予防線は張るものね

黎明館 三階自室



アーネストに付き添われて自室に戻れば、緊張が解けたのかどっと疲れたような感覚に襲われ、椅子に体を預け、思いきり座り込んだ。


「すまないね。彼の茶番に付き合わさせてしまって」


ジョエルの代わりに、アーネストが詫びる。

しかしあかねは首を横に振る。


「アーネストさんが謝る事じゃないです。それに……」


ジョエルが言ってた事は茶番ではない。

何となくそんな気がした。


「彼は人を追い詰めたりすることはあるけど、そこまで悪質ではないんだ」

「それフォローになってます?」

「なってないね」


それでも弁明するアーネストだが、正直そんな事などどうでも良かった。

ただ彼――ジョエルの真意が一体どこにあるのかが気掛かりだった。


「…聞いてもいいですか?」

「リーデルの事かい?」


口にする前に言われ、あかねは黙って頷く。


「チームの事は聞いてるね?」

「世間に馴染むことが難しい異能者達を保護する組織のようなものって」

「なら話は早い。リーデルとは各チームに必ず一人ずついて、それぞれのチームの中で一番権力を持っている人の事だ」

「つまり組織のトップって事ですか?」

「そういうことだね」


アーネストは軽やかに肯定する。


「加えて、実力主義が顕著である異能者社会では、リーデルをチームの象徴と捉える事も少なくない」

「象徴?」

「要はリーデルによって、そのチームの雰囲気や品格などが分かってしまうという事だよ」


その答えにあかねは軽く言葉を失う。

あの男は、そんな大役を自分に押し付けようとしていたのか。

先程の陸人達の反応が、ようやく理解出来た気がする。ただでさえ窮地に立たされているチームの命運を握るのが、今日会ったばかりの何も知らない小娘では、誰だって不満を抱えて抗議はするだろう。そもそも納得するはずがない。


「いきなり言われても……そんな…」


素直な感想だった。


「私、リーデルなんて出来ないです」


恐らく自身が否定するよりも、周囲が否定するだろう。


「でも君は署名をしてしまっただろう」

「しましたけど、あれはここに住むための誓約書だってジョエルが言ってて……」


それしか言ってなかった。

だがジョエルは初めからリーデルにさせるつもりで、敢えて入居書類に紛れさせ署名をさせたのだろう。


「……予防線は張るものね」


嘆くように呟きながら、あかねは密かに鞄を見つめる。


「君は騙されたわけだけど」

「そう……ですね」


あかねは間を置きながら肯定する。

あの男の思惑に嵌ってしまったと思うと、嫌悪と悔しさと憤りを感じる。


「別に信じていたわけじゃないです」


むしろ警戒していた。

真意がどうであれ、あの時のジョエルが嘘を言っているとは思えなかった。

ただオルディネ所属の件は、曖昧なままぼかされていたが。


「ただ自分が甘かっただけ」


警戒しているなら全く耳を貸さず頑なに断れば良かった事であるはず。

保留などと答えすら出すこともなかった自分の落ち度である。


「ちなみに取り消す事って」

「難しいだろうね」


アーネストは厳しい表情のまま答える。


「リーデルの誓約書は、協会に申請して特別に得られるものなんだ」

「協会?」

「チームを統括し管理しているところさ。そこに申請して得るものだから、協会は新しいリーデルの誕生を知っているのと同時に、待ち詫びているはずだから」

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