第111話 最初に向かう国は
「まず向かう国は、ハルジオン王国です」
スパイ任務に向かう三日前ほどに、イェレさんに言われたことだ。
「ハルジオン王国、ですか……」
前におっさんに言われたことを思い出す。
おっさんが気持ち悪いぐらいにエレナさんに問い詰めて、ようやく聞いた出身地。
頭文字が『は』の国か街。
つまり、ハルジオン王国が含まれている。
もしかしたらエレナさんは、ハルジオン王国にいるのかもしれない。
だからハルジオン王国には行きたいとは思っていた。
……他にも、俺個人として会いたい人がいるからっていうのもある。
だがハルジオン王国に最初に向かう理由はなんだろうか。
俺やエレナさんのことを考えてくれた、ではないはずだ。
「なぜハルジオン王国に?」
「あなた達がスパイ任務に出発して、一週間後。レオ陛下とクリストファー王子が、ハルジオン王国に出発します」
「……はっ?」
レオ陛下とクリストが、ハルジオン王国に行く?
一体なぜこんな大変なときに?
「王子に聞いたのですが、エリック君とビビアナさんが帰ってこれたのは、ハルジオン王国のイレーネ王女のお陰ということですね?」
「っ! はい、そうです」
そうだ、俺たちがフェリクスの妹のニーナがいた村を出発しようとしたとき、イレーネが来た。
俺は今世で初めて会った彼女を見て泣きそうになっていたが、彼女の口から放たれた言葉で涙は引っ込んだ。
イレーネからそこでベゴニア王国が急襲されていると聞き、異常事態に気づいたのだ。
「急襲がきたときに魔道具で連絡したのですが通じなかったので、なぜ事態に気づいて帰ってきたのか不思議でしたが、それを聞いて納得しました」
リベルトさんもイレーネの言葉を聞いて魔道具で連絡しようとしていたが、何かに邪魔されて通じてなかった。
イレーネが来てなかったら、俺とビビアナさんは戻れなかった。
あのままだと前世と同じように、ベゴニア王国が滅んでいたかもしれない。
リンドウ帝国はそこまで強くなかったが、エレナさんが起こしたという三度の爆発でベゴニア王国は結構危ない状況にまでいった。
ビビアナさんがいなかったら、もしかしたら終わってたかもしれない。
俺は……エレナさんにやられてしまったので、戻った意味がないといっても過言ではない。
多少は裏門の戦いで活躍したが、その後はすぐに戦線離脱してしまった。
「エリック君、大丈夫ですか?」
「あっ……はい、すいません」
まずい、そのときのことを思い出して呆然としていた。
しっかり気を引き締めないと。
「……あまり過去の失敗を引きずらないように。失敗を糧に、次の成功に繋げてください」
「っ! はい、わかりました。ありがとうございます」
俺が何を考えていたのかバレているようだ。
イェレさんの言葉をしっかりと聞き留め、気持ちを切り替えないと。
「ハルジオン王国に助けてもらったと言っても過言では無いので、レオ陛下が直接お伺いしてお礼を申し上げると言っているのです」
「直接、行くのですか?」
「はい……この大変な時期に」
イェレさんはため息をつきそうだったが、ギリギリで止めていた。
「さすがに今回は止めるように言ったのですが、『イェレがいればこの国は大丈夫だ』ということでした……」
「……頑張ってください」
言われたときのことを思い出したのか、今度こそため息をついた。
「護衛としては兵士が五十人ほど、それを率いるのがアンネ団長です」
「それは、多いのですか?」
「限りなく少ないです。陛下、それに王子もいるとあれば倍以上の兵士が必要でしょう」
そうだよな。
友好的な国だとしても、他国に陛下と王子が行くのにそれだけの護衛の数は少ない。
アンネ団長がいたとしても……せめてリベルトさんかビビアナさんもいれば。
――っ! まさか……!
「囮、ですか?」
「……察しが良くて助かります」
イェレさんはその問いかけに肯定した。
いや、まさか……国の一番の人が、囮になるなんて……!
「陛下と王子がハルジオン王国にお伺いするということは、まだ公表されていません。しかしあなた達が任務に出発した日にするつもりです。そしてそのとき、リンドウ帝国や他の国がどう動くかを調べてください」
やはりそうなのか。
レオ陛下が護衛も手薄でハルジオン王国に行くということを公表すれば、陛下を殺したかったリンドウ帝国や、それ以外の国が暗殺をしにハルジオン王国に来るかもしれない。
……もしかしたら、ハルジオン王国にいるかもしれないエレナさんが、依頼を受けて暗殺しに来ることもありえる。
あの人は本業は暗殺屋だと言っていたからな。
リベルトさんもビビアナさんも護衛に連れていかないのは、囮として陛下が狙いやすくするためなのと、あとはベゴニア王国がまた襲われたときに対応できるようにだ。
あの二人がいれば、勝てない戦いはほとんどないだろう。
「陛下が到着するまでにリンドウ帝国が動くかどうかなどの情報収集、陛下を狙う輩がいたとしたら……始末をお願いします」
「わかりました」
そんな奴がいたら、陛下が着く前に俺たちが対処しておいた方がいいだろう。
だがそこに、エレナさんが来たとしたら……。
戦うかもしれないが、俺たち三人なら殺さずに捕らえることができるだろう。
そこで話を聞けるかもしれない。
エレナさんに来て欲しいような、来て欲しくないような……。
どちらとも言えないな。
来たらあの人が暗殺屋として動いているということだから。
そしてやはり俺個人としては――ハルジオン王国に行くのなら、イレーネに会いたい。
積極的に会いに行くことは無理だろうが、できるのならば……。
そう思わずには、いられなかった。
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