第115話 ニーナとエレナ


 ニーナのいきなりの発言に戸惑いながらも、話を聞くために借りている家の中に入る。


 外で話していたら、起きてきた村の人に聞かれる可能性がある。

 極秘任務の内容を話すわけではないが、俺たちとしてはそれと同等ぐらいの要件の話だ。


「フェリクス・グラジオの、妹……」

「兄さんとは血は繋がってないけど」


 家の中に入り、ティナにニーナのことを説明した。


「そう、なんだ……」


 村を襲ってきたフェリクスの妹だから、すぐに仲良くしろというのは無理があるだろう。


 俺も最初は無理だろうと思っていた。

 いや、というか俺に関しては、ニーナの方が複雑な気持ちだっただろう。


 慕っていた兄を殺したのが、この俺なのだから。


 だがニーナはフェリクスの野望を聞いて、本当はやめて欲しいと思っていたようで。

 俺がフェリクスを殺してくれたことを、感謝するとまで言っていた。


 だから俺としてなんの憂いもない関係を築けるのだが……ティナはどうだろうか。


「ティナはあの村に住んでいたんだ。兄さんが、ごめんなさい」

「ううん、別にニーナのせいじゃないから。最終的には村の人たちも無事で、エリックも私も生きてるし」

「でも……」

「それに私はあの事件のお陰で、エリックの隣に立つっていう目標ができたから」


 ティナはそう言って、俺の方を見て微笑んでくる。

 俺は少し恥ずかしくなり、顔を背ける。


「仲が良いんだね、二人は」

「そりゃそうだよ、幼馴染で小さい頃から一緒にいるんだから」

「そう……小さい頃から、一緒に……」


 ニーナはティナの言葉を繰り返すように言うと、一瞬俯いて悲痛な顔をした。


 今の言葉のどこにそんな顔をさせるところがあったのか。

 そう思っていると、ニーナは顔を上げて話す。


「私も……エレナとは、小さい頃から一緒の、仲良しだった」

「――っ!」


 そうだ、その話をするために家の中に入ったのだ。


 ニーナとエレナさんが、小さい頃から一緒で、仲が良かった?

 それって、つまり……。


「んんっ……ふぁぁ、くぅ、頭が……!」


 後ろから声が聞こえ、振り返るとベッドからユリーナさんが上体を起こしたところだった。


 そういえばユリーナさんは昨日の酒の飲み過ぎでまだ寝ていたんだったな。

 ちょっと忘れていた。


 頭を抱えているユリーナさんに、ティナが近づいて介抱する。


「ユリーナ、大丈夫? 水飲める?」

「ああ……飲めるが、なんでこんなに体調が悪いんだ……?」

「昨日お酒飲んだこと覚えてる?」

「酒……そういえば飲んだ気がするが……」


 やはり昨日の記憶がないほど飲んでいるか。

 まあ最後の方はいつものユリーナさんと態度などが違いすぎていたから、記憶が飛んでいた方がユリーナさんのためかもしれない。


 しかし、水を差し出すティナを見て俺はあることを思い出す。


「……私も、昔お酒を飲んだときにエレナに介抱されたなぁ」

「っ!」


 ニーナがボソッと言った言葉に驚愕する。

 今まさに、俺もそのことを思い出していたからだ。


 俺がクリストと再会、この世界では初めて出会って友達になったお祝いに飲んだ次の日。

 二日酔いで頭が痛かったとき、エレナさんに水を渡された。


 疑っていたわけではないが、やはりニーナが探しているエレナさんは、俺たちと一致しているのだろう。


 その後、なんとかユリーナさんが話を聞けるぐらい体調が回復し、ニーナを紹介する。


 ユリーナさんはフェリクスのことを知らないので、エレナさんのことを知っている人物ということだけを伝えた。


「エレナさんを知っているのか! いっ……!」

「あまり大声上げない方がいいよ、頭に響くから」

「あ、ああ、そのようだな……」


 まだ万全の状態ではないようだ。

 ユリーナさんには今後酒を飲ませないようにしないとな。


 今回は大丈夫だったが、任務に支障が出る可能性がある。


「それで、今エレナさんはどこにいるのだ?」


 頭を軽く押さえながら、ユリーナさんは問いかける。


「それはわからない」

「むっ、そうか、わからないのか」

「だから、一緒に探して欲しい」

「それは……」


 ユリーナさんがこちらを見る。


 一応俺たちはエレナさんを探していると言っても、極秘任務の範囲内なら探してもいいということになっている。

 だからニーナと一緒にエレナさんだけを探し回るというのは、無理だろう。


 とりあえずニーナにいくつか聞きたいことがある。


「ニーナ、エレナさんとは小さい頃から一緒にいて、幼馴染ってことなんだな?」

「うん、そう」

「つまり――エレナさんも、地下街出身ってことか?」


 エレナは地下街で育って、死にかけたところをフェリクスに助けられたと言っていた。


「うん、そうだよ。エレナは私と一緒に、地下街で暮らしていた」

「やはり、そうなのか……」


 まさかエレナさんがハルジオン王国の地下街にいたなんて、思いも寄らなかった。


「地下街とは、どういう場所なんだ?」


 そう言った場所を全く知らないユリーナさんが、そう問いかけた。


「ハルジオン王国の汚い場所が全て詰まってる場所。法律なんてない、光もない。ゴミを漁って生き永らえることしかできない場所」

「っ! そう、なのか……すまない、配慮のない質問だった」

「ううん、大丈夫」

「しかしそうか、エレナさんがそんなところで育ったのか……」


 俺たちが知っているエレナさんは明るく、とても優しかった。

 そんな場所で育ったなんて普通は思わないだろう。


「私は一週間前にエレナと再会した。私はそれまで、エレナが死んだと思っていた」

「それは、なぜだ?」


 あんなに元気に生きてる人を死んだと勘違いするほどの何かが、地下街であったのか。


 ユリーナさんとティナはわからないだろうが、俺はもうわかっていた。


 そしてやはり俺が考えたことは、正解だったのがニーナの言葉で判明した。



「エレナは地下街で――人攫いにあったから」

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