第50話 社交界に秘められた闇(4)
「どうしたんですかイリアさん?」
力なく座り込んでしまった私に声をかけてくれたのは、昨年まで同じクラスだったパフィオさん。
どうして貴女がここに?
あぁ、そうだった。パフィオさんは正真正銘本物の良家のご令嬢。なんでそんな人がスチュワートに通っているかなんて、今更分かりきった言葉を口にするつもりはないが、それでもドレス姿に違和感を覚えてしまうのは私だけではないだろう。
そう言えばアリスさんが以前、パフィオさんの騎士服姿が素敵だと言っていたわね。ドレス姿に違和感を感じるのは恐らく鍛えられた肉体と、騎士として身につけた所作の一つ一つが滲み出ているせいなのかもしれない。
「イリアさん?」
ただ呆然と見つめ返す私を不審に思ったのだろう。
パフィオさんが再び声を掛けるも、友達を救えなかった後悔で頭の中を支配された私は何も返せない。
「……とにかく場所を変えましょう」
そう言うと、パフィオさんは持っていたハンカチで私の目元を拭き取り、肩を借りるような体勢で歩ませてくれる。
あぁ、私、泣いていたんだ。
友達を救えず、自分の恐怖に打ち勝てず、見送る事しかできなかった馬鹿で惨めな自分が許せなくて。
『大丈夫よイリア、貴女は皆んなのところに行って頂戴』
大丈夫なわけがない。兄は言葉巧みにリコリス様を口説き落とし、隙あらば純潔さえ奪いかねない鬼畜な存在。
それなのに私だけ逃げるように言うなんて……。
『多分今頃は休憩に入ったアリスもいる筈だから』
今のこの私の姿を見て、アリスさんならどう思うだろうか。
励ましてくれる? それとも優しく接してくれる? いや、大切な友達を救えなかったとして軽蔑されるかもしれない。
もしアリスさんが今の私と同じ立場に立ったのならば、自分の身を犠牲にしても何が何でも救ってみせるだろう。以前、私をデイジーから守ってくれたように。
最後に告げられたリコリス様の言葉が、私の脳裏で繰り返し繰り返し再生される。
………………あれ、ちょっとまって。
何で私を兄引き離すような言葉を? 冷静になって考えれば私が兄に恐怖を抱いている事は告げていないし、わざわざ具体的に皆んなの所に行けとも言わないだろう。
もし私が兄に叱られた姿を思っての言葉なら、アリスさんの名前を出す事は余りにも不自然だ。
思い出せ、リコリス様は最後になんて言った?
『あぁ、私が
……心配しなくていいと伝える? しかもわざわざそう伝えて欲しいと念を押すように。
「!」
もしかするとこの言葉の裏に隠された真の意味は。
「もう大丈夫ですわパフィオさん」
「そうですか、なんだか吹っ切れたような感じですね。以前の貴女にもどられたようだ」
そう笑顔を向けてくれるパフィオさん。
「えぇ、お陰様で。それで、ついでと言う訳けではないのですが、もう少し私に付き合っていただけるかしら?」
「構いませんよ、私も少々暇をもて余しておりましたので」
何となく私の心情を察してくれたのかその一言を聞き、二人で休憩所として設けられた控え室へと足を向ける。
多分パフィオさんの事だから、ミリアリア王女達から逃げてきたんだろうが、残念な事に今から向かう先はその方々がおられる場所。多少申し訳がない気もするが、私一人では少々心細かったのでここは私に話しかけた事を不運だったと思い、我慢してもらおう。
私だって流石に王女様達がいる中へと一人で飛び込むほど、頑丈な心臓を持ち合わせていないわよ。
ちょっとココリナさんの鉄の心臓が羨ましいわね。
そうして私は途中で行き先に気づいて嫌がるパフィオさんを無理やり引き連れ、ミリアリア王女達の元へと向かうのだった。
「……なるほど、分かったわ。よく知らせてくれたわね」
若干涙目のパフィオさんと共にミリアリア王女の元へとたどり着いた私たち。事の経緯を説明し、最初に返って来た言葉がこれだった。
「それじゃやはりこの言葉は……」
「えぇ、昔私たちの中で決めた『助けを求める』為の合言葉よ。仲のいい私たちにもしもの事があれば、以前のようにアリスの力が暴走を……いえ、何かあっては手遅れになってからでは遅いからと、些細な事でも直ぐ助けを求めると決めたの」
やっぱり。
わざわざ念を押すように私に告げた事からもしやと思ったけれど、やはりあの言葉はそう言う意味だったのだ。
少々きになる言葉が聞こえたが、今は深く考えるより先に行動を起こさなければならない。
「申し訳ございませんミリアリア様、私が不甲斐ないばかりにリコリス様を……」
「イリアのせいじゃないわ。リコが決めて、自ら関わろうとしたのだから責任を感じる必要はない。
それに、そう簡単にあのリコがどうにかなるとも思えないしから、今頃は私たちが来るのを精一杯去勢を張って待っているんじゃないかしら」
こう言ってはくれているが、ミリアリア様の拳が強く握りしめられている事から、私を気遣っての言葉なんだろう。
本当なら真っ先に飛び出して助けに行きたいところ、王女という立場からグッと我慢されているだと、この場にいる全員が感じているに違いない。
「それじゃサッサとリコを助け出して、皆んなでパーティーを楽しみましょ。ココリナ達にとってはこれが最後の学園社交界になるのだから」
「ですが、兄が何処にリコリス様を連れて行ったのかが分からないのです。恐らくヴィクトリア学園の何処かの教室だとは思うのですが」
それほどヴィクトリア学園の構内に詳しい訳じゃないが、名門と言われるだけあり校舎はスチュワートより大きく、実習室を含めると恐らく探し回るには一苦労だろう。
例え全員で分かれて一部屋づつ探したとしても、たった一人で飛び込むのは危険だろうし、2・3人で行動すれば時間がかかってしまう。それにヴィクトリアの校内にいるという保証は何処にもないのだ。
「その点は大丈夫よ、アリス」
「リコちゃんの居場所を探せばいいんだね。ちょっと待ってね」
「えっ?」
ミリアリア様の余りにも軽い言葉に、同じく場違いとも思えるアリスさんが可愛らしい声で答える。
思わず今の状況が分かっているのかと声を出して叫びたいが、もしかするとアリスさんなら何とか出来るのかもと、淡い期待を抱いてしまう私が何処かにいる。
でも、そんな事が出来るの? 以前聖女の力とは傷を癒す事と、大地に恵みを与える事だと義姉から教わった事がある。
つまり人を探す能力が使えるとは、ただ聖女の血が流れているだけの少女ではまず有り得ない。もしかすると現役の聖女様なら可能なのかもしれないが、多くが謎に包まれている聖女様の力は、私程度が知る由もないだろう。
そういえば昨年アリスさんの力の一端を目にする機会があったわね。ドレスのシミを取るだけの些細な事だったけど、よくよく考えればあれも聖女の力から逸脱している。
「うん、あっちかな?」
少し目を瞑って独り言を口にしていたかと思うと、突然目を開きある方向をアリスさんが差し示す。
えっ、たったこれだけ? たったこれだけでリコリス様の場所が分かったっていうの?
「アリスはね、精霊の声が聞こえるのよ」
「えっ?」
まるで私の心を読んだかのように耳元でそっと教えてくださるミリアリア様。
精霊の声が聞こえる?
精霊と言えば聖女の力の
だけど物語に出てくる精霊は人の目に見える中級精霊と呼ばれる存在。目に見えない精霊……下級精霊と呼ばれる彼は、自らの意思を持たないとも聞く。
これはあくまで私が義姉様から教わった事なので、ミリアリア様の言葉が実際正しいのかどうかを確かめる術は持ち合わせていないが、あのアリスさんが他人を騙すほどの知識があるとも思えない。
ミリアリア様が私にだけ聞こえるように教えてくれたのは恐らく誰に聞かれたくないから。もしかするとココリナさん達は知っているのかもしれないが、ここは大勢の生徒達がいる部屋なので注意しての事なのだろう。
それじゃなに? アリスさんの力はそれほど異常だというの? それってまるで聖女様以上……
「!」
「分かってると思うけどこれは貴女を信用しての事。リコが貴女を信じるように、私たちも貴女を信じるわ」
なんて事だ、今更ながら……いや想像以上に自分がとんでもない場所に立たされていたんだと震えが込み上げてくる。
でもなぜだろう、アリスさんが未来の聖女になるんだと思うと自然と笑みが溢れてくる。きっと彼女なら国中の人達に笑顔が満ち、どんな困難も笑って乗り越えていける。そんな気がしてならない。
まぁ、多少自分が置かれた状況に震えが来るが、これも彼女に喧嘩を売ってしまった罰だと思い、素直に受け取ろう。
それにしてもパフィオさんが怯えていたのって、これが理由だったのね。天然で人懐っこいアリスさん一人なら現実逃避できるが、いざ王女様達を目の当たりにすると、無理やり現実に戻され、伯爵家という立場から自分の置かれた状況に泣きなくなるのだろう。
まさかミリアリア王女よりも重要人物が間近にいるなんて、普通考えないわよね。
「それじゃリコを助けに行くわよ」
と、ミリアリア王女が呼びかけると。
「おー!」
と、まるで今の状況が分かっていないのか、アリスさんがピクニックにでも出かけるような明るい言葉を上げるのだった。
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