第85話 お前らが悪い

 目の前が真っ白に染まり、一瞬の浮遊感。


 そして地に足が着き、光が収まるとそこはさっきまでいた魔族の村ではなく、建物の中だった。




 周りを見渡す。


 右隣には俺と同じく、魔道具を使って転移したビビアナさんがいる。


 ここはどこかの建物の室内。


 結構広く、綺麗なソファや机などが置いてある。




「ほへー、本当に戻ってきちゃった」


「ビビアナさん、ここは?」


「どこの部屋かわからないけど、多分王宮だね」




 やっぱりか。


 俺もこの部屋に来たことはないが、この豪華さなどは見覚えがあった。




 部屋を見渡していると、大きな窓を見つける。


 急いで近づき、そこを開ける。




 ここは王宮でも上の階にある部屋のようだ。窓から王都が一望出来る。


 そこから見た王都はもう、戦場と化していた。




 至る所から火が上がっていて、建物が崩れ落ちている。


 そして窓を閉めていた状態だと聞こえていなかった、戦いの声や叫び声が聞こえてきた。




「これは、ひどいね。負けそうになってるよ」




 後ろから窓の外を見たビビアナさんの声が聞こえた。


 いつものダラけたような声ではなく、少し引き締まったような声だった。




 王都を見る限り結構攻められている。


 だがまだ負けていない。


 まだ、戦いは終わっていない。




 すぐに救援に行かないと!




 どこに行けばいいかをすぐに判断しなければならない。


 相手の魔族の兵士とこっちの兵士、服で見分けがつく。




 それをここから見る限り、今の戦場の前線は王宮の真ん前だ。


 多くの兵士が戦い、血を流し倒れている。




 こちら側は、裏門か。


 裏門でこれだけの相手の兵士が来ているということは、正門はもっと来ていると思われる。




「ビビアナさん、正門の方を任せてもいいですか?」


「もちろん、私がそっちに行くよー」




 俺とビビアナさんの力を比べると、一対一をやれば俺が勝つだろう。


 しかし、多数と戦うときはビビアナさんの方が活躍できる。




 魔法を一発放って、何十人、何百人という数を殺せるほどの威力を持っている。


 俺もその数と戦うことはできるが、何十分かけて一人ずつ剣で斬って百人倒すのと、一発の魔法を放って百人倒すのでは、圧倒的に後者の方が強い。




 だから相手の兵士の数が多いであろう正門の方に、ビビアナさんを行かせる。


 女性に大変な方を任せるというのは心苦しいが、適材適所だ。




「お願いします。あと、王宮の中にもうすでに敵がいる可能性があるので、気をつけてください」


「わかってるよー」


「レオ陛下は……簡単にやられるとは思いませんが、万が一襲われていたらそっちを優先するべきなのかと」




 この国の王、レオ陛下が殺されてはこの国は完全に敗北してしまう。


 相手の狙いは王都を堕とすこと、そしてレオ陛下の首だ。




「いや、それはしなくてもいいと思うよー」


「えっ、なぜですか?」


「レオさんがいつも言っているのは、『俺より民を守れ』。だからレオさんは守らなくていいんだよー」


「いや、守らなくていいわけじゃないと思いますが」




 だけど、そうか。


 あの人ならそんなことを言いそうだ。




 じゃあ、王宮の中を通る必要はないか。




「じゃあ行きましょう。ビビアナさんは正門に行ってください。俺は、裏門に行きます」


「はーい。じゃあ頑張ろうね、エリックちゃん」


「もちろんです」




 俺はもう、怒りが収まらないんだ。


 この国を襲いにきた、王都に甚大な被害を食らわせたことも、俺を怒らせた原因だ。




 だが一番イラつかせたのは、イレーネと話す機会を無くしたことだ。




 俺が十六年、一日たりとも忘れたことはない、何度も何度も会いたいと願っていたイレーネと遂に会うことができた。




 なのに、お前らが来たことによって、戻らなくちゃいけなくなったんだよ。




 俺を戻したクリストの判断は間違っていない。


 だが、無駄に恨んでしまうのはなぜだろうな。


 せっかく、夢にまで見たイレーネと会えたのになんで俺を戻すんだ、と思わなかったと言ったら嘘になる。




 そんなことを思いたくないのに。


 理屈ではわかっているのに、俺の心がそれを納得していない。




 親友のクリストにそんなことを思いたくなかった。


 あいつがこっちに戻ったら、言わないといけないな。


 苦笑しながら、なんで俺を戻したんだ、と。




 どうせ俺がイレーネのことが好きなんてバレてるんだから、そのくらいの嫌味は言っていいだろう。




 そして、それを笑いながら言うためには、この国を守り通さないといけない。




 もともと、お前らが来なかったらクリストにそんな嫌味を言わずに済んだし、イレーネともしっかり話すことができたんだ。


 つまり、お前らが全部悪い。


 俺がこんなことを思ってしまうのは、人間なんだから仕方ない。




 だから、絶対に許さない。




 俺は窓枠に足をかけ、跳んでそこに立つ。


 大きな窓枠だから、立っても頭は上に当たらない。


 そして、隣にビビアナさんも立つ。




「じゃあ、行きますか」


「うん、行こうかな」




 そして、一緒になって飛び降りる。




 俺は王宮のところどころ出ている屋根などに着地しながら地上の戦場へと向かう。


 不敬罪などで訴えられるような行動だが、緊急事態の今なら大丈夫だろう。




 ビビアナさんは俺の隣に飛び降りるまではいたが、もういない。


 おそらく、浮遊魔法で正門へと行ったのだろう。




 そして俺は地上へと降り立ち、裏門の戦っているところまで行く。




 俺が行く途中、戦場に氷の壁ができたのを確認した。


 あれができるのはこの国の兵士だったらアンネ団長か、ビビアナさん、そしてティナくらいだろう。




 あそこに、ティナがいるのか。まだ戦っている、生きている。




 そして戦場に着いた。


 この国の兵士がいっぱいいるが、ほとんどの人がもう魔力が切れて動けていない。


 もう皆、絶望の顔を浮かべている。




 その中でティナは、氷の壁の方を睨んでまだ戦おうとしている。




 それを見てなんだか嬉しいのだか、安心したのか、少し笑ってしまう。




 今までティナと出会ってから一日も離れたことがなかった。


 これだけ離れたのは初めてだから心配していたが、元気そうで安心した。




 そしてこれだけの絶望を受けてもまだ戦おうとする強さを持っているのが、ティナがやっぱり強いことを示している気がして、なんだか嬉しくなった。




 良かった、ティナが生きていて。


 また、俺は失うところだった。




「ティナ、よく頑張った」




 後ろから声をかけ、肩に手を置く。




「――エリック!」




 嬉しそうに俺の方を見てそう言ったティナに、安心させるように。


 そして自分自身に、誓いを立てるように。




「ああ、待たせた。あとは俺に任せろ」


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