見えるじゃなくて、売ってるのさ

ゆっくりと落ち着いた口調だが、重圧を掛けられているかのように響いて纏わりつく低く声。

全員が一斉に扉の方を見れば、自分達が話題にしていた男――ジョエルが壁に寄り掛りながら立っていた。


「いつまでも根無し草では、いずれ野垂れ死ぬだろう?」

「それはどうかな?私は自分自身を最大限に利用して生きている。心配は不要だよ」

「その才能を放置して置くのは惜しい。いっその事、どこかに身を固めたらどうだ?」

「そうしようと思ったことはあるさ。けれど生憎なことに、まだ心揺さぶられる人に出会えてないんだ」


まるで互いの腹の内を探るかのような二人の言動に、周囲は巻き込まれることを避けて黙するが、ジョエルとアーネストはそんな事さえ気にせず笑みを貼り付けている。


「あまりに静かで全員外出しているのかと思いきや、こんなところにいたとはな。私は本の整理をしろと、一言も言った覚えはないが」


「何言ってんだか。待ち合わせをすっぽかしたのはそっちでしょ」


椅子に寄り掛かりながら、愚痴を吐くギネヴィアに、ジョエルはサングラスの奥で目を細める。


「それは心外だな。私は予定時間にはいたはずだが?五分過ぎても来なかったお前達に非があると見る」

「それは……」


そう言えばギネヴィアは気まずそうに黙った。

その様子を見てアーネストが声を掛ける。


「旗色悪そうだね、ギネヴィア。助けてあげようか?」


偽善的な微笑みを向けるアーネストに、ギネヴィアは嫌悪感を隠さずに顔を背ける。



「アンタなんかに助けてもらうなんて世も末だわ」

「そうかい。……強情なのも好ましいけど、ここまで来てしまうのも世も末だね」

「何ですって!?」


アーネストのさり気ない一言で、火蓋は切り落とされる。


「アンタねぇ!さっきから黙っていれば偉そうに!アンタが今まで何人もの女を泣かせてきたか知ってるんだから!」

「泣かせてきたとは人聞き悪い。みんな合意の上さ」

「嘘付け!!」

「ぎ、ギネヴィアさん……落ち着いて」


今にも掴み掛かりそうなギネヴィアに、戸惑いなからも朔姫は声を掛けるが聞こえておらず、ただ空虚に過ぎる。


「全く。醜態を晒して何が楽しいんだか……私には理解出来んな」


いつの間にか奥に避難していたジョエルは、呆れた声色でそう呟きながら、空いていた椅子に腰掛ける。


「アンタには関係ないわよ!」


届いていたのか、ギネヴィアは振り返って怒鳴りつける。


「そうだな……いいか朔姫。お前はあのような見た目は取り繕っているが、中身は大層残念な大人にはなるな。あれは一種の弊害だ」

「はぁ……善処はします」


言い聞かせるジョエルに、曖昧に答えて頷く朔姫。


「ちょっと!弊害って何よ!?」


大声で叫びながらまた振り返ったギネヴィアに、大袈裟な程に溜め息を吐くジョエル。


「素直に言ったまでだが。将来有望である朔姫が、お前達のような下卑た大人になっては困る」

「お前達……つまり、それは私も入るのかな?」

「当然だ。いい年して定職に就いていない大人など、正に弊害の一種だ」

「それは聞き捨てならないな。世の中には就職難と言う言葉があってね。ああ、古い考えの君には理解出来ないのか」


笑顔を貼り付けたままアーネストは穏やかに言葉を返す。

ジョエルは決して見逃さなかった。


「ほう。私に喧嘩を売っていると見える」

「見えるじゃなくて、売ってるのさ」

「ならば喜んで買うとしよう」

「ジョエルさん……!んッ」

「朔姫、ここは逃げるが勝ちだよ」


平静を保っていた朔姫が驚いて声をあげるが、素早く陸人が口を抑えて、耳元で素早く呟く。

朔姫は静かに頷いて、陸人に手を引かれて部屋を後にした。


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