第56話 再会



 俺の記憶にあるクリストの顔とは少し違う。

 あの頃は無精髭が生えていて、髪もボサボサだった。

 多分国が潰れて逃げてきたから、格好など気にしている場合ではなかっただからだろう。


 今俺の目の前にいるのは、しっかりと金色の髪を整えて、髭も無く、普通にイケメンの青年――王子の雰囲気があるクリストだった。


「親父、俺の名前を間違えんじゃねえ。俺はクリストファー・ベゴニアだ。レオなんて入ってねえ」


 聞き覚えのある、少し低い声。クリストは親父であるレオ陛下を睨みながらそう言った。


「なんだと! ミドルネームに親の名前を入れるのが普通だろ!」

「親父の名前なんて入れたくねえよ」

「俺は入れたい!」

「俺は入れたくない」


 二人は額がぶつかりそうなほど近づいて言い合っている。


「本当はクリストって名前が良かったんだ。ファー、なんて入れなくてもいいだろ」

「マリナがクリストという名前をつけて、俺がファーを入れたんだ」

「ああ、母上から聞いてるよ。だからお前が変なことしなければ、俺はクリスト・ベゴニアだったんだ」

「親に向かってお前とは何事だ!」

「親父にだけだよ、こんな言い方するのはな」

「むっ……特別扱いということか、それならいいだろう」

「お前本当にアホだな……」


 クリストが諦めたようにため息を吐いて言い合いは終わった。

 まあ、今のはちょっと陛下が強すぎたな……バカ度合いが。


「お久しぶりです、クリストファー様」

「おう、イェレ。久しぶりだな。あと俺はクリストだ」

「いえ、貴方様はクリストファーというお名前です。陛下を説得したのであれば、そうお呼びします」

「それがいつになるかだがな……」

「絶対に認めないぞ!」

「うるせえよ」


 多分この国でここまでレオ陛下のことを存外に扱えるのは、息子であるクリストだけだろう。


「お前は?」


 クリストが俺の方を見て、問いかけてくる。


「えっと……」


 俺はクリストにここで会えると思ってなかったので、少し混乱して言葉が詰まってしまった。


「彼はエリック・アウリン。一昨日に騎士団へと入団して、本日は王子の護衛をしてもらう者です」


 イェレさんが俺の様子を見て代わりに言ってくれた。

 少し落ち着かなければ……。いきなりのことでびっくりしてしまった。


「は、初めまして、クリスト……様。エリック・アウリンです。本日はよろしくお願いします」


 危うく前世と同じように呼び捨てにしてしまうところだった。

 あ……というか、本当はクリストファーって言うべきなのか。

 やはりまだ混乱してるから間違えてしまった。


「むっ……エリックよ、こいつの名前は――」


 レオ陛下が不機嫌そうにしながら喋ろうとしたが、


「いやー、そうだよ! 俺はクリストだ! お前いいやつだな!」


 クリストはそれを遮るように大声で割って入って、俺の肩に腕を回してきた。

 嬉しそうにとてもいい笑顔で、いきなり肩を組んできたからビックリした。


「俺をクリストって呼んでくれるのは今まで母上しかいなかったからな。これから俺を呼ぶときはクリストでいいからな」

「は、はぁ……わかり、ました」


 離れてからまたクリストは話を続ける。


「というか、結構若くないか? 何歳だ?」

「十六歳だ……です」

「へー、俺と同い年か。ん? 騎士団って十八からじゃないと入れないんじゃないのか?」

「エリック君は私が推薦したんです。とても強いので」


 イェレさんがとても簡潔に説明してくれた。

 自分で推薦されたって言うのは恥ずかしいしな。


「へー、強いのか。どのくらい?」

「そうですね……リベルトの『酔剣』に勝つぐらいですね」

「はあ!? リベルトのアレに!? この前、俺はボコボコにされたぞ……」


 リベルトのすいけん……? あれか? あの副団長と戦ったやつか?

 だがあれは途中であいつが吐いたから勝負はついてないが……。


「俺と同い年でそんだけ強いのか。すげえな」

「あ、ありがとうございます……」


 なんか親友のクリストに普通に褒められたことなんてあまりなかったから、少しむず痒い。


「というか、タメ口でいいぞ。なんか慣れてなさそうだし」

「あ、いや、その……」


 敬語に慣れてないわけではないが……お前に敬語を使うのに慣れてないだけだ、なんて言えない。


「しかも同い年だろ? 王族とかそういうことはどうでもいいから――友達になろうぜ、エリック」

「――っ!」


 その言葉を聞くと、俺の胸には熱い想いが込み上げてきた。



 先程クリストを見たとき、少し期待してしまった。

 俺のことを覚えていないか、と。


 覚えてるわけないと理性が叫んだ。それが普通だ。

 俺がなんで前世の記憶があるのかわからないが、これは俺だけだとなんとなく理解していた。


 だが理性がそう叫んでも、俺の心は認めたくなかった。

 もしかしたらクリストは、俺と過ごした日々を覚えているかもしれないと期待していた。


 しかし――その淡い期待は、ことごとく砕け散った。


 クリストの目を見てわかった。俺のことなんて知らない。

 それが普通だ、今日初めて会うんだから。

 しかしそれでも、俺はバレないようにしたが少し……いや、かなり心を痛めた。


 ティナの時はほとんど赤ちゃんの頃だったから、それからすぐに仲良くなって、ティナが俺の記憶を持ってないと思っても特に心が痛むことはなかった。


 しかし、クリストは俺と同い年で十六歳だから、何かの拍子で俺のことを思い出していないかと考えてしまったのだ。

 だがやはり、クリストは俺のことを覚えてなかった。


 仕方ない、当たり前だと思ったが、それでも期待した分傷つてしまった。


 だが……そうだな。

 お前はそういう奴だったな。


 今クリストが言ったこと……その言葉は前世の時も言われた。


 貧民街で俺達は出会ったが、俺はお前と会ったときは絶望の淵にいた。

 村が滅びて、村のみんな、親父、母さん、それにティナ、その時の俺は全てを失っていたのだ。


 餓死しそうになっていたが、俺はそれでもいいと思っていた。

 これでもう苦しい思いはしない。ティナ達のところに行けると思っていた。


 しかし、そこにクリストが現れて俺を助けてくれた。


 それからお前は死んでもいいと思っていた俺にいつも絡んできた。

 最初は鬱陶しいと思っていた。しかし、久しぶりに人と喋るのは楽しいとも思った。


 その時にお前が言ってくれたんだ。


『友達になろうぜ、エリック』


 この言葉に――俺がどれほど救われたか。


 クリスト、お前もその時は絶望にいたはずだ。ベゴニア王国が滅びて、お前も家族を失ったと言っていた。

 それなのに、お前は貧民街の子供達や俺に、少ない食料を分けてくれた。


 お前ほどの人間から、俺は友達になろうと言われた。


 あの時の言葉を、俺は忘れたことはない。



「――おい、どうした!?」

「えっ……?」


 いきなり目の前にいたクリストに肩を揺らされてハッとした。

 どうやら前世のことを思い出してぼうっとしていたらしい。


「お前、なんで泣いてんだ?」

「――っ!」


 言われて気づいたが、頰に涙が流れていた。


 恥ずかしい……側から見たらただいきなり泣いたやつじゃねえか。

 俺は急いで涙を拭く。


「い、いや、なんでもない……」

「そうか? で、どうなんだ? 友達になってくれるのか?」


 その言葉に俺はまた涙が出てきそうになるが、なんとか止める。


 前世でも……今世でも。やっぱりお前はお前だな、クリスト。


 俺の答えは決まっている。

 前世と同じように――まずは、こう応えよう。


「『いいのか……? 俺なんかで』」

「『いいに決まってる。俺がお前と友達になりたいんだ』」


 クリストは記憶がないはずなのに、あの日と同じように言った。


 それがとても嬉しく、ついつい笑顔になってしまう。


「『クリスト……俺もお前と友達になりたい。これからよろしく頼む』」

「『ああ、よろしくな、エリック!』」


 俺達は固く握手をする。


 あの日とは、場所も時間も違う。

 きっと、あの時よりお前は軽い感じで言っただろう。


 しかし――それでも、お前とは『親友』になれると思うよ、クリスト。

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