第53話 夜の訓練場


 ――イェレミアスside――


 エリック君に部屋替えのことを伝えた後、私は魔法騎士団の方の訓練場に向かった。


 今日の訓練でティナさんが魔法騎士団の入団が決まった、と聞いたので、アンネにその話の詳細を聞こうと思ったのだ。


 騎士の皆が寝静まった夜中、アンネがどこにいるかなどは一部の人しか知らない。


 訓練場に向かう途中にも、少し物音が聞こえた。

 やはりアンネは今日もやっているらしい。


 訓練場に着くと、広いこの場所で一人ただ魔法を唱えている者がいる。言うまでもなく、魔法騎士団団長のアンネだ。


 彼女は朝から昼間、それに夜までも色々な仕事で予定が埋まっている。

 訓練などやる暇はないのだ。


 だからこそ、普通なら寝ないといけない深夜の時間帯に訓練をする。


 アンネは私から言わせてもらうと、天才気質ではありません。

 もちろん普通の人より才能はあると思いますが、確実に努力の人です。


 団長として忙しいにも関わらず、彼女が訓練を欠いた日を私は見たことがありません。

 だからこそ魔法騎士団団長が務めるのでしょう。

 私も彼女の影響を受けて、暇があれば訓練をしています。


 私が彼女に近づいていくと、すぐさまこちらに気づく。

 魔法は発動はしないが、魔力制御をしながらこちらを振り向く。


「いつもお疲れ様です、アンネ」

「ありがとう、イェレ」

「今日はいつもより訓練に熱が入っていますね」


 毎日影から見ている私にはすぐにわかりました。

 ……ストーカーじゃありませんよ? 私の執務室に行くついでに寄る程度です。


「わかるかしら? 今日、新しい才能の塊が入ってきちゃってね。負けてられないわ」

「それは……ティナさんのことですか?」

「ええ、そうよ」


 彼女は少し苦笑いしながら頷く。

 彼女にこんな顔をさせるとは……ティナさんは何をしたのでしょうか?


「どんな試験をしたのですか?」

「普通の試験しかしてないわ、魔力制御、解放、そして魔法発動。それを見ただけ」


 アンネは朝のこと思い出しながら話し続ける。

 気のせいか、魔力制御が乱れたかもしれない。


「それを見た限り、十八歳が到達しえない領域だったわ。あれでほとんど魔法の教えを受けてないなんて思えない」

「エリック君に教わったと言っていましたが……数年前からは教えてないと言ってましたね」

「そう、彼女の成長はそこで一度止まっている。それなのに、あれだけの力を持っている……控えめに言って凄まじいわ。成長が止まったと言っても、これから教えればまだまだ成長する」


 アンネが左方向を見て、そちらに歩いて行く。私はその後をついていく。


「これはティナが魔法を発動したときにできた形跡よ」

「……っ! すごいですね……」


 そこは地面が陥没していた。

 横に五メートルほど、深さは三メートルほどでしょうか。


「これが……ティナさんの中級魔法の力ですか」


 確かにこれは普通だったら上級魔法ほどの威力でしょう。


「いいえ、これは『小爆発バースト』、ただの火属性の下級魔法よ」

「っ! 本当ですか?」


 まさか上級魔法と下級魔法がほとんど同威力になるとは……!


「私、それにビビアナでも上級魔法の威力を中級魔法で越えることはできるわ。だけど、下級魔法が上級魔法と同等の威力はちょっと難しいわね」


 アンネは少し悔しそうにしているが、嬉しそうにも見える。


「私より十歳くらいも若いのに、あれだけの力を持っているのには正直嫉妬したわ。だけど……魔法にはもっと可能性があると再認識できた。なら、私はそこに到達するために努力するだけよ」


 アンネはそう言ってまた魔力制御を本格的にやりだした。


 彼女がすごいと思うところはそこです。

 どんなに逆境でも諦めない心、その向上心が何よりも素晴らしいと思うのです。

 その心が彼女を成長させたと断言できます。


 しかし……気になる点が一つ。


「アンネ、あなたは三十三歳なので五歳もサバを読むのは少し無理があるかと……」

「うるさいわね! ちょっとボカしただけよ!」

「五歳差をちょっとと言うのでしょうか?」

「いいでしょそのくらい! それに私は世間では二十歳前半と言われてるくらい若々しいの!」

「自分で言うことですか?」

「黙りなさい! だからあなたは空気を読めないのよ!」


 今ここで空気が読めないというのは関係あるのでしょうか?



 最後にアンネを怒らせてしまい、私は追い出されるようにして訓練場を後にした。


「ははは、見てたぜイェレ。ナイスボケだったぞ」


 執務室に繋がる廊下で、暗闇の中から一人の男が現れた。


 騎士団副団長――リベルト・コラーレス。

 ベゴニア王国騎士団、最強の騎士。


 本気を出せば恐らく、十人以上の騎士を同時に相手して圧勝することができるほどの実力者だ。


「リベルト、なぜあなたがここに?」

「ただの散歩だ。やっと気分が治ったからな、夜風を浴びて明日に備えてんだよ」

「まずあなたは二日酔いするほど飲まないようにしなさい」

「はっ、それは出来ない相談だ。だがまあ、今日はほどほどにしておこう」


 さすがに今日の訓練で吐いたのがキツかったのか、いつもはウイスキーボトルを持っているが今は持っていない。


「エリック君はどうでしたか? 戦ってみた感想は」


 吐いた原因はエリックくんとの激しい戦闘だと聞いている。


「まあ少し想像以上だったな。実力はある、吐いて戦いは中断したが、あのままやってたら負けたのは俺だろうな」

「やはりあなたの『酔剣すいけん』では敵いませんでしたか」


 リベルトしかできない技、『酔剣』。

 ふざけて見えるようだが、あれはとても強い。

 フラついて重心を読みづらいので、どこから攻撃するのか、どう避けるのかが相手に悟られないのだ。


「ああ、もしかしたら全盛期の俺並みかもしれないな」

「っ! あなたにそこまで言わせるとは……」


 リベルトは実力を見抜くのには相当長けている。

 その彼が自分の全盛期ぐらい強いと言えば、エリック君は本当にそれほどの実力があるのだろう。


「しかもあいつ、まだ伸びるぜ。あの若さであれほどの実力があれば慢心してもおかしくないんだけどな。あいつにはそれが見えなかった。まだまだ上を目指すと意気込む目をしてたぜ」

「……そうですか」


 リベルトは楽しそうに笑いながら私の隣を通って歩いていく。


「騎士団最強という肩書きが無くなるのか、少し寂しくなるな。まあ俺が考えたわけじゃないがな」


 そう言って私の前から去っていった。

 私も彼の姿が見えなくなってから、執務室へと足を運んだ。


 

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