第112話 騒がしい酒場
とても騒がしい、酒場。
ハルジオン王国の王都、中心街から離れたところにある、小さな店。
いろんな人がここで飲んでいる。
仕事帰りに寄ってきている人、仲良い友達と来ている人。
男女も様々で、比率的には男性の方が多いか。
酒に酔っている人が多いからか、大声で話す人がほとんどだ。
だから店の中はがやがやしていて、小さな声で話したら誰にも聞こえないだろう。
「……聞こえるか?」
そんなことは承知だが、俺はとても小さな声でそう呟く。
隣の人に聞こえるかどうか、この酒場だったら絶対に聞こえないであろう声で。
そしてカウンターに座っている俺の隣には、誰もいない。
側はたから見れば、一人で寂しく飲みにきている者だ。
服装もマントを着て、フードを深く被って顔を見えないようにしているから、危ない者にも見えるだろう。
「うん、聞こえるよ。そっちも聞こえる?」
さっきの俺の言葉に、そう応えた声が聞こえる。
俺の隣には誰もいない。
さっきの言葉を発した者は、この酒場のテーブル席にいるだろう。
「よし、じゃあ予定通りに」
「わかった」
お互いに小さな声でそう呟いたのが聞こえたので、しっかり魔法は通じているということだ。
風魔法で、俺の声がティナに、ティナの声が俺に届くようになっている。
声は空気を震わせることで届いているので、その空気を操れば小さな声でも遠くにいる人に届かせることができるらしい。
そこら辺の仕組みを俺はよくわからないが、ティナがアンネ団長に教わったようだ。
「なあ、店主さんよ」
「ん? なんだお前、見ない顔……というか、顔が見えねえな」
俺は先程の小さな声ではなく、この騒がしい店内でも目の前にいる店主に聞こえる声で話しかけた。
「ちょっと昔、顔に傷を負ったんだ。醜いから見ないほうがいいぞ」
「……まあいい。それで、なんだ? 注文か?」
おそらく嘘と気づいているが、店主は話を続けてくれる。
「いや、注文はいい。ちょっと話をな」
「酒場に来て酒も頼まない奴と話すことはないぜ」
「……じゃあ一番度数が低い酒を」
「はいよ」
酒を飲むために来たわけじゃないんだが、話を聞けないのなら頼むしかない。
しばらくすると木製のジョッキに入った酒が、俺の前に置かれる。
取手を持ち、軽く飲む。
度数が低いからか、フルーツ系の味が強い。
「この国には初めて来たんだが、良い国だな」
「そうなのか。見るからに旅人のような格好をしているからそうだとは思ったがな」
とりあえず情報を引き出すために、世間話からし始める。
「他の国はもっと殺伐としていたぞ」
「ハルジオン王国は今の陛下が強いからな。挑む奴が他の国とはあまりいねえんだろ」
旅人という設定だから、他の国にも行ったことあるという感じで言った。
魔族の国は強い者こそ上に立つというもの。
強ければ、地下街生まれでも王になれるのだ。
それは、前世でフェリクスが証明している。
「たしか、セレドニア陛下だったか?」
「ああ、そうだ。前までは戦いにすら挑まれていなかったんだが、最近はちょっと挑まれ始めているな」
「ほう、そうなのか」
「挑まれ始める前に、一回セレドニア陛下は負けたんだ」
「じゃあ国王が変わるのか?」
「そのはずだったんだが、その陛下を倒した奴が死んだみたいなんだ。噂では誰かに殺されたとか」
うん、知っている。
というか俺が殺した。
「そうだったのか。だがそんなことがあったとは思えないほど、この国は落ち着いているようだな」
「ああ、『陛下は一回負けたんだから退位しろ』みたいなことを言ってた奴もいたが、『それだったらお前が陛下に勝ってみろ』、でそんな奴らは黙る」
「弱い奴らだな」
「口だけの奴らは、この国では上には立てないからな。だが王都ではもう落ち着いたが、王都の周りにある村とかが襲われているようだ」
「その話は聞いたことがあるな」
クリストの護衛として、この国に来たときにその襲われてるところを見つけて、助けに入った。
「だから王都を出るときは気をつけろよ」
「忠告感謝するよ。まあもう少し王都を観光してから出て行くから、その頃には落ち着いているといいんだが」
「どうだろうな、陛下も対策はしていると思うが、この国の領土は結構大きい。すぐには落ち着かないだろうな」
「そうか、まあ気長に待つよ。この国は観光できるところはいっぱいありそうだからな」
「そうだな、商店街も面白いものが売ってたりするし、見世物もいろいろある」
店主はそういうのを見るのが好きなのか、オススメのお店や見世物などを教えてくれる。
適当に相槌を打ちながら聞いていく。
「あそこの曲芸士は見たほうがいいな、あれは度肝を抜くぞ」
「そうなのか、それは見に行きてえな。色んなところ見に行きたいからな……あ、そうだ、この国で行かないほうがいい場所とかあるか?」
「はっ? なんでそんなこと聞くんだ?」
「観光してて間違えてそういう場所に行ったらまずいだろ。前にそういう所に行ったときは危ない思いをしたからな」
「なるほどな」
店主は思案顔で、行ってはいけない所を話してくれる。
「まずは地下街はダメだな。あそこは行っても何もないし、地下街に住んでる奴らに手荷物を狙われる」
「地下街か、他には?」
「この国は地下街以外にそういう所はあまりないが……強いていうなら貴族街には行かない方がいい。お前みたいな怪しい奴が行ったら、まず捕まるぞ」
「ふっ、そうだな」
軽く笑って相槌を打つと、俺の耳に店主のものじゃない声が響く。
「エリック、こっちは調べ終わったよ。先に出てるね」
店主や他の人には聞こえない、俺にしか届かない声。
「わかった、すぐ向かう」
俺もさっきまで店主に話していた声の大きさではなく、ティナにだけ届く声で呟いた。
フードを被っているので、店主から俺の口元は見えないから、呟いたのは気づかないだろう。
「ありがとうな店主さん」
俺は頼んだ酒の代金と、良い話を聞けたという意味で上乗せして金を払った。
「はいよ」
「また観光してから来る。そのときは見世物の話でもしよう」
「ああ、待ってるぜ」
そして俺はフードをもう一度深く被り直し、店を後にした。
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