1章17話

 精霊さんが怪我を治してくれるなんて、どんな風にイメージすれば良いのでしょうか。そもそも精霊さんはどんな姿をしているのでしょう。


 精霊さんではありませんが、よく似た響きの妖精さんという言葉はかつて見たお芝居で聞いたことがあります。あの乳母車から落ちて歳を取らなくなった少年の話は何というタイトルだったかしら。私の想像力をフル回転させても精霊さんの姿を思い描くのは難しいので、ここは朧気ながらも記憶にある妖精さんを代理に立ててみましょう。


 たくさんの小さな妖精さんがお針箱を持って体内をすり抜ける姿を想像しました。折れた骨を見つけると、針に糸を通して双方をくっつけようと頑張っています。しかし現実的に考えて骨に針が通るでしょうか。それに針穴だらけになるなんて、とても痛そうです。これは別の想像に切り替えたほうが良さそうですね。


 妖精さん達が接着剤のチューブを持って骨まで到達する姿を思い浮かべてみました。折れた骨を見つけた妖精さん達はチームに別れ、一生懸命骨と骨を引き寄せようと頑張っています。何とか元の形になったところで接着剤を塗り、一仕事終えた風に額の汗を拭いながらこちらへ向けて親指を立ててくれました。

 良い感じです。このイメージでやってみましょう。


「イメージが出来上がりました。ドーラさん、呪文を教えていただけますか」

「もちろん喜んで。僕のあとに続いて復唱して下さい。【女神に寵愛されし半神たる夢天の精霊よ 我アイダルリコの錬魔素と引換えに慈愛の雫を落とし賜え トレアトバリ】」


 呪文を復唱し終えると放出している錬魔素が、得体の知れない物に変化しながら患部に集まります。そして吸引されるように物凄い量の錬魔素が体から抜けて行きました。それが止まったと同時、私がイメージした妖精さん達の姿が見え、それらが患部へと溶け込み、直後にはやりきった顔で汗を拭いながら出てきては消え去ります。


「すげードヤ顔してるな、こいつら」


 それは奇跡の光景で、私も、この部屋にいた誰もが目を見開くほどでした。


「手足は動きますか」

「ええ……ほら、この通り!」


 私はグーパーグーパーを繰り返し、足の折り曲げも問題なくできることをアピールします。


「こんなこと知ってるなんて、おまえやっぱドラゴンだろ」

「違いますが仮にドラゴンだと虚勢を張った場合、そこまで上げたハードルを僕はどうやって超えれば良いのでしょうか」

「悪かったよ。そこまで追い込むつもりはなかったんだ」


 これが精霊さんの力……。


「契約は呪文に精霊が答えてくれた時点で成立する。かつて羨望の眼差しで遠くから眺るしかできなかった希有な精霊の、その契約現場に立ち会えるとは……」


 これが魔法……。


 ゆっくりとベッドから降り、自分の足で立ってみました。つま先で床を二度三度小突いて痛みがないか確認します。腕を前から上にあげて背伸びもしてみましたがどこにも痛みはありません。


「よし、相田さんの怪我も治ったし街へ繰り出そうぜ」

「それは良い考えね」

「うむ、今日は祭りの最終日。綺麗な花火も見れるだろうて」

「花火ですか、僕も見てみたいですね」


 この世界に落とされて二ヶ月あまり。前の世界ではさしていなかった大切な人達が、家族と呼びたくなる人達が、こんなにもたくさんできました。


「今度は目が痛いのかよ」


 この歳になると涙は意識せず出てしまうものです。しかし今私の頬を濡らしているのは、しっかりと意識した上で流れた感謝の結晶に他なりません。


「ほらよ相田さん」


 そう言って翔くんが部屋の隅に置いてあった手押し車を持ってきてくれました。歩けるようにはなりましたが、何日も寝ていたせいで多少足がふらつく感じがしていたところです。


「翔くん、ありがとうね」

「次から失くしても探してやらないからな」


 知らない人が聞くとただの意地悪ですが、そんな言葉の奥にある優しさが嬉しくて仕方ありません。


「では行きますかな」

「できれば屋台の串焼きを買っていただきたいのですが」

「あんた、そろそろ働けよな」

「ルリコさんの快気祝いで私がおごってあげるわよ」


 ――なのです。さらにそこから推測される危機は甚大で――


 それは決して大きな声ではないのですが不思議と周囲に響き渡っているようで、ポツポツといる家の前に出ている人が「なるほどねぇ」と感想を漏らしていました。意志の強そうな女性の声です。拡声器とは響きが違うのでこれも魔法でしょうか。そう言えば広場にはステージが設置されていましたので、そこで誰かが演説しているのかもしれません。


 私達は誰とはなしに並んで広場へと歩いて行きました。さながらその真剣な声に引き寄せられるのが予定調和であるかのように。

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