馬鹿か


「は?」

「えーっと、だからですね。つまり、そういうわけです」


アーネストから許可を貰い、あかねはオルディネ所属の事やリーデルの事を話した。

しかし司郎は普段より幾分かトーンの低い声色と、次第に表情から笑みが消えていき、あかねは気まずそうに目をそらしながらも事の顛末まで話した。


ようやく話し終えると司郎は沈黙していて、あかねは彼の反応を待つ。

しばらくして、ようやく顔を上げたと思いきや――。


「馬鹿か」


胸に刺さる一声が響いた。


「なんで勝手にサインした。そもそも寮の変更時点で、俺に連絡しなかったんだ。どう考えてもおかしいだろ」

「野宿は嫌だった」

「俺の家に泊まればいい。いつも泊まってるくせに」

「いつもって……たまにじゃん」

「週末ほとんど来てるくせに」

「行くにしても鍵持ってなかったし」

「だから合鍵作るかって、この前言っただろ」

「悪いじゃん」

「今更だろ」

「ていうかそんな来てないし。先々週なんて、彼女さん来てたから帰りました」

「あれは彼女じゃない。後輩。何回言えば分かるの」

「ただの後輩が家に来ます?隠さなくてもいいじゃん」

「隠すも何も、君がいるのに彼女なんているわけないだろ」

「なにそれ?私のせいで、彼女出来ないってこと?酷くない?」

「違うそうじゃない」


あかねと司郎の言い合いに、アーネストは驚きながら目を丸くしていたが、しばらくすると肩を震わせながら笑うのを必死に耐えていた。


「アーネストさん?」

「ッ……すまないね。まるで痴話喧嘩のようだったから、面白くて。つい……フフッ」


未だ笑いが止まらないアーネストに、司郎は気まずそうに目をそらし、咳払いをして調子を整える。


「ゴホン……とにかく。何かあったら連絡しろと俺……僕は言いましたが?」

「分かってますよ。サインの件は入居誓約書って言われたからで。私も断る理由がなかったんです。でも怪しいとは思ったから、対策はしときました」


そう言いながら、あかねは鞄を手に取ると、中身を探って一枚の書面を取り出す。

二人に見えるように机の上に置く。


「それはリーデルの誓約書」

「ジョエルが持っていたはずでは」


二人揃ってあかねを見るが、視線の先の少女は沈黙を貫いたまま。

司郎は一瞬考える素振りをすると、思い立った結論を口にする。


「異能ですり替えたのか」


あかねは変わらず無言だったが、肯定するかのように静かに笑みを浮かべた。


「彼が所持しているのは偽物。効力が消えれば自然と消えるようになってるはず。分身って使い勝手の良い能力ね」


あかねの異能はあらゆる対象を模倣する能力。

ゆえに異能も例外ではなく、一つの異能しか持ち得なくても、複数の異能を使いこなせることができる極めて特異な能力である。


「口車に乗せられてばかりは流石に嫌だから、細工しちゃった。それで本物の誓約書は、しろちゃんに持ってて欲しいんだけど」

「それはいいけど……」


司郎はアーネストを見る。

所属者ではないにしろ、ジョエルと親しい間柄であるため、看過できないと考える。

しかし当のアーネストは愉しげ笑みを浮かべていた。


「さすがはあかね嬢。ジョエルに揺さぶりをかける手段として、実に有効的で良いアイディアだ。私はこの話を聞かなかったことにすればいいかな」

「そうして下さるとありがたいです」

「…………」


類は友を呼ぶとはこの事だと、司郎は静かに理解した。

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