邂逅

 第五話、邂逅です。



帝国side

 隊長ペアと青木ペアは主戦場から若干距離を置き、緩く旋回しながら高度を回復している。

 その時、まさに敵機を誘導している機体に向かって何かがダイブしているのが見えた。


「木崎、川島、ピジョンと思われる機体がダイブしている。回避しろ! 早く!」


 急降下しているピジョンは凄まじい速度だ。ひょっとすると壱式艦戦でも出せない速度で降下している。


 間に合わない!


 隊長の警告空しく4機が撃墜された。

 戦術的観点から見ても性能で劣るこちらがさらに性能の低い敵機に落とされるのは痛いのだが、それよりも共に戦う仲間を一度に4人も落とされ、怒りをおぼえた。

 怒りをおぼえたの撃墜された事自体に対してではない。

 軽い気持ちでピジョンを無視する指示を出した自分に対してだ。


「隊長、怒るのは分かりますけどあの時追撃してたら、きっともっと被害が出てましたよ?」


 無線から怒りを堪える声が漏れた聞こえたのか、鈴木がそう言う。


「いや、一組だけでも追わせておけば防げた。だが、すまない。俺は常に冷静じゃなきゃいけないのに」


「後から言っても仕方無いですよ。それに、隊長も人間ですからね。むしろ人間らしくない上官なんて嫌です」


「隊長から各機、小隊を再編成する。生存者の機体番号順に番号を言う。聞き逃さぬように」


 無線で生存者の番号を伝える、反応があったのは新型との会敵から8機減って20機になっている。

 ペアを組んでいる鈴木と青木のペアは一緒にいて無事だが、あの乱戦の中で2機、急降下による奇襲で4機、敵機を追って主戦闘空域から外れた岡崎と岡村も反応がなかった。


「以上が生存者だ。奴らの上をとるから一度離脱して一番若い番号を基準に小隊を組みなおせ。鈴木、青木行くぞ」


「鈴木了解」


「青木了解!中山行くぞ」


「中山了解」


 四機の壱式艦戦は再び主戦場へと戻った。



合衆国side

「面白そうな匂いがするねぇ。あそこの集団だ」


 ピジョンに指示を出したフランクとオスカーは再び主戦場に戻ろうとしたが、途中でオスカーが帝国軍隊長機の集団に興味を示した。


「面白いかどうかは置いておいて、放置したら危険ではあるな」


「つまらない言い方だ。もっと楽しめばいいのに」


「戦争が楽しいのはお前みたいな人種だけだよ。戦ってて何が楽しいんだか」


「そうかい……俺としては隊長機の後ろにいる奴が気になるんだけど、どうだ?」


 オスカーの言葉遣いには多分にナンパを意識したニュアンスが含まれている。


「生憎、俺には家に待ってる人がいるんでな」


 フランクもそれに乗って返答する。


「なんだ、そんな事か。ソイツは掃除の時にお前をのけ者にしないか?いつも寝坊するお前にビンタをくれないか?お前の趣味を否定してないか?アレを落とせば全部思い通りだぞ」


「ああ、確かに掃除の時に俺をのけ者にするし、寝坊すると容赦ないし俺の趣味に理解を示さない。けどたった一人の愛する妻だよ」


「よく言った。これでアンタが戦う理由は充分だ」


「ああそうさ。けど最初からそのつもりだ」


「そうかい、じゃあ、一発ヤろうか」


 オスカーは下品に笑った。



帝国side

「隊長、追われてます。どうします?」


「さっき通りすぎたやつか?」


「恐らくそうです。潰せるならやっちゃった方が良いですよね?」


「そうなんだがこれ以上向こうで小隊を維持できない状態が続くと、被害が増えそうなんだよな。どうしたことか……隊長から各機、もう少し耐えてくれ。後ろに着かれた」


「「「了解」」」


 2機の新型機に後ろをとられた隊長らは降下増速して引き離しにかかった。



合衆国side

「降下したな。気付かれたみたいだ」


「ピジョンと違って急降下制限は550mph程度だからそれをされるとすぐには追い付けねぇ。歯がゆいな、機種転換直後だから余計に」


「どうするんだ? 向こうを援護するのか?」


「いや、あれを仕留めるのが先だ。敵の連携は崩れて来ているから主戦場の連中はまだ持つだろう」


「どうやって追い込むんだ? 追い付けなきゃ話になら無いぞ」


「普通に追いかければいい。こちら圧倒的に重量が軽いから低空での運動性が高いし、相手はこちらより高度の回復が遅いから下手に高度を下げられない。下げても29,500フィート程度までだ。追っていけばどこかで必ず止まるしエネルギー損失が大きくなりすぎる620mphを越えるようなダイブを続ければ戻ってこられなくなる。どちらかというと2機に押さえられてるうちにもうひとつのペアが昇るみたいに上をとられて交互に一撃離脱される方がキツい。だから高度を下げられるのはこっちに有利だ」


「そうだな。釣りの可能性は?」


「もしループして後ろをとられるようなら降下したまま離脱したら良い。その後ゆっくり上昇に転じれば向こうは付いてこられない」


「OK行こうか」


 2機のスパローはルークを追いかけて急降下を始める。


「ループ、釣りか」


 予定通りループには付き合わずそのまま降下して離脱、充分距離を離したところで上昇、高度を回復して行く。

 ループでエネルギーを失った敵はこちらよりかなり劣速になっている。


「じゃあ、上から突つくから浮いたやつから食ってくれ」


「俺はおまえじゃないから期待はするな。仕事はちゃんとするが」


「あれ、一機居ないな。どこだ?」


「お前でも見逃す事があるんだな」


「あぁ、太陽の方だ。ちょっと不味いな」


「おいおいマジかよ」


 真上から迫るルーク、どこから居なかったのかは分からないがループの途中で上昇したまま上に抜けたようだ。


「幸いにも速度は早くない。普通に撒けそうだ」


 上昇限界点まで登って機首をUターンさせる機動で向かってくる敵機だが、こちらより持っているエネルギーが低いせいで充分な高度を稼げず、速度も中途半端だ。

 これなら避けるのも容易い。

 しかしその時、真上の敵機はあり得ない加速を始める。

 明らかにプロペラの推進とはかけ離れた……ロケットのような急激な加速。

 それは反射だった。

 パイロットとして少なくない戦場を切り抜け、数多の敵を屠ってきたベテランパイロットとしての勘によるものだ、急旋回する。

 直後、激しい振動で主翼が震える壱式艦戦ルークが通りすぎた。

 あの速度ではほんの少し操縦棹を触っただけで機体が弾け飛ぶ。

 間違いなく機体の限界を超えた急降下だ。そんなことを躊躇なく出来る奴がいる。

 そう考えると笑いがこみ上げる。


「これは良いッ! 向こうにも狂っている奴がいる!!」


「盛り上がってるところ悪いんだがラジエーターを損傷した。冷却液漏れが発生している。全力運転は後5分程度しか持たない」


 エンジンステータスを表示する装置の冷却水の異常を示すランプが点滅している。

 水冷エンジンにとって冷却水は血液だ。

 熱を運んで外に捨てる、これが出来ないとあっという間に焼け付きをおこす。


「問題ない。後5分と言わず4分半で片付けてやる」


「30秒はキツい、もう少し余裕を持って欲しいんだが」


「無理、耐えて」


「無茶いってくれる」


 フランクは吐き捨てるようにそう言った。



帝国side

「おい鈴木!なにやってんだ」


「勘づかれてるっぽいんで奇襲かけます。体勢が崩れたらやってください」


 そう言ってループの途中でそのまま上昇を始めた。

 だが、このままでは速度が足りず、敵に追い付けない。


「おい、アレ使うのか?」


「それ以外考えられないでしょう。はぁ」


 アレというのは離艦補助に使われる固体ロケット式の推進装置だ。

 普通はカタパルトの故障が発生した時やそもそもカタパルトが装備されていない母艦からの発進に使うのだが、この装置は凄まじい推力を持つので緊急退避や今の鈴木のように加速補助にも使える。

 使えるのだが、この装置の推力はなんと約6tにも達し、急降下中であればレシプロ機である壱式艦戦ですら音速に迫る事が出来るというとんでもない仕様になっている。

 短時間で燃え尽きてしまううえ、一度使えば母艦に戻るまで二度と使えないし、なにより加速が激しすぎて機体が弾け飛ぶ可能性がある。

 はっきり言って自殺行為だ。

 まあ、やってしまったものは仕方がないので鈴木の言うとおりに追撃に入る。

 鈴木の急降下を回避する際無理な機動をした敵機はエネルギーを失ってこちらより少ない高度しか持っていない。

 多少こちらの方が有利だ。


「青木頼んだ!」


「え?丸投げですか。中山!」


「はいはい」


 2機の壱式艦戦が敵機の頭上に躍り出る。

 狙いは先程鈴木の奇襲で銃弾を受けた方の新型。

 青木が追い、中山が予想進路に置き弾してちまちまと損傷を増やしている。

 ほとんど動けないような布陣になっているにも拘らず敵機の被害は少ない。

 さっきの釣りに反応しなかったことからもかなりのベテランであることが伺える。

 隊長は相手にされていない方の敵機を妨害するのが役目だ。


「あーったく、ハズレだハズレ!俺には荷が重い」


 隊長が相手にしているのは敵ナンバーワンパイロットなので無理もない。

 なにせ完全な不意打ちだった鈴木の一撃にすら気づいたのだ。

 見えている攻撃など当たるはずもない。


「鈴木!早く戻ってくれ。持たない」


「はいはい今戻りますよ」


 そうは言ったものの鈴木は減速して再上昇する過程で大きくエネルギーを失っている。

 離艦用のロケットは一本しかないので戻るまでに後1分以上掛かるはずだ。

 現在、敵の新型機は予測不能な機動で飛行しており機関砲が当たる気配はない。

 長年使い込んだ機動はどれも通用しない。


「踏ん張りどころだ」


 隊長は気合いを入れ直した。


 五話はここまでです。

 ようやくまともに空戦を始めた気がする。

 あと、オスカーさん解説乙です。

 さて、次回予告をば敵ナンバーワンと一対一でドッグファイトを挑む赤城隊長。

しかし、相手は百戦錬磨のパイロットで性能も敵機が上。赤城隊長は追い込まれる。

 果たして鈴木が戻ってくるまで持ちこたえることが出来るのか!?

 次回、Fly by fighter spirit。

 次回もお楽しみに。


 別ページで作中の用語解説をしています。スムーズな読書にお役立てください。

 誤字報告お願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る