第95話 約束


「エリック! 早く早く!」

「待ってくださいよ、エレナさん」


 俺とエレナさんは、休みの日を使って街に遊びに来ていた。


 まだこの王都ベゴニアに来て日が浅いから、俺はあまりこの街に詳しくない。

 それをエレナさんに雑談をしている時に伝えたら、案内してくれるということになった。


 お互いに私服で街に出掛けている。


 仕事で街の見回りや、ギルドなどの建物の警護をしているが、お店などに寄ったり何かを買ったりなどはしたことがない。


 エレナさんは長いこと王都に住んでいて、一人で散歩などを結構しているらしい。


「やっぱり王都だから色んなお店があって面白いよね! 僕が元々住んでたところはこういうのがなかったから、王都に来て良かったなぁって思うよ!」


 俺の隣でそう言いながら嬉しそうに笑顔を見せるエレナさん。


 実際俺も前世合わせてもあまりこういう街を歩き回ったことはない。


「案内はお願いしますね」

「任せて、僕のおすすめなところ全部回るからね」

「ぜ、全部ですか……」

「全部! だから急いで行くよエリック!」


 エレナさんはそう言って俺の手を取って、少し小走りをしながら楽しそうに先を行く。


 今日は休みの日なのに少し疲れるだろなぁ、と思いながらも、笑顔で俺を見てくるエレナさんに釣られて口角が緩んでしまった。



 その後、いろんな所に連れて行ってもらった。


 やっぱり一人で散歩をしているだけあって、美味しい物が売ってるお店などをいっぱい知っていた。

 それらを買って食べながら次の食べ物のお店に向かったりした。美味しかったけど、最後の方はお腹いっぱいだった。

 エレナさんはまだ余裕そうで、意外と大食いなことを知った。


 服のお店などにも行った。

 俺が選んで試着した服はエレナさんやお店の人に微妙な顔をされた。なぜだ。

 俺の服はエレナさんに選んでもらった。


 エレナさんも試着をしていて、全部似合っていた。

 やっぱり俺の服も選んでくれたし、服のセンスが良いんだろうなぁ。


 そしてここで少し事件が起きる。


「お客様、こちらもどうですか? 絶対お似合いになると思いますよ」


 そう言って女性店員が勧めてきたのは、スカートだった。


 いや、まあ、気持ちはわかる。

 俺も最初は間違えたし。

 だけど、な……。


「あ、すいません。僕、男なんですよ」

「……えっ?」


 その言葉に店員の方の動きが止まった。


「う、嘘ですよね?」

「本当ですよ」


 苦笑いしながらそう答えたエレナさん。

 その会話を聞いて、他の店員の人が近づいてきた。


「ごめんなさいねエレナちゃん。この子新人で、貴方のこと知らなかったのよ」

「全然大丈夫ですよ」

「す、すいませんでした!」


 勘違いしてしまった店員さんが焦った様子で謝り始めた。

 エレナさんは全く気にした様子もなく笑顔で対応している。


 常連だから他の店員には女性だと勘違いされていなかったのだが、新人の方には勘違いされてしまったようだ。


「だけどエレナちゃん本当に可愛いわよね、肌も綺麗だし。ね、一回スカート履いて女の子の格好してみない? 可愛いと思うわよ」


 新人の人に注意をしながらも、その店長さんは悪ノリしてそう言ってきた。


「えー、店長さんも何言ってるんですか」

「いいじゃない、減るものじゃないし」


 エレナさんはなんだかんだ押されて、さっき間違えて持ってきたスカートとそれに合う服を新人の方が持ってきてくれて、試着室に押し込まれてしまった。

 多分新人の方が落ち込まないように、店長さんとエレナさんが気を利かしてそんな流れになったのだろう。


 そして試着室のカーテンが開かれ、女装したエレナさんを見た。

 膝が隠れるくらいの黒のスカート、そしてちょっとなんか、ふわっとした模様が入っている白ニット。


「可愛いですお客様!」

「やっぱり似合うわね、エレナちゃん」


 シンプルだが、エレナさんの魅力がしっかりと引き出されている。

 男性なのに、ここまで女装が似合うというか、可愛くなるのはエレナさんしかいないんじゃないかぐらいに。


「エリック、どうかな? 引いてない?」

「いや、引かないですよ。似会いすぎててビックリです」

「あはは、褒められてるのかわからないね」


 そうか、男性に女装姿が似合ってるって言っても褒め言葉としては微妙か。


「まあ似合ってないって言われるよりはいいかな。ありがとう、エリック」


 スカートをふわりと浮かせながらそう言って笑ったエレナさん。

 その姿は少し失礼だが、女性にしか見えなかった。



 そしてそんなことがありつつも、エレナさんのおすすめを全て回っていった。


 全部回り終わり、日も暮れてきた。


「今日はありがとうね、エリック」


 帰り道、あのお店で買った服を片手に持ちながらそう言ってきたエレナさん。

 スカートはさすがに買わなかったみたいだ。


「いえ、お礼を言うのはこっちですよ。ありがとうございます」

「エリックと一緒に遊ぶのが楽しくて、いろいろ連れ回しちゃったね。疲れてない?」

「大丈夫ですよ、訓練してますから」


 まあ訓練とは違う疲れが少しあるが、それを口にするほど空気は読めなくない。


「ふふっ、本当は疲れてるくせに」

「えっ? いや、その……」

「あっ、本当に疲れてるんだ? 嘘ついたなぁー」


 心を覗かれたのかと思って動揺したのだが、まさかのカマかけだった。


「ひどいですよ、エレナさん」

「ふふっ、ごめんね。エリックは優しいからね」

「まったく……」


 俺たちは遊び帰り、笑いながら寮に戻った。


 とても楽しく、また遊びに行こうと約束した。



 ◇ ◇ ◇



 ――エリックは優しいから、僕と戦うときに動揺すると思ったんだ。だからこんな簡単に倒せたよ。

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