M05. 結成オファー

第15話 新潟の武器

「SPR48が来春発足――。日刊スポーツは断定する形で書いていますが、秋元氏はトークアプリでこうも述べています。『全てはこれからである』、『来年の春くらいに札幌に劇場を作れないかと運営に聞かれたから、間に合うんじゃないかと答えただけである』と」


 4階の会議室に集った面々を見渡し、久住くすみが凛とした声を響かせる。瀬賀せがは彼女の隣の席で拳を握り、いつもよりピリついた「雪女」の声色に傾注していた。


「ん? 何だ、運営に聞かれたって。秋元康がAKBのボスじゃないんか」


 テーブルを囲む先輩職員の一人が、久住の作ったに入り込むように疑問を差し挟んだ。


「秋元氏はあくまでクリエイティブ面の責任者であって、グループ自体の経営陣は別にいるんですよ。天皇と国会みたいなもんですね」


 眼鏡のフレームに白い指を添え、久住がさらりと答える。そこで、別の職員が口を開いた。


「何にしても、まだ札幌については何も決まってないって言うんなら、そんなに慌てることもないんじゃないか?」

「いえ。この日刊スポーツの記事は、話を具体化するための起爆剤です。明らかにAKB運営サイドのGOサインを受けて書かれた記事ですよ、これは。運営は最後のピースを埋めたがっている。札幌に支店を作りたいという意図を6月頃からチラ見せして、どこかがスポンサーに名乗りを上げるのを待ってるんです」


 一同がしいんと静まり返った直後、彼女は続けた。


「逆に言えば、まだ反撃の余地はあるということです。札幌の官民よりも先に、スポンサーの確約を含めたプランを具体化して提出できれば、我々の勝ちです」

「……そげなこと言ってもねえ」


 低い声で言い返したのは、課長の五十嵐いがらしだった。


「あちらさんは札幌でやる気満々なんだろう。それを翻意させるだけのプランなんて、本当にできるんか? 久住君も瀬賀君も、頑張ってくれるんは有難いが、無理にAKBに固執する必要はないんだよ」


 ゆっくりと述べられる重たい声が、焦りに満ちた瀬賀の心にがつんと打ち付けられる。五十嵐課長は暗に言っているのだ。AKB誘致プランはやはり諦めてはどうかと。

 瀬賀がちらりと久住の横顔を見たところで、「宜しいですか」と分かりやすく手を挙げる者があった。長身にグレーのスーツを纏った壮年の男性、支倉はせくら氏だった。

 今日の会議には、久住が招いたという外部の人間が二名出席していた。一人は商工会議所の男性。そしてもう一人がこの支倉氏だ。会議の前に職員一同と交換した名刺には、東京の広告代理店の肩書が誇らしく踊っていた。


「せっかくお招き頂いたので、私からもご意見申し上げたいのですが」

「お願いします」


 五十嵐の頷きを待って、彼はよく通る声で喋り始めた。


「北海道と比べ、新潟には東京から新幹線で一本という地の利があります。瀬賀さんの資料にもあるように、AKBを牛耳るお偉方達にとっても、新潟は決して馴染みのない土地ではない。チーム8の発足まで新潟県出身のメンバーが一人も居なかったのが不思議なくらいです。新潟は決してAKBの支店に不向きな土地ではないんですよ」


 プレゼン慣れしていることを問答無用で感じさせる支倉氏の語りに、皆は一斉に聴き入っていた。だが、自分のまとめた資料に言及してくれたことを瀬賀が嬉しく思った次の瞬間、彼の声色がすっと変わった。


「それにも関わらず出し抜かれてしまったのは、皆さんの動きが遅いからではないですか」


 瞬間、室内に静かなどよめきが走る。


「実際、久住さん達の取り組みは、お役所の仕事としては十分早いほうでしょう。それでも、民間の感覚とは大きく乖離がある。三ヶ月も前から……いや、瀬賀さんが最初にAKB誘致を提言したのは一年以上も前ですか、とにかくそれほど前からアイデアがあったにも関わらず、未だにスポンサー候補との折衝にも入っていない。私もの出身ですが、自戒を込めて敢えて申し上げたい。民間ではこういうスピード感は通用しないのです」


 彼が何気なく述べた出自に、室内の多くの者の視線が敏感に反応した。宮城、仙台といえば、新潟にとっては積年のライバルのようなものだ。もっとも、百万都市の仙台が新潟をどう思っているかは考えてはならないのだが――。


「実は、博多のHKT48が出来る前、仙台にも48グループを誘致しようという動きがありました。私がまだ県庁の人間だった頃です」


 今や、会議室は支倉氏の独擅場どくせんじょうとなっていた。久住も五十嵐課長も、他の職員達も、商工会議所の男性も、誰もが彼の語りに目と耳を集中させていた。

 瀬賀ももちろんその一人だった。かつて仙台に48グループを作る動きがあったことは少し聞いていたが、その当時を知る張本人が目の前にいるのだ。


「しかし、結局、スポンサーの調整が上手く行かなかった。直後に震災でそれどころではなくなってしまいましたが、仮にそのことが無かったとしても、計画はポシャっていたでしょう。……根本的な失敗の原因は、官民の連携が上手く行かなかったことにあると私は思っています。直截ちょくさいに言うなら、県も仙台市も、動きが遅すぎた。同じてつを踏んではいけません」


 そう言い切って、彼は自然な視線の流れで一同を見渡した。自分にも目を合わせられ、瀬賀はどきりとした。

 だが、不思議と絶望や憤りは感じなかった。支倉氏の言葉には、単に瀬賀達を咎める空気ではなく、まだ巻き返せるという力強い鼓舞が込められているように聞こえたからだ。

 そして、そう感じたのは久住も同じようだった。彼女は怜悧な目をぱちりとしばたかせたかと思うと、支倉氏のみならず皆に向かって、揺るぎのない口調で言った。


「確かに、わたし達は役所の感覚で足踏みしていたかもしれません。2019年までにという目標が先に立って、逆に目先が見えていなかった。すぐに動きましょう、スポンサー候補との接触に」


 彼女の言葉に瀬賀はごくりと息を呑む。支倉氏がこちらに顔を向けた。


「瀬賀さんの見立てでは、プラーカ新潟が候補地に望ましい、とのことでしたが」

「はい」

「正直、私は、場所が良くないと感じました。名古屋のSKEも、大阪のNMBも、それぞれ栄、難波という人気エリアを狙って出しています。新潟市内に芸能拠点を置くならやはり万代ばんだいでしょう」

「それは……」


 瀬賀の背筋を冷たい汗が伝う。そこへ、先輩職員の一人が割って入った。


「いや、ですが、駅の南側をどうにかしたいのも事実です。捨てきれん意地もあります」


 その職員は第三セクター時代からプラーカに関わっており、頓挫した駅南の開発への未練は人一倍強い筈だった。だが、支倉氏は彼の言葉に頷きながらも、「しかし」と切り返した。


「そうした経緯でプラーカに着目するのも悪くはないと思いますが……余所者の私見としては、駅南にこだわる考えにはあまり賛同できません。だって、AKBを呼んで活性化を図りたいのは、駅の南口なんかじゃなく、新潟市、あるいは新潟県そのものでしょう。閑散とした駅南に劇場を作って共倒れでは意味がない。一旦、プラーカのことは忘れませんか」


 誰かが何か反応を返すより先に、彼は矢継ぎ早に続けた。


「それより、せっかくスポンサーを探すなら、もっと大物を引き込みましょうよ」

「大物?」

万代ばんだいシテイシティを運営する新潟交通、そして三井不動産です」


 何でもないことのように言い放たれた彼の言葉に、一同はざわめきを隠せなかった。

 なんて大胆な、という感想を誰もが抱いた筈だった。三井不動産といえば言わずと知れた旧財閥、日本のディベロッパーのトップ。大物も大物なら超大物ではないか。


「いや……名案だと思いますよ」


 と、そこで、商工会議所の男性が、自身の存在を初めて思い出したかのように口を開いた。


「三井さんも新潟交通さんも、万代シテイの現状にはまだまだもどかしさを感じてる筈ですわ。鳴り物入りで開業したラブラ2も、早くも苦戦しているテナントが多い。彼らにとっては渡りに船じゃないですかね」

「ええ。しかし、仮に三井が乗ってくれたとしても、それだけではまだ足りない」


 職員一同を改めて見渡し、支倉氏は言う。


「札幌でも当然こういう話は動いてるでしょう。新潟こっちに決めさせる何かが要る。札幌になくて新潟にあるもの……この街ならではのアピールポイントを、何でもいいから打ち出さ


 最後だけ少し仙台弁が混ざったのは、彼も本気である証なのだろうと瀬賀は思った。


「アピールポイントか……」

「そげなこと言っても、グルメも名所も、大概、札幌のほうがなあ」


 職員達がそれぞれに唸り始める中、瀬賀もなけなしの知恵を絞り出そうと努めた。

 この街にとって武器となるものは何か。そもそも、AKBの支店を呼ぶのに必要なものとは……。

 まずは劇場の候補地。スポンサーの存在。ある程度の経済規模。地域ブランド。地元の人達に認められること。


「いや……」


 ――それだけではない。

 アイドルグループに最も必要なのは、目を輝かせ、ステージに上がる少女達だ。

 そのことに思い至った瞬間、瀬賀の脳裏に一つ、閃く単語があった。


「そうか……『美少女図鑑』だ」

「え?」

「この街だけの武器。それは『美少女図鑑』ですよ!」


 彼が思わず叫んだ言葉に、久住までもが目を丸くする。

 皆がピンと来ていない様子の中、商工会議所の男性が、ぽんと手を叩いて言った。


面白いおもっしぇ会議所ウチでもたまに話題になるんですよ、あれ」

「何ですか、その『美少女図鑑』というのは」


 支倉氏が尋ねてくるので、瀬賀ははやる気持ちを抑えて説明した。

 現在、東京を除く46道府県全てで刊行されている「美少女図鑑」――その本家本元がここ新潟であること。そのフリーペーパーへの掲載を切っ掛けに、全国区のモデルや女優になる女の子も数多く出ていること。

 現状ではその多くが夢を抱いて東京へ出ていってしまうが、この街にAKBの支店が出来れば、そんな子達が地元を離れることなく夢を目指せるかもしれないと。

 支倉氏はふんふんと頷き、瀬賀の話を意外なほどすんなり受け入れてくれた。


「なるほど。アイドルになれそうな逸材が新潟の街に居ることを視覚的にアピールできれば、札幌よりもこっちを選んでもらえる決め手になるかもしれない……」

「そうです。見せつけるんです、東京の人達に。この街にも、都会に見劣りしない美少女達が居ることを」


 瀬賀は自信満々に宣言したが、五十嵐課長をはじめ、先輩職員達は何だかまだ飲み込めていないという顔をしていた。皆の怪訝そうな視線に瀬賀が萎縮しかけたとき、支倉氏がそれを吹き飛ばすように大きく頷いてくれた。


「いいじゃないですか。この手の話なんて、最後は案外、そういう冗談みたいなことが切っ掛けで決まったりするものですよ」


 久住が隣から「やるじゃない」と小声で言ってくる。皆の注目を一手に浴びて、瀬賀は気恥ずかしさを隠しきれず頬をかいた。生暖かい汗がぶわりと全身に噴き出すような気がした。

 商工会議所の男性が、「いや、面白い」と再び繰り返した。


「今度、顔の広いイベント屋の社長さんにでも話を振ってみましょう。いや、あの人も結構な親馬鹿ですからね、自分ちの娘を使えとか言ってきますよ。まあ、実際、別嬪さんなんだけど」


 瀬賀の記憶の中に、忘れ得ぬ一人の少女の幻影が立ち上がる。

 この街の命運を懸けて、何かが大きく動き出す予感がした。

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