27.帰ってきたヒトビト

 子供達に喜んでもらえて、サプライズはある程度成功したと言えるのではないだろうか。

 アルデアは酒場まで荷物を持つと言って、妹を孤児院に預けたまま付いてきた。

 帰りの荷物は籠くらいしか無かったんだけどね。

 飾りのコサージュは置いてきた。他の季節の誕生会もやるだろうし。


 道中彼女が何か言いたげなのはわかっていたけど、クロウはさっさと歩いて行っちゃうし、私には何か遠慮がちで、結局何も聞かれないまま宿に着いてしまった。

 宿の前で踵を返そうとする彼女に声を掛ける。


「持ってくれてありがとう。お茶でも飲んでいって? アルデアちゃんも疲れたでしょう? ね、クロウ」


 クロウは何で俺? と訝しげな顔をしたが、とりあえず賛成してくれた。


「少しならいいんじゃね? たまにはゆっくりすればいいさ」


 迷いを見せる彼女の背中を強引に押して酒場まで連れ込み、カウンターに座らせた。


「ただいま。こっちは大丈夫だった?」


 カウンターの中で暇そうにカップを拭いているカエルに声を掛ける。


「問題ない。見ての通りだ。そっちは上手くいったのか?」

「皆喜んでくれたよ。ね?」


 アルデアは少し驚いたようにカエルを見つめていたが、私が顔を向けるとこくこくと頷いた。誰? と顔に書いてある。


「アルデアちゃんにお茶入れてあげて。クロウ、代書屋さん用のクッキーまだ残ってた?」

「あの流れで俺が全部食えるかよ」


 むっと眉を寄せてクロウは袋をカウンターに乗せた。

 私は笑ってお湯を沸かしているカエルの横に入り込み、小さな洗い場で手を洗ってから、小皿に数枚クッキーを乗せてアルデアに差し出した。

 遠慮してたのか、アルデアがクッキーを食べているところは見なかったのだ。


「ジャムは皆が食べちゃったから無くてごめんね」


 いえ、と小さく彼女は言った。


「カエルも食べる? 小腹空いてない?」


 お湯を沸かした小鍋からポットに移そうと持ち上げたところで、私は彼にクッキーを差し出した。

 動きを一瞬止めて、素早くホールを見渡してからカエルはそのクッキーを咥える。

 ずっとカエルが居たからか、今日はまだお嬢様客が居着いていた。ちょっとだけざわめきが広がる。


 これで無駄に居座ってる人達は帰る気になってくれるだろう。

 夜は客層が違うからね。

 目の前にいるアルデアも私達を凝視していた。

 あ。ちょっと誤解させすぎたかな? まあいいか。アルデアなら。

 ちなみにクロウは半眼でよくやるよ、と頬杖をついている。


 実はカエルはちょっと怒っている。お茶を入れる過程に無駄な物を挟んだし、ものを食べながら仕事するなんてもっての外だ。

 でも、彼は私の気持ちを汲んでくれたし、相手が客と言うよりは私やクロウの友達に近いので渋々折り合いを付けてくれたのだ。

 ポットをちょっと高く掲げて注ぐ魅せる入れ方をして、カエルはアルデアにカップを差し出した。


「どうぞ」


 アルデアだけじゃ無く、四方から軽い溜息が漏れている。

 そしてそれを境に若い女性客は席を立ち始めた。

 うむ。計画通り。


「客の前でその顔はやめろ。それと、もう1枚くれ。腹減った」


 黒い笑顔が漏れていたらしい。反省反省。


「1枚と言わずどうぞ。私もお茶欲しいな」


 袋ごと作業台に乗せて差し出すと、カエルもほい、とぞんざいにお茶をくれた。


「……さっきのは?」

「金取るぞ?」


 ぶーっと膨れる私を見て、アルデアがようやく緊張を解いて笑っていた。


「ユエさん、今日はありがとう。子供達もすごく楽しそうだった。次も手伝ってくれる?」

「もちろん。アルデアちゃんも時々遊びに来てね?」

「アルデアでいいわ。もうそんなに子供じゃないもの」


 私の感覚ではまだまだ子供だと思うが、背伸びしたい年頃なのも解る。

 私はにっこりと頷いたのだった。


 ◇ ◆ ◇


 イベントが一段落してしまうと、後は日常が戻ってくる。

 毎日をこなしているうちにローブが要らなくなり、少しずつ日が長くなっていった。

 日本ではお花見の季節くらいかなぁ。

 何だか桜が恋しい。

 ひとりしんみりしながら、早めのお昼をマイ箸でいただく。


 カエルの作ってくれたお箸は角を丸くした四角形で、注文通り先を尖らせすぎないように出来ていた。

 多少長いかな、と思うが使えないほどでは無い。

 周りの反応は様々で、感心する人、ぎょっとする人、真似しようとする人――

 前にもらった端布の余りで箸袋まで作って持ち歩いているので、今では常連さんの間でちょっとしたブームになっている。

 まぁ、やっぱり難しいようで諦める人がほとんどだ。使えると便利なんだけどねー。

 ちなみに、クロウはどうしたと思う?


「ユエのくせに!」


 って、癇癪を起こしました。

 ふふーん。

 その後ムキになって練習してるから、マスターするかもしれないけど。

 ささっと食べてからクロウと交代してホールに出ると、すでに客足が増えていた。

 今日は礼拝のある日なので女性客も多い。一時よりは落ち着いたけどね。

 相変わらず優雅に、伸ばされる手を躱すカエルを目で追っていると、上の方がちょっと騒がしくなった。

 何事かと階段を覗き込んだら、ばたばたと誰かが駆け下りてくる。


「ユエちゃん、お久しぶ――」


 爽やかな笑顔で、彼は飛び付いてきそうな勢いのまま両手を広げた。

 私は後ろから首元を誰かに引っ張られてそのまま2、3歩よろける。すぐに背中が何かにぶつかったので、転ぶのは避けられたけど。

 スカッと音がしそうなほど空振って、代書屋さんはばつが悪そうにこちらを上目遣いで見た。


「冗談でも感心しない」


 カエルの冷たい声が近くてびっくりした。

 ぶつかったのはカエルなのか。

 そう思って周りを見渡すと、お嬢様方の注目の的だった。


「あー……はい。ゴメンナサイ。つい、浮かれました」


 代書屋さんは観念したようにがっくりと肩を落とす。


「お久しぶりですね。何処か行ってたんですか?」


 私がカウンターへ促すと、彼は気を取り直したように笑顔を作った。


「そうなんですよ! 急な仕事でね、港町に行かされて!」


 そこで彼はあっと階段を振り返った。

 くすくすと忍び笑いが聞こえてくる。


「わ。すいません! ホント、浮かれすぎかも。カエル君も、居ましたよ」


 代書屋さんが話し掛けたのは、身なりの良い、とても穏やかそうな男性だった。

 少し緑がかったような金髪で(アッシュ系と言うのだろうか)緩くウェーブした髪を耳の後ろへ撫でつけている。涼やかな水色の瞳が印象深い。


「ええ。見てました。本当に元気になったんだね。カエル君、お久しぶり」

「ランクィールス!」


 カエルが本気で驚いている。

 誰?


「何でここに……いや、1度帰ったのか? お嬢は……」


 男性は人差し指を唇に当てて、にっこりと微笑んだ。


「テリエルがあんまり君の話をするから、気になって帰ってきてしまったよ。どうせなら彼女も驚かせたいからね。何も言ってない」


 あ、この人もウインクが様になる人だ。


「彼とは港町でたまたま会ってね、話しているうちに君たちの話が出たから、ついでに馬車に乗せてきてあげたんだ。で、その話からいくと――」


 水色の瞳が私を見る。


「貴女がユエさん、かな?」

「あ、はい」

「初めまして。テリエルの夫のランクィールスです。呼びにくいので気軽にランクと呼んで下さい」

「えっ。あ、えと。ユ、ユエです」


 急なことに頭が追いつかず、思わず頭を下げてしまってからやり直す。


「……ユエです。どうぞよろしく」

「うん。よろしく。聞きたいことは山ほどあるんだけど、仕事の邪魔になるから悪いけれどすぐにお暇するよ。また後で」


 優しい顔のまま、彼はもう一度カエルに向き直る。


「カエル君も、後でゆっくり話そう。テリエルにはこれからみっちり聞いておくから」


 ぽんとカエルの二の腕辺りを軽く叩いて、彼は去って行った。

 びっくりした。

 旦那さんって、あんな人なんだ。


「カエルも帰ってくるの知らなかったの?」

「ああ。多分お嬢も知らない。たまにこういうことをするんだよな」


 もうちょっと人となりとか聞いてみたかったが、ランチタイムの飲食店ではそれは無理というものだった。

 折角来てくれた代書屋さんの相手もそこそこに、ホール内を忙しなく動き回る。

 隙間隙間に聞いた話だと、代書屋さんは教会の方から頼まれた仕事で港町に滞在していたようだ。


「向こうに行ったら行ったで、何だか仕事が途切れなくて……お陰で懐は潤ったんだけど、こっちに戻るタイミングを失っちゃって」


 わざとらしい溜息に私はちょっと笑ってしまう。


「代書屋さんはここの生まれなんですか?」

「名前で呼んでよ。他人行儀だなぁ。名乗ったよね? ジョットだよ。ジョット」

「ジョット、さん?」


 もうすっかり『代書屋さん』でイメージが固まってしまったので、名前の方が違和感がある。


「やっぱり長期離れちゃうと忘れられちゃうのか~」


 一瞬頭を抱えるが、すぐに顔を上げる。切り替えの早さは一流だと思う。


「生まれね。帝国の端っこの方の田舎だよ。都会に憧れて教会の人に文字を習ったのが切っ掛けかな」


 料理を届けるために一旦話を中断する。戻る前に新しい注文を受けて、それを厨房に伝えた。

 そろそろ注文は落ち着いたかな。


「都会に憧れたのに、今ココなんですか?」


 笑いを含ませて言うと、代書屋さんは口を尖らせる。


「都会は競争率が高いんだよ。無名の若造が入り込む余地は無いのさ。勉強するには良かったけどね。そんな感じで教会のツテで流れに流れて、今ユエちゃんの前さ」

「ここで仕事そんなに取れます?」

「田舎の方が代書の仕事は多いよ。単価は安いけど。ここは観光地としても発展しつつあるから、競争相手がいないうちに稼いでおきたいね」

「じゃあ、ある程度稼いだらまた何処かに流れちゃうんですね」


 代書屋さんの目が泳ぐ。


「……あー。そう、かも? 今は考えてないけど、お金貯まったら都会に事務所構えるのが夢だし。あちこち見て回るのは結構楽しかったし……今は考えてないけど!」

「確かに仕事しながらあちこち回れるのは魅力ですよねー。私もいつかは旅行して回りたいなぁ」

「……港町なら、日帰りも行けるよ? 僕、案内くらいなら出来るけど……」


 代書屋さんらしくない控え目さだなと思ったら、いつの間にかカエルもクロウもカウンター付近に戻ってきていた。

 視線は別の所に向いてるが、聞き耳を立てられている感があるのだろう。


「魅力的ですね! もう少しお金が貯まったら考えてみます。酒場がこの調子だとお休みもしてられませんし」

「えっホント? いや、あれ? 断られてる?」


 秘技、曖昧にお断り。どちらも立てたいときに便利です。

 ふふふーと笑顔も忘れずに。

 港町が魅力的なのも、お金が無いのも本当だけどね。


「――あれ。ユエちゃん、腕輪買ったの?」


 混乱から立ち直った代書屋さんは、今更気が付いたというように私の左腕に視線を固定した。

 今まで飾り気が無かったので、ブレスレット1つで結構目立つのか、常連さんにもよく聞かれていたなと思い出す。


「お守りですよ」

「へ、え?」


 クロウがにやりとして、代書屋さんの袖を引いてカエルを指差した。

 余計なことを!


「そういえばカエル君もホールに出るようになったんだ……ね?」


 そこに同じ物を見つけて、彼の視線は私とカエルを行き来する。


「忙しすぎるんで、礼拝のある日だけ入ってもらってるんです。お陰で女性客が増えたんで、良いんだか悪いんだかなんですけどねー」

「そうなんだー」


 棒読みである。

 クロウが彼の肩をぽんぽんと叩く。

 クロウ、遊んでるでしょ!


「迷子札ですよ? 信用無いんです。私」


 代書屋さんは複雑そうな顔で溜息を吐いた。


「気持ちは、分からないでも無いところが……」


 え? 分かるの? なんで?!


「まぁいいや。帰ってきたし、また仕事手伝ってね」

「はい。それは問題なく」

「それで稼がせてあげるから、早く港町に行こうね」


 開き直ったように、代書屋さんはにっこりと笑った。




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