3章
3章1話
異世界の空は季節ごとに趣があり、冬には冬の、夏には夏の顔をしっかりと見せてくれます。私がこの世界に落とされてからかれこれ一年が経過し、最初のうちは不慣れだった生活にもすっかり馴染んでしまいました。
昼下がりの陽気を浴びながら、大通りを北に向かって歩きます。この街の大通りはローマンの塔を中心に東西南北の四本あり、私が今現在歩いているのは北側の通称「道具屋通り」と呼ばれている商業区画です。因みに以前頻繁に通っていた広場や利用していた宿は南側の通称「正門通り」にあり、ここ暫くは訪れておりません。
革をなめす鼻にツンとくる臭いを感じながら、たくさんの生活用品を販売している商業区画を抜け、住宅の建ち並ぶ区画へと到着しました。当初、この街の建物はなぜ滑り台のような形状をしているのかと思っていましたが、空飛ぶ魔物が襲ってきた際に屋根の上で戦えるよう設計されているのだと翔くんが教えてくれました。彼は建築関係の仕事をしていただけあり、建物の構造などに興味があるようでとても詳しいのです。
住宅区画の途中で歩き疲れた私は手押し車の荷台へと腰かけ、一時の休憩をとりました。私が座るのを察すると黒助が華麗なフォームで地面に着地し場所を譲ってくれます。
「黒助、ありがとうね」
彼は「どういたしまして」と、一声鳴いて足元に戯れついてきます。こうやって戯れついてくる時は往々にして喉が乾いていることが多いので、手さげ袋からお皿を出して黒助用に持ち歩いているミルクを注いであげました。
「ふぅ、それにしても遠いわね。良い運動にはなるけれど雑貨を買いに行く度にこれだと、さすがに疲れてしまうわ」
こちらも最近持ち歩くようになった革の水筒からハーブティを注ぎ飲み干します。ゆっくりと乾きが潤され、頬に当たる風も気持ちよく、私はホッと一息つきながらウトウトし始めました。
「おばあちゃん大丈夫? 生きてますか」
「ええ、ありがとうね。少しウトウトしていただけですよ」
「それなら良かったわ。じゃあね」
通りすがりの女性に心配されてしまいました。この辺りに住まわれている方でしょう。人目のあるところで瞼を閉じると、こんな風に声をかけられることがしばしばあります。歳を取ると、おちおち休憩もできませんね。
「さてと、行きましょうか」
「にゃあ」
荷台から立ち上がり、ゆっくりと動き出しました。黒助はまた、自分の定位置へぴょんと飛び乗り水先案内人よろしく前方を見つめています。この住宅区画を抜ければ街外れの林まであと少し。そろそろ建物の影もまばらになり、陽気を遮るものもなくなります。私は日傘を広げ、我が家へと続くこの道を歩き続けるのでした。
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