適材適所ということだ
三階 ジョエル自室
「やれやれ」
激しく繰り広げられた口論の末。
飽きを覚えたジョエルは自室に戻り、ソファに腰掛けて深く溜め息をつく。
「疲れている割りには、楽しそうに見えたけど」
彼に続いて部屋へと足を踏み入れ、茶化すような言動を吐くアーネスト。
ジョエルは目線を合わさずに口を開く。
「生憎だが、私は暇ではない」
「暇ではない……ね」
彼の言葉を繰り返して、アーネストは思案する。
ジョエルを筆頭に彼等が所属するチームは、かつて栄華を極めたチーム・オルディネ。
しかしその栄華も今や泡沫のごとく消え去り、チームに必要不可欠の頂点が、未だ空席のままで、解散寸前の危機に直面している。
異能者社会において、チームには所属する同胞の導き手として、頂点は必ず存在しなければならない。
存在する事で、そのチームの意義を見出だし、所属している者の誇りや尊厳を護っているのだ。
所謂、象徴のようなもの。
それが不在である時点で、そのチームにはもはや存在意義が皆無と見なされ、また所属する者にとっては後ろ盾が無いのと同義となり、チームにおいて大きな痛手となる。
しかしジョエルは所属している異能者達の中でも、そのほかチームに属する者の中でも間違いなく上位の実力者で、頂点に足る者でもある。
それなのに、彼は頂点の座に就かずにいる。
その真意は不明だが、それでも頂点がする務めを全て引き受けている。
そうでなければ、人材不足と頂点の不在と深刻な問題を抱え、解散寸前で追い込まれつつあるオルディネが、今も存在しているはずがない。
自分が持てる全ての情報をつなぎ合わせた、アーネストの結論はそれだった。
「ジョエル。幾つか聞きたい事があるのだけれど……いいかい?」
アーネストの言葉にジョエルは視線だけ彼に向ける。
「聞きたい事、ね。差し詰め、何故私がリーデルにならないのか。朔姫や陸人というまだ未熟な者達ばかりを所属させるか……と言ったところだろう」
――やはりお見通しか。
アーネストは自嘲するように内で呟く。
「教えてくれると嬉しいのだけれど」
「それは依頼か?それとも好奇心か?」
「両方……と言いたいところだけど、どちらかと言えば後者かな」
答えれば、ジョエルはしばし沈黙する。
窓の隙間から差し込む夕陽が傾き始めている。もうすぐ夜が来る。
沈黙を貫く彼の答えを待つ。
それからどれくらい経ったのか。
陽が完全に沈んだと同時に、ようやく口を開いた。
「簡単な話だ。私はリーデルには向いていない」
待った割には、随分と単純な答えだった。
「実力は申し分ないのに?」
「それは長年の間に培ってきたもので、今の私にあって当然のものだ。しかしリーデルになるには、それ以外にも備わっていなければならないモノがある」
そう言ってジョエルは、向かいにあるソファに座るように、アーネストを促した。
それに従うようにソファに座ると、ジョエルは考える素振りをし始める。
リーデルとはオルディネの頂点に君臨する者に付けられる称号で、他チームの頂点であるリーダーと同義である。
頂点として必要なのは力だけではない。
その者の人徳や教養。何かしら惹きつける要素がなければ務まらない。
「私はそう言った要素を持ち合わせていない」
「確かに」
彼はリーデルになれば間違いなく、暴君が圧政を敷くような恐怖のチームと化すだろう。
「加えて。私は性質として、上に立つ者を支える方が性に合っている。適材適所ということだ」
自分中心的な彼でも自身を分析して判断しているようで、心なしか安堵する。
「次に陸人達だったな」
ジョエルは言葉を続ける。
「彼ら不満があるわけではないよ。でも君なら、それなりの異能者を集められると思ってね」
「お前の言う事も一理ある。しかしそれなりの異能者では困る」
「と、言うと?」
「陸人は知っての通り、古代種の血を引く純血であり、その中でも尊き御三家の一つ菊地家の三男。流石は純血だけあって資質は別格だ。あのやる気の無さはどうしようもないがな。まぁ存在するだけで役割を果たしているから、こちらとしては構わんが」
「ああ……」
――そういうことか。
陸人がオルディネに所属するという事は、即ち菊地家と繋がりが出来る。
数少ない純血一族の中でも、格上とされる御三家との繋がり。
それは思う以上に強固なもので、事と次第によっては後ろ盾になる可能性も充分にある。
流石はこの不安定なオルディネを支える男。
どこを取って手も抜け目がない。
「ちなみ資質に関しては、朔姫も同様だ。あれは若いながらによくやってくれている」
「彼女は真面目だからね」
「そうだな。時にそれが問題になることもあるだろうが、二人は今後のオルディネを担ってもらう為に、選んだ人材だ。然したる問題ではない」
普段から傍若無人な彼とは言えど、その行動の原理は間違いなくオルディネにある。
アーネストはそう結論づける。
「ギネヴィアについてだが、あれの異能は瞬間移動だったな。稀有な能力ではないにしろ、諜報ではそれなりの手練れで大いに役立つ。仮にもしもの事があったとしても、いくらでも替えの効く非常に都合の良い人材でもあるがな」
「随分と物騒な物言いだね。まるで彼女が捨て駒みたいだ」
「フッ……手持ちではないのに捨て駒か」
否定し口元に笑みを浮かべるジョエルだが、サングラスの奥にある瞳は笑っていなかった。
ギネヴィアは、諜報の任務を主に任されている。
それは危険を伴うものである反面、使い勝手の良いというのも一理ある。
しかしその役割を与えられてる者が、このチームにはもう一人存在する。
その者も彼にとっては捨て駒なのだろうか。
「…言っておくが、結祈はまた別の話だ」
不意に気に掛けていた人物の名を出され、アーネストは僅かに反応する。
「無論。私からすれば能力を使いこなせず、役立たずで嘆くところは多い」
「………」
「しかし私の役に立たずとも、彼女の役に立てばいい話だ」
「彼女?」
「オルディネにやって来る、お嬢さんのな」
――お嬢さん……。
その言葉を聞いて、先刻の会話から拝見した写真を思い出す。
短い黒髪に、やや幼い顔立ちの少女。
彼が目を付けた時点で何かあると察してはいるものの、どこにでもいるような平凡な娘に見えた。
「そう言えば、会いに行ったんだったね」
「ああ」
「どうだった?」
「どうも何も、生意気な小娘さ。性格は間違いなく母親似だろう。初対面の人間とはいえ、こちらがわざわざ軟化した態度を示しているにも関わらず、信用しないだの、話す事はないなどと言い退けるとは」
「クスッ……果たしてそうかな。君の身なりじゃ、そう言われても仕方ない気がするけど」
むしろ全身黒ずくめの男が、不審者に見えない方がおかしい。
だが初対面の人間、特に妙な威圧感のあるジョエルに対して、毅然とした態度を示すとは、鈍感なのか肝が据わっているのか大変興味深い。
アーネストは無意識に笑みを零す。
「会ってみたいものだね。その少女に」
「すぐ会える。暫く滞在するだろう?」
「そうだね。見て帰るのも悪くない」
アーネストがこのオルディネを訪ねてきたのは、別のチームに依頼された任務の為であり本来の目的とは離れている。
が、少しの寄り道ぐらいは構わないだろうと判断する。
「久しぶりに楽しめそうだ」
「――だそうだ。結祈」
「はい」
その声に振り返ると、背後では頭を下げ跪いた少年がいた。
「遅かったな」
「申し訳ありません」
名を呼ばれた少年――
「謝罪などは聞いていない。報告しろ」
「はい。彼女は友人らしき人物と戸松駅で別れた後、調停局にて知人の男性と会い、その後はその知人宅と思わしきマンションへと帰って行きました」
「おや。噂のお嬢さんは、年上が好みなのかな」
「――どうせあの男だろう。他に接点はあったか?」
「ありませんでした。しかし例の者達が、近辺を嗅ぎ回っているのは変わりなく」
「…そうか。下がれ。それと支度をしておけ。笑われるような格好にならぬよう、せいぜい気をつけろ」
「かしこまりました」
結祈は一礼して、一瞬にしてその場から消えた。
目の前で使われたからか、【瞬間移動】ほど便利なものはないのではないかと思ってしまう
「……相変わらず、こき使っているんだね」
「当然だ。オルディネの為なら、使えるものは使う」
「結祈が可哀想に思えてくるよ」
そう呟いて、アーネストは先程まで結祈がいた場所を眺める。
「あれは母親似だからな。父親に似ていたのなら、多少の愛でようもあっただろう」
「父親似、ねぇ……」
アーネストはジョエルを見遣るが、彼は何も言わず立ち上がると、扉に向かって歩き出す。
「どこかへ行くのかい?」
「次の仕事だ」
「これから?」
「会合だがな。今後を見据えるなら、他チームとの親睦会は欠かすわけにはいかないだろう」
「ああ……だから結祈にあんな事を言ったのか」
会合とは本来、各頂点に立つ者同士が行う。
空座のオルディネの場合は、自動的にジョエルになる。
結祈は付き添いとして指名したのは、オルディネの品行を落とさない為であろうが、解散寸前の危機に晒されている時点で、後ろ指を指される事は避けようにないだろう。
「私と結祈は食事をそちらで済ませる。お前は子供達と取ってくれても構わん」
「ではそうさせてもらうよ」
部屋を去ろうとするジョエルの背に、アーネストはにこやかに微笑みながら更に言葉を続ける。
「ギネヴィアと朔姫に囲まれて夕食なんて、とても楽しめそうだ」
「……ギネヴィアはともかく、朔姫を傷物にしてくれるな。大事な人材だ」
「分かってるさ。あ、さっき言いそびれたけれど、結祈によろしく伝えておいて」
「気が向いたらな」
これも一つの繋がり。
物語は動き出している。
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