第8話 六十面体ダイス
東京駅へ向かう道路がなくなっていた。東京方面から逃げ出してくる車が対向車線、つまりこちらの走行車線まで占拠してしまっているのだ。私は仕方なく幹線道路を迂回し、小道を抜けて東京駅へ向かうことにした。
「お兄さん運転うまいじゃん」
私のフルフェイスを被り後部座席に乗っている
「お兄さんてもうやめてくれないか。
「うーん……時任は言いにくいからなぁ」
呼び捨て……この久城つばさという女子高生に怖いものはないのか。彼女は品川駅で出会った時から余裕をみなぎらせていた。この余裕はいったいどこからくるんだろう。
私は品川駅での彼女とのやりとりを思い出して苦笑いする──
「お兄さん、一緒に東京駅行かない?」
つばさは様子を窺う私に、追い打ちをかけるように話しかけて来た。
「私、東京駅に向かってたんだけど、電車が止まって足がなくなったの」
「東京駅って今大変なことになってるんだぞ?」
「もちろん知ってるよ。だから向かってたの」
行くのが当然だと言わんばかりの口調でつばさは答える。
「お兄さんも行くつもりだったのでしょ?」
「いや、逆に俺は東京駅から逃げて来たんだ。あそこは危険すぎる。絶対に行かない方がいい」
「東京駅にいたんだ! ……って、お兄さんよく助かったね。何か能力使ったの?」
この子はどこまで知っているんだろう。もう少し様子を探ってみることにする。
「君、能力についてどこまで知ってるの?」
「質問に質問で答えてる! それに『君』って学校の先生に言われてるみたいで嫌。『つばさ』って呼んで。私、久城つばさ」
簡単には手の内を見せないか。この子、しっかりとしている。
「俺は
「時任さんね、わかった。で、能力のことだけど、東京駅に連れて行ってくれたら教えてあげる。その時は時任さんのも教えてね」
「上から目線だな……まぁ仕方ない、俺も知りたいことが山ほどある。近くまでなら連れて行ってあげるよ、でも──」
「大丈夫! 危なくなったら私が守ってあげるって」
あちらこちらで火の手が上がっている。血の雨で破損した建物から漏れたガスに引火したのだろう。私は逃げ惑う人々を上手くかわしながらさらに東京駅に向かいVMAXを走らせる。
東京駅に近づくにつれ黒い霧が濃くなり、強烈な異臭がするようになった。ここまで来るとほとんど人はいない。本当にここは東京のど真ん中なのか。信じられない。
「東京じゃないみたい」
つばさも同じことを考えているようだったが、私と違って何かを期待しているような言い方だ。そう言えば、彼女の目的を聞いてなかった。
赤い結界が見えて来た。まだあそこは血の豪雨が降っているのだろう。
「そろそろ血の雨が降っているエリアだ、ここで降りるぞ」
誰もいない真っ暗なコンビニの前にVMAXを停める。つばさがフルフェイスを脱ぎ、真っ黒の絹のような髪を気持ちよさそうになびかせる。
「楽しかった! 連れて来てくれてありが……」
言葉に詰まったつばさの目線の先を追う。道路の脇に血まみれで倒れている人がいた。一目で死んでいるとわかるほどの酷い状態。
「あの血の雨の中を逃げて来たのか……つばさちゃん……?」
つばさはその無残な姿の死体を虚ろな目で見つめ、小声で何かを呟いていた。先ほどまでの雰囲気とはまるで違う別人のようだ。
「──時任さん、約束通り私の能力について教える。ここに来た目的も」
我に返ったのか、冷静な物言いになっていた。つばさはそう言うと手のひらに赤、黒、白の物体を召喚してみせた。どうやら黒い霧は召喚のたびに現れるようだ。東京駅に蔓延するこの黒い霧も恐らく同じ。
「まずこれを見て。さっき、品川で召喚してみせたもの」
「これは……ボール、いや文字がある。サイコロか」
「三つとも六十面体ダイス。刻まれているのは多分数字だと思う」
「数字……」
私のルーレットの数字とかなり似ている。これも同じ蝕界で生まれたものか。つばさが私を同類と言っていたことに今更ながら納得する。
「このダイスを振ってしまったことから、私の運命が変わった」
「ちょっと待ってくれ。このダイスは一体どういう……」
「見てて」
つばさは私の質問を予想していたかのように即座に答え、手に持っていた三つのダイスを振った。それぞれがてんでバラバラの方向に転がっていき、やがて止まる。途端、あの独特の空気が漂い始めた。
「時任さんもこの空気、経験あるでしょ」
「……ああ。でも、大丈夫か?」
「何が起こるかはわからないけど、このダイスは私に悪いことは起こさないはず」
私とつばさは周囲を見渡した。我々の周りの黒い霧がさらに濃くなり、目の前に直方体の物体を描き出した。それは黒い岩のようなゴツゴツとした材質でできた、大人一人が余裕で入れそうな大きさの
重い石が擦れるような低い音を立てて、独りでに棺の蓋が開き始める。
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