただけなんだけど」


 いや、だからだろ。

 あんだけ「調子に乗るな」って言ってるのに目の前で無視されるんだから、そりゃ怒るだろ。


「てめえら……ぶっ殺してやるよ! 闘技場でお前らまとめて! ハンデとして二対一でいいぞ!」


 鉄仮面を被っているので顔は見えないが、頭に血が上って真っ赤になってそうだな。


 というか二対一とかできるのか?

 そしてできたとしても、さすがにお前が勝つのは無理だろ。

 冷静じゃなくなってるな。


「えー、二対一じゃつまんないよ。ねえエリック君」

「……まあそうだな。だから――」


 ヘリュと戦えばいい、と言おうとしたが……。


「じゃあジャンケンで決めようよ、どっちがあの人と戦うのか」

「はっ?」

「いくよー、ジャンケン、ポイ!」


 いきなり言われたから、何も考えずに条件反射でじゃんけんをしてしまった。


 しかし勝ったのは俺だった。


 おー、良かった。

 これで俺はあいつと戦わなくて済む……。


「あー、負けちゃった。じゃあ勝ったエリック君があの人と戦ってね」

「……はっ? 普通こういうのって、負けたほうじゃないのか?」

「えっ? 戦うのって楽しいんだから、勝ったほうでしょ?」


 意味がわからない……なぜ何も関係ない俺が、あいつと戦わないといけないんだ。


「本当にふざけた奴らだ……! いいぜ、お前を殺した後、その女も殺してやるよ!」


 なんでお前も俺を殺そうとしてんだ?


 こうして俺はよくわからないことに巻き込まれ、戦う相手が決まってしまった。



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