お気の毒に
黎明館 二階 朔姫自室
黎明館の朝は、静寂に包まれている。
陽が昇りきっていない、やや薄暗くも綺麗に整えられた一室。
その部屋の主である、朔姫は目を覚ます。
時計を見れば五時半と、目覚ましが鳴る時刻より一時間も早く起きてしまっていた。
再び眠ることも考えたが、それには些か半端な時間だと思い、仕方なく重い体を起こす。
共有の洗面所にて顔を洗い、部屋に戻ると掛けてある制服を手に持ち着替え、室内を一通り綺麗にすると、朔姫は部屋を後にした。
廊下を歩けば、春とはいえ少し肌寒く感じた。朔姫の場合は、異能による体質によるものかも知れないが。
「おはようございます。今日はいつもより早いですね」
誰もいないであろうと思っていた食堂のドアを開ければ、柔和な笑みで自分を迎える結祈がいた。
「おはよう。あなたも早いのね」
少し驚きながらもそう言えば、結祈は苦笑する。
「失せ物があり、ジョエルに叩き起こされまして。今まで探してたら、起床時間と大して変わらなくなってしまったので、早めに朝食の支度をと」
「お気の毒に」
彼のその様子を見るたびに、いつもそう思う。
自分の上司にも当たるジョエルは、人使いが荒い。
朔姫も例外ではないが、それは許容範囲内で行われていたため、特段気にするような事でもなかった。
だが結祈に対しては、度が過ぎているようにも思えた。
まるで自分の玩具のような扱いで、時に人として見ていないのではないかと思うほどに。
ジョエルは朔姫にとって尊敬に値する人物でもあるが、同時に不可思議な部分を否めないのも事実だった。
「結祈は…」
「はい」
「ジョエルといつから一緒にいるの?」
オルディネに所属してから、ずっと気になっていた事を口にする。
二人きりの空間だから、思いきって聞いてみたものの、結祈のやや困惑気味の表情からして、それは無粋な質問だったかも知れない。
「そうですね……物心ついた時にはすでに彼はいましたから、期間としては長い方かと」
明確ではないものの、結祈はその問に律儀にも答えた。
朝食の準備をしている為、背を向けた彼の今の表情は分からない。
「今日の朝食は、トーストと目玉焼きにしようと思ったのですが、何か要望はありますか?」
「……フルーツとかある?」
「ええ。一応、林檎と苺、それにグレープフルーツがありますよ」
「じゃあ苺と……良かったら林檎で」
「分かりました」
笑顔で応えた結祈は、朝食の準備に取り掛かる。
それは朔姫が黎明館に来てから、変わらず見るいつもの光景。
ここの家事全般は、全て結祈が取り仕切ってる。
自分より四歳ほど年上であるが、それでも差ほど変わらない若々しい姿をしている。
そうなると何故だか自分が情けなくなりそうになる朔姫だが、家事などをした事がないので手伝う事など到底出来ない。
「お聞きしたいのですが」
卵をフライパンに落としながら、結祈は唐突に話し出す。
「朔姫は、あかね様をどう思いますか?」
「桜空さんの事?」
解散の危機にある現在のオルディネにて、渦中にいる少女の名前が出て口を噤む。
「昨日会ったばかりだから、よく分からない」
「…そうですか」
「結祈はどう思うの?」
「明るくてお優しい方だと思いますよ」
朔姫は目を瞬かせ少し見開く。
即答だった事もそうだが、何より見たこともない嬉しそうな笑顔で答えたからだった。
「少し強引なところはありますが、許容範囲ですし。それに何と言っても――」
「…………」
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