それが私だから


「…ところでジョエルさんは?」


菓子を摘みながら、談笑している最中。

ジョエルの不在に気付いた朔姫は、不思議そうに問う。

確かに先を歩いていたはずだが、辺りを見渡しても姿が見当たらない。


「いつもの約束破りです」

「……そうですか」


不気味なほど満面の笑みで答えた結祈に対し、朔姫は顔色こそ変えないものの、どこか落胆したようにも見えた。

妙に威圧的な笑みに、あかねは司郎をふと思い出す。

彼はいつも怒る時、だいたい有無を言わさぬ笑顔を向ける。

もしかしたら結祈も、怒っているのかも知れない。


「彼は人を困らせるのが、趣味なんだ」


それは趣味にしていいものだろうか。

口にはしないものの、顔に出ていたのか彼は苦笑した。


「変わり者だからね。仕方ないのさ」


苦笑してはいるが平然と言ってのけるアーネストを見て、彼もまた被害者なのだと推測する。


「彼と話したいのかな?」

「いえ全く。話さなくていいのなら、話したくないです」

「ははは。あかね嬢は素直だね」


アーネストは楽しげに笑うが、あかねは神妙な面持ちで思考に浸る。

相手は自分の事をよく知っている。

けれど自分は相手を事を全く知らない。

それなのに、どこか既視感を抱く自分がいる。

初対面の人物に対し抱くはずの無い感情を、ジョエルという男には感じたのだ。

まるで自分の知らない自分がいるようで、酷く不気味に感じる。


「でも……いきなりオルディネ言われても意味分からないし、だから色々聞かないといけないとは思ってるんです」


あの男の思惑に乗せられていたのは不本意だが、ここに導かれた理由を知らなければならない。

このまま何も知らないままでいたら、他人に翻弄され、自分では何かをすることが出来ないのではないかと、あかねは底知れぬ危機感を抱いていた。


「君は何も知らないか…」

「はい」

「そうだね。やはり、直接聞けばいいさ」


思考が一瞬止まる。

いまいち噛み合ってない会話に、アーネストを見上げる。

彼は何か思案しているようだったが、すぐに何か企んだような妖しい笑みを浮かべた。


「やっぱりそうだったか」

「…アーネストさん?」

「あかね嬢。三階へ上がってすぐ隣の扉を覚えているかな?」


唐突な彼の言葉に、若干戸惑いの色を見せながらも、三階の景色を思い出す。

じっくりと見ていたわけではないので定かではやいが、階段を上がって左側に変わった装飾が施された扉があったような気がした。

あやふやなのは変わりないが、全く分からないわけでは無かった為、あかねは一応頷く。


「その部屋にジョエルがいるから、着いたらノックをしないで部屋に入るんだ」

「どうしてですか?」


意図が分からず素直に問えば、アーネストは満面の笑みで答えた。


「ノックしたらジョエルが逃げてしまうからさ」

「逃げるって。そんな子供じゃあるまいし」

「そうだね。だが結祈も言ってただろう?大人の姿をした子供だと」


アーネストはそう言うが、本当に言葉の通りなら、駄目な大人ということだ。

そんな男の話を聞きに行くのかと思うと、些か情けないような気がして、思わず溜め息が溢れそうになる。

そして何故アーネストは、ジョエルがその部屋にいる事を知っているのだろうか。

まるで予め分かっているような、妙な不自然さがあった。


「不思議そうな顔をしているね」

「何でアーネストさんが、あの男の居場所知ってるのかと思って。ここにいるのに。もしかして異能ですか?」

「それもある。けど何よりも、それが私だから」

「……」


答えとしては、捉え難いその言葉に、あかねは首を傾げる。


「どういう意味ですか?」

「さぁ……でも君なら、理解できると思うよ」

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