繰り返す歴史は最良を辿らない

 最近知ったのですが1989年12月28日に発売されたPCゲームにこの作品に出てくる『帝国』と全く同じ名前の国があるみたいですね。安直な考えはかぶりを生む、今回の教訓の一つです。内容は別物ですし、法的に問題はなさそうなので修正はしませんが。

 今回は飛行機を降りたところからです。





 飛行機から降りてバスに乗り換えた一行は車内で雑談をしている。


「ふう、長旅だったな」


「昔に比べたらずっと早いですよ。だって時速3,000kmですよ?」


「そりゃあ分かってるって。で、早速疑問なんだがなんで赤城さんがいるんだ?」


 事前に聞いた話では来ないはずじゃなかったのか?


「ん、俺か? 一緒にいけないとは言ったけど行かないとは一言もいってなかったと思うんだけど」


「そりゃあ屁理屈ってもんですよ。まあ別に予約が必要とかじゃないから大丈夫ですけど」


「俺の言い方が悪かったなすまん」


「いいですよ。別に困ることじゃないですし。それに、こちらも多い方が何かと都合がいいでしょう?」


 なぜだか知らないが鈴木は未だに警戒している。赤城は冗談まじりに茶化す。


「ケンカすんなよ鈴木」


「いやいや、流石に刺されそうになったら抵抗しますよ」


 冗談のはずなのに鈴木は結構本気だ。なんと言うか、鈴木は40過ぎても血の気が多い。


「俺が聞いた話ではそんなことねえから平気だよ。ほら、次だ。ボタン押してくれ鈴木」


「ポチッとな」


 一行はバスを降りて目的地の病院へと入っていった。






「おう、来たか。久しぶり……と言うべきか。初めましてと言うべきか、まあいい。俺はオスカーだ。先の大戦では世話になったな。会えて嬉しいよ」


「元帝国海軍航空母艦仙龍288航空隊第2中隊所属赤城だ。今は旭日エアラインで飛鳥のパイロットをやっている。今日はよろしく」


「ニクソンです。あの戦いでは『ピジョン』に乗ってました。えーと、俺はなんで呼ばれたんですかね? 最初はオスカーだけだったらしいですけど」


「あー、それはどうしても赤城が来て欲しいって言ったからだ。予定を潰しちまったならすまねぇ」


「え? 赤城さんが呼んだんですか」


鈴木が聞く。


「そうだよ。連絡を受けたときあの奇襲が隊長の指示じゃなくて彼の提案だって聞いてね。一歩間違えば死ぬのにそんな提案を出来た彼に会ってみたかったんだよ」


「いえいえ、予定はありませんでしたから。ただ単に呼ばれたことに驚いただけです」


「そうかい、なら良かった。さて、そっちの彼は?」


「ああ、俺は当時副隊長をやってた青木だ」


「よし、全員揃ったな。じゃあうちの元隊長に会いに行くぞ。あんまり長引かせると死んじまうかも知れねぇからな」


帝国本土から来た彼らを引き連れてエレベーターに入り病室のある階を目指す。


「そうだ、俺はちょっと聞いておきたいことがあるんだった。あんたら女神に会ったことはあるか?」


それを聞いたオスカー以外の全員は首をかしげる。


「ならいいんだ。別の事を聞こう。痔は治ったか?」


 痔は戦闘機乗りの職業病。多くのパイロットが悩まされる共通の疾患だ。


「俺はまだ現役だから時々出るな」


と赤城


「俺はすっかり治りましたね」


と鈴木。


「痔は治ったが腰痛は酷くなったな」


と青木


「最近再発しました」


とニクソン。


「え? ニックお前痔なの? ウケるわ。この後付き合うならよく効く治療法教えてやるよ」


「本当ですか? オスカーさん行きます、ぜひ」


「いや、そんなものねぇよ」


「嘘なんですか!? 期待したのに……」


「残念、一緒に行って教えてもらおうと思ってたのに」


「そんなもんがあったらちゃんと赤城にも言ってるよ。っとこの病室だ」


扉を開けると緑一色の部屋に何台もベッドが並んでいる。

その中の一台に目的の人物が横たわっている。


「連れてきたぞフランク。目を覚ませ」


「ああ、おはよう、オスカー。ちょっと水を取ってくれ」


「はいよ」


「ありがとう。えーと、君達があの時の?」


「はい」


「生きているうちに会えて良かった。立っているのもあれだから座って欲しい。ニック、椅子を用意してくれないか?」


「はい」


ニックが廊下へと出ていった。


「鈴木、手伝ってやってくれないか?」


「ハイっす」


鈴木も調子の良い返事とともに廊下飛び出した。後ろには青木も付いていっている。


「ああ、良いのに」


「帝国人の性ってヤツですよ。黙ってもてなされているだけではこそばゆくって」


そしてこのまま赤城も行ってしまった。


「変わらねぇな」


「うん? オスカー、何か言ったか」


オスカーがひとり言を呟くとベッドの上のフランクが反応する。


「何でもねぇよ。昔の事を思い出してただけだ」


「開戦前、向こうに友達でも居たのか?」


「ちょっと違うなぁ。けど概ねそんなもんだ」


「そうか、気の毒だったな。オスカー、最近はどうだ? 上手くやっているか?」


「大丈夫だ。運が良いことに今の職場の同僚に俺と同類が居てな。楽しんでるよ」


「良かった。俺が知っている士官学校時代と従軍時代は戦いにしか興味がないような人間だったからちょっと心配だった」


「なーに、俺達は負けて帝国が勝って戦争が終わった。その程度を受け入れられない馬鹿者じゃないからなぁ俺は」


「戻りました」


二人きりだったカーテンの中にイスを取りに行った4人が戻ってきた。彼らはベッドを囲うようにイスを並べて着席した。


「全員戻ったね。では改めて、まずは敗戦国民だった我々が戦勝国民であるあなた方を呼びつけてしまった点を謝罪しよう」


「事情が有っての事ですから気にしてませんよ。あなたが健常だったら行かなかったと思いますが」


「そう言ってもらえると助かるグフッ失礼」


フランクはベッドの横に置いてある容器に血を吐き出した。長くないのは間違いないようで、その色は新鮮な赤ではなく黒く濁っている。


「フランクは痛み止めを打って無理やり話をしてるんだ。見苦しいところもあるかも知れねぇが我慢してくれ」


オスカーはコップに水を注いでナースコールをしながら言う。


「それは承知してるさ。長くないんだろ? 早く本題に入ろう」


「そうだな。でも特にこれについて話したいってことはないんだ」


「そうかい、じゃあ俺が話題を提供してやろうかぁ。そぉだな、パイロット時代の定番、いや、あれだな。定番よりもあるあるネタの方が盛り上がるか」


「あるあるネタか、そうだな……俺達が乗ってた壱式艦上戦闘機は低速だと不安定だから新人が着艦でクラッシュするまでが教育課程だったりとかか?」


「なるほど、あんな機体だったら無理も無いな。最初に見たときは爆撃機と信じて疑わなかったし。で、赤城。お前は何度やらかしたんだ?」


「俺は最初の着艦だけだったな。そこの鈴木は一度もないけど青木は三回位やってる」


「別に俺が下手な訳じゃないですよ? 普通はニ、三回やるんです。あれと隊長がおかしいだけです」


「はは、そうかい。じゃあこっちのネタも少しだそう。うちの基地は基本的に機体不足で常時整備中。緊急発進スクランブルは組み立てからだった。でも整備員だけじゃ間に合わない。そうすると手の空いた兵士は組み立てを手伝うんだ。俺達パイロットは搭乗準備で忙しいが、駆り出される地上兵は全員機体を組み立てられるようになる。このせいで基地に専門の整備士が殆ど居ない。戦闘機の整備? 陸軍に任せろとか、陸科の筆記試験の配点は整備が70%それ以外が30%とか、階級に比例して整備が上手くなるとか、上級士官の特権は機体を整備しない事とかさんざんに言われてた」


「それは」


「言いたいことは分かる。いつの間にか陸科は整備科と一緒に講義を聞いてたらしい」


「フッハハハ、そりゃあひどいっすね」


「ちょ、ここは一応病室なんだから静かにしろ」


「ああ、そうだな。俺は一向に構わないけど周りに迷惑がかかったら良くな」


「すみません」


「うちで話題になるような話の中ではこれが1番面白いかねぇ。フランク、何か無いか?」


「そうだな……あるあるネタではないけどニクソン君が着任した時の話なんかどうだ?」


「ええ!? あれの話ですか。もう何年も前の話だから良いですけど」


「本人の許しもいただけたところで…………」


 病室の6人は今となっては他愛の無い戦争時代の話をする。腹を抱えて笑う事もあれば涙を流すような話も聞いた。あの時代は辛かったが仲間との時間はとても良いものだった。やがて話は現在に移る。


「さて、そろそろ次の搭乗便が来てしまうから今まで避けていたけど敢えて聞いてみよう。フランク、今どんな病気にかかっているんだ?」


赤城が問う。同時に静寂が訪れた。フランクは一人ずつ顔を見渡した後、話始めた。


「なんて事は無い。ただの膵臓ガンだよ。人間ドックをサボっていたらいつの間にか血を吐いて、精密検査を受けたら既に全身に転移していた。物凄く後悔している。ちゃんと行っていれば初期に見つかったかもしれないし私の愛する妻とももっと長く一緒に居られたかもしれない。でもそれは叶わない。間に合わなかったんだ」


「なぁ、こいつバカだろ? 無計画な俺でさえちゃんと受けてるのにこいつサボったんだぜ。お前らはそうなるなよ」


 殆ど自覚症状の無い膵臓ガンは大抵の場合気づいた頃には手遅れ。転移して合併症を引き起こすまで気付かないのが原因だ。故に致死率は極めて高い。治療には早期発見が不可欠なのだ。


「君たちの国では『後悔先に立たず』とか『親孝行をしたい時には親は居ない』とか言うけどまさにその通りだよ」


「そうだったんですね。鈴木、青木、起立!」


赤城は何を思ったのか突然号令をかける。鈴木と青木は困惑しながらも体は勝手に気を付けの状態になった。


「我々と同じく国のために闘ったフランクに敬礼!」


「「ハッ」」


「フフ、俺の不始末なのにな。何だか安心したよ、これで逝くのは怖くない」


「久しぶりに心の底から笑ってるなぁ、フランク」


「ああ、今日は楽しめた」


「じゃあ、そろそろ帰るよ」


「帰りは空港まで送ってやる。車に乗りな」


 5人は病室から出て行き、そこには病人と静寂だけが残った。フランクは既に死に行く運命。生者とは別れる定めにある。いつまでも彼らと共にはいられない。


「さて、本でも読むか」


 フランクはベッドの脇に置いてあるタブレット端末を手に取りファイルを開く。保存されている書籍の大半は空戦ものの戦記だ。どれも既に数えきれないほど読み返しているが今寝てしまうと辛い。しかし、元々あまり文字を読むのが得意でないフランクは眠気に耐えきれず意識を手放してしまった。




 この二日後、フランクは息を引き取った。奇しくもこの日は彼が最後に闘った日でもある。

 同じ日に戦い同じように敗れた。しかし、今回の敵は他人では無く自分で負けたら取り返しがつかないと言う相違点もあった。

 ともあれ、歴史に残る大戦、合衆国最後の空戦を実際に体験した証人が一人減ってしまった。

人間とは愚かなもので記録よりも記憶を信用する。彼らの持つ痛ましい戦乱の記憶はしかし、その死によって少しずつ劣化して行く。

記録は劣化せずとも生々しい体験や記憶は失われてしまう。

 それ故、過ちは繰り返される。幾度となく悲劇はよみがえる。何度間違えようと歴史が最良を辿ることは決して無いのだ。




 なろう転載記念、今度こそ本当の最終更新です。作品の内容もあってメッセージ性を強めに出してみました。前回の最後に言いたいことは大体言っている上、本編の執筆は最早2ヵ月以上前なのでちょっと大変でした。

 今度こそ、ご愛読ありがとうごさいました。

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