2章9話
黒助をお膝に乗せてウトウトしておりましたら廊下の回転する音が近づいてきました。そしてすぐに曲がり角から翔くんが現れたのです。彼は目の前の一区画を、もう一度回転させれば赤いラインが床面になるよう調整すると、悪戯っ子みたいな顔をして近づいてきました。因みに黒助というのは呼びやすいように私がつけた黒猫の名前です。真っ黒なのでぴったりな名前だと思うのですけれど。
「相田さん、聞いてくれ」
「どうしたのかしら」
「レベルアップで能力値が上昇したからもしやとは思っていたが……俺は天才になってしまったかもしれない」
「それは素敵なことね」
「ああ。回転不可能な曲がり角区画と同じように、スタート地点からここまでの全区画を赤いラインが床面にくるよう動かしてみたんだ。俺の推理が正しければ、これこそが六階層へと至る条件だと思うんだよ」
翔くんは腰に手を当て、何度も頷きながら話し続けます。有頂天になっているところ恐縮なのですが、その理屈だと先に六階層へと進んだローマンの翼も天才集団になってしまいますね。そこに気づかないよう祈りながら私は相槌を打ちます。
「まさか罠だと思ってた反応全てがスイッチで、階層全体がパズルだったとは……」
「そうだったのね、凄いわ翔くん」
「まあな。俺にかかればこんなモン楽勝だぜ」
ヘヘンとはにかみながら鼻の下を擦る仕草がとても可愛らしいです。男性は幾つになっても少年だと言いますが、本当にその通りですね。
「じゃあ見てろよ。これが最後のピースだ」
そう叫んだ彼は残していた区画のスイッチへと飛び乗りました。眼の前で廊下が回転し、赤いラインが床面になります。刹那、ラインが液体のように流動し、私の一歩先に転移の紋様が現れたのです。
「よっしゃビンゴだっ」
「にゃあっ」
黒助が飛び上がり、ホバリング状態で停止しています。この子も私と同じくウトウトしていたので、大声に驚いたのね。
「翔くん、急に大声を出すからこの子が怖がってるじゃないの」
「ごめんごめん、気をつけるよ。ってそうじゃないだろババア。その猫、飛んでるぞ」
そうなのです。私も翔くんを待っている間に知ったのですが、黒助は飛べるのです。羽にも体と同じく黒い短毛が生え揃っており、畳んでいると外見からはほぼ分かりません。小さな体で一生懸命羽をパタパタさせている姿はとても愛くるしいですね。
「あーなるほど。【中空を闊歩する龍猫】か。それなら飛べるわな」
「黒助は猫ではないの?」
「黒助って……、こいつは龍猫って名前の魔物だな」
なんということでしょう。羽はありますがその他は可愛い黒猫だと思っていた黒助が魔物だったなんて。しかも何だか強そうな名称です。
「黒助は龍だったのね、てっきり猫だと思っていたのだけれど」
「いや、龍みたいな猫だ。俺も見るのは初めてだけど辺境に生息しているらしい。噂では炎を吐くらしいぞ」
その昔、主人と映画館で見た大怪獣が思い浮かびます。小さいのに炎を吐けるだなんて黒助は優秀な魔物なのですね。それにしても辺境に生息している黒助がどうしてこの迷宮にいたのかしら。
「にゃあ」
「相田さんに懐いてるのか」
「いつの間にか懐かれたようです」
膝に降りてきた黒助が頭をスリスリしてきます。
「回復魔法に魔物のテイム。ババアの強化がとどまることを知らねぇ……」
魔物とはいえ見た目は子猫ですし、このまま仲良くしていても大丈夫そうですね。
「よし、じゃあ気分を切り替えて六階層へ向かおうぜ」
「そうね、早くコルネットさんを助けてあげましょう」
「黒助も相田さんをしっかり護るんだぞ」
「にゃあ!」
黒助も一緒に行く気満々です。そんな嬉しい出会いもあり、私達はようやく目的地であるローマン迷宮六階層へと足を踏み入れたのでした。
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